第035話目―猫の住まう島―
昨日中に更新する予定ががが……。
※※※※
結果として。
一線だけは超えないように、そう思っていた僕の距離感は間違っていた。
アティが逆に僕を襲ってきた事で、それが証明されてしまったのだ。
けれど、今までの僕のやり方が、それが全て駄目だったかと言われば、決してそうではない。
そうして足踏みをした時間があったからこそ、実を結んだ面もあった。
それが分かったのは、行為が終わった後、今まさにアティと話をしているからだ。
――出会った当初に襲われていたら、抵抗をしたかも知れません。
アティはポツリとそう言った。
その言葉は、仮にそうなってしまっていた場合、最悪な結果に繋がっていた可能性を示していた。
忘れがちだけれど、その首には隷属の首輪があるのだ。
つまり状況によっては、アティが命を失っていた可能性があったのだ。
あるいは、取り返しがつかない事態になっていたかも知れない。
けれども、そうはならなかった。
それは、アティが僕を受け入れる気持ちを固めていたからに他ならない。
そして、その気持ちになるまで、短いながらも時間を積み重ねたお陰もであったわけだ。
そうした……色々な時間の経過や状況が絡み合って、今がある。
しかし、ふと疑問は沸き起こる。
いったい何時ごろから、アティは僕にそうした気持ちを抱いてくれていたのか。
どうにもそれが分からない。
思わず僕は不思議な顔をしてしまっていた。
すると、アティはくすりと笑って答えた。
「――いきなりキスをされたあの日から、少しずつ気になり始めておりました。ダークエルフに忌避感も多い北東大陸で、私にそうした感情を向けず、ただただ熱く女として求めて下さったそのお気持ちに惹かれてしまいました」
聞いていて恥ずかしくなりそうだった。
自分の今までの行動が思い起こされる。
だから、僕は話を別の方向に持って行く事にした。
「そ、そういえば、この首輪はもういらないかもね……」
僕はそっとアティの首輪に触れる。
想いが双方向であるならば、これはもういらないかも知れない。
アティもあまり気分は良くないだろうし。
ただ、外し方が分からないので、もうしばらく先になるとは思う。
――と、そう考えていると。
アティはゆっくりと首を横に振った。
「いいえ。これは私がハロルド様のものだと言う証。無理に外す必要もございません」
……け、結構予想外の返答だった。
※※※※
北東大陸から出航してから、およそ十日が経った頃。
乗客にお知らせが回って来た。
船は一度、補給の為にある島に五日間ほど滞留するらしい。
停船している間は、島を自由に見て回って良いとの事だった。
どこかで一度補給の為に停まると言うのは、実は航路を確認した時に見た情報でもあった。
なので、特別に驚く事も無く。
そして、その日が来た。
タラップが島と船を繋げる。
観光も兼ねてか、乗客は思い思いに島へと降りて行く。
ヴァレンやセシルも島へ向かうのが見えた。
僕はどうしたものかと少し悩んだものの、船の中に目新しい事も無くなりつつある頃だったので、アティと一緒に降りて見る事にした。
すると――
「にゃ。にゃ」
「あにゃ。あにゃ」
――沢山の猫が歩いているのが見えた。
四足歩行のもいれば、二足歩行のも居る。
手袋していたり、靴を履いていたり。
意味が分からない……。
「あれは、賢獣ですね。人の言葉を介する動物です。ここは賢獣で構成された島のようですね」
「そ、そんな生き物いるんだ……」
「います。まあ、亜人とも全然違いますし、珍しいと言えば珍しいですけれど」
……世界は広い。
ほぼ人族で構成された北東大陸では、考えられない光景だった。
もっとも、人族はどこにおいても数が多く、種族等で固めた国以外では基本は多数派らしいけれど。
「にゃ? どうかしたにゃ?」
二足歩行の猫が話しかけてきた。
うーん。
普通に言葉を喋っている。
「い、いや……」
「ふーん。まあ良いにゃ。船から降りてきた人だにゃ? 折角島に来てくれたから、これあげるにゃ」
背負っていた鞄から小包みを取り出すと、猫は僕とアティに何かをくれた。
中を見ると、魚のニボシが入っていた。
「おやつにゃ。ここは良い島にゃ。お店とかで沢山買い物して欲しいにゃ。色々な船が停まるから、よっぽどマイナーなのを除いて、世界中のお金で支払いが出来るようにしてるにゃ」
な、なるほど。
気分良くさせて、お金を落として欲しいと。
このニボシはその為と言う事かな。
ところで、両替無しで世界中の通貨で支払い可能とは、純粋に凄い。
「仕事があるから、これでさらばにゃ」
猫はそう言うと、すっすっと歩いて去って行く。
尻尾がゆらゆら揺れていた。
「折角貰ったし、これ食べてみようか?」
「そうですね」
とりあえず、ニボシを食べてみる事にした。
カリッとしていて、塩気もあって、普通に美味しかった。




