第037話目―どういう事にゃ!?―
※※※※
アンナネルラは、見れば見るほど不思議な存在だった。
確かにそこにいると言うのに、今にも消え入りそうな、そんな儚さもある。
魔物……ではあるのだろう。
けれどその様は、魔物と言うよりも、海の精とでも形容したくなるものだった。
「ショバンニ、それで、そちらの方々は?」
「お客さんだにゃ。悪い連中じゃ無さそうだから、ここに連れて来たにゃ」
「あらそうなの……」
アンナネルラは、黒真珠のようなその瞳で、ショバンニが紹介した僕らを見据えてくる。
「初めまして、私アンナネルラと申します」
「……こちらこそ、どうも初めまして。僕がハロルドで、こっちがアティです」
「ご丁寧にこれはこれは。……しかし、あまり感心しませんね」
感心しない?
何がだろうか。
僕はその言葉の真意を図りかねる。
すると、
「これは魔術?」
魔術――アンナネルラのその言葉に、僕は思わずアティを見た。
アティは眉根を潜めていた。
どうやら、魔術を行使していたらしい。
「……申し訳ございません。蝶を飛ばしておりました」
蝶というと、あの迷宮の中で使った魔術だろうか。
悪意や害意のある所に止まるという、アレだ。
何やら、アンナネルラの事を警戒していたようだ。
「……敵意とか調べる類の魔術のようね。それで、疑いは晴れたかしら?」
「……特別に害意の類があるわけではない、と言うのは分かりました。気分を害されたなら謝罪致します」
「別に構わないわ。攻撃されたワケでも無いし、あくまで私が悪者かどうかを調べようとしたってだけでしょうし。……本当よ。そもそも、ショバンニが悪い人ではないと言うのだもの。私はそれを信じているわ」
アンナネルラは肩を竦めて、気にしていないと仕草で伝えてきた。
一方、魔術を行使したアティは、少しだけバツが悪そうに口元を歪ませる。
「なるほど……」
僕はなんとも言えずに、ただ軽く頬を引っ掻いた。
一つだけ言えるとするならば、アティを責める気は無いって事くらいかな。
もしも僕にも魔術が使えていたなら、恐らくは念の為に確かめるくらいはしていた。
アティはきっと、それが出来ない僕の代わりに、危険を把握しようと努めたに違い無い。
ならばこそ、何が言えようか。
むしろ感謝しなければいけない案件だった。
……ところで、このアンナネルラとか言う人魚、よく魔術に気づいたものだ。
種が分かってる僕ですら、まったく気づけなかったと言うのに。
そういうのが得意なのかも知れない。
「なんにゃ? どうかしたかにゃ?」
猫のショバンニが、疑問符を頭の上に乗っけてた。
彼だけが、何が起きたのかを理解していなかった。
何と言うか、あまり空気が読める方では無いらしい……。
アンナネルラは言った。
ショバンニが僕らを悪い連中では無いと言ったから、その言葉を信じていると。
それはきっと、ショバンニのこうした部分があるからなのかも知れない。
※※※※
ショバンニとアンナネルラが楽しそうに会話を続けている。
僕らは、ただそれを眺めていた。
喋る猫と人魚。
何だか寓話でも見ている気分になってくる。
「……ハロルド様、先ほどはすみませんでした」
突然、何だか気にしいな事をアティが言って来た。
先ほどと言うのは、魔術を使っていた事を指しているのだろう。
別に僕に謝る必要なんて無い。
「謝る事はないよ。むしろお礼を言いたいくらいだし。……ああいう方法で危険を探るのは、僕には出来ない芸当だから、助かるよ」
僕はアティの頭を帽子越しに優しく撫でる。
すると、アティはゆっくり俯いた。
なんとも可愛い反応だ。
「まあでも、良く気づいたよねあの人」
「……恐らく、魔力を感知するような感覚を持っているのかと」
「なるほどね。でも、そんな凄い感覚を持ってるって事は、もしもアンナネルラが魔物だとするならば、迷宮のかなり下の方から出てきたって事かな?」
「そうなるかと……」
迷宮は潜れば潜るほど厄介になっていく。
罠も魔物も。
そういう話は前に聞いた。
だから、アンナネルラが中層以降の魔物だとするならば、一部の魔術の優位性を覆すような特技を持っていても、何も不思議は無い。
しかしまた、そんなアンナネルラが、なんでこんな所まで来たのだろうか。
……血の気が多いようではないから、荒事を嫌ってここまで来たのかな?
南の海底迷宮付近は、魔物が溢れるくらいなのだから、普通に魔境となっていそうだし。
なんて、知る由も無い事情について思考を巡らせていると、ふとアンナネルラの表情が曇り、ショバンニが驚いたような顔をした。
「――ど、どういう事にゃ!? もしかしたら死んでしまうかも知れないって、どういう事にゃ!?」
「――言葉通りの意味よ。少し、ここの海の事情が変わりつつあるの。大変な事になるかも知れない。私はそれをどうにか食い止めようと思っているわ。……この綺麗な海は、何があっても守りたいから。ここは、ショバンニとの大切な思い出を作ってくれた海ですもの」
僕らの知らない間に、死んでしまうのがどうのとか、そういう物騒な会話になっていたらしい。
平成も今日で最後ですね。令和になってもどうぞ本作を宜しくお願い致します。




