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第034話目―おおかみさん―

※※※※



 それを見つけたのは、部屋に戻る前だった。

 船内にある雑貨店の店先に、ぽつんと一つ銀粘土が置かれていた。

 純度は低いものの、迷宮産のようで、少しだけ普通の銀よりは高い。

 ドゥなら10万で、ロブなら20万。


(……謝るなら、何か手土産でもあった方が良いかも知れない)


 ジッと見つめて、僕はそんな事を考える。

 謝るだけの言葉よりも、何か他にもあった方が良いような気がして来たのだ。

 幸いにも、買えない金額と言うワケでも無い。

 それに、僕の本職はもともと銀細工職人。

 まあ、銀粘土を扱う事は少なかったけど……でも、扱えないワケではないよ。

 どういう形であっても、銀は銀。


「……これ、細工出来る道具とかってありますか?」

「奥にあるよ。買ってくれるなら使って構わない」


 道具はあるし、自由に使って良いらしい。

 良かった。

 断られる可能性も普通にあったから、これは助かる。

 職人という存在は、道具を人に貸す事を極端に嫌がる人も多いから――と、僕はそこで、店主の指が綺麗だった事に気づいた。


 どうやら、この店主は細工を生業にしているわけではなさそうだ。

 細工を頻繁にする人間の指は、もっと荒れている。

 こんなに綺麗なワケが無い。

 置かれている他の商品も、良く見ると出来合いのものばかりだった。


 道具を持っているのは、僕みたいなのが現れた時の貸し出し用か、あるいは自らが学ぼうとした時期があるか。

 そのどちらかだろう。


「誰か面白半分で買うかなって思ったんだけどな。売れやしねぇ。助かるよ兄ちゃん」


 この店はただの小売で、

 銀粘土はたまたま置いていただけらしい。


「しっかし……自分で加工するって、何ぞ細工の心得でもあるのかい?」

「ええ。僕は結構最近まで、銀細工職人をしていましたから。十年ほど」

「そいつは凄ぇなあ。実はな、俺も宝石とか金銀とかの細工職人目指してた時期がある。ただ、どうにも手先が不器用でなぁ。どこ行っても向いてねぇから諦めろとか言われてさ」


 店主のその経験は、まあ普通にありえる話だった。

 伸びなさそうな人に対して、突き放すような態度の職人は多い。

 最低限の腕が無いとやっていけない世界だから、そこに到達出来なさそう人は、辛酸を舐めるだけになると思って、追い返すのだ。

 ある意味の優しさではある。

 けれど、大体が言葉足らずだから、追い返された方は気分が良くないとは思う。


「……貸す道具も、やる気に満ち溢れてた時に勢いで買っちまったヤツだったなあ。箪笥の肥やしだい」

「それは……」

「ったく。職人連中は何考えてるか分からんよ。……何が駄目で、どこがどう足りないのかちゃんと教えてもくれねぇ」

「……手先が器用な代わりに、性格が不器用な人が多いですから」


 職人には不器用な性格が多い。

 それはきっと――僕も例外ではない。



※※※※



 さて、それから。

 どうにか銀粘土で指輪を作る事が出来た。

 後は謝って渡すだけである。

 そう、それだけの簡単なこと……なのだけど、僕は部屋の中に入れず、扉の前でウロウロしていた。


 まず、どんな言葉から掛けようか。

 開口一番に謝るべきだろうか。

 そんな事を考えて、思わず手が止まるのだ。


 しかし、時間は刻々と過ぎていく。

 いつまでもこうしているワケには行かない。

 悩む事を肯定するにも、限界がある。


 僕は「なるようになれ」と覚悟を決めると、扉を押し開ける。


「……はい、あーん」


 部屋の中に入ると、アティは普通に起きていた。

 小蛇にご飯を与えていて、いつもと変わった様子が見受けられない。

 アティは僕に気づくと薄く笑んだ。

 可愛いと綺麗が同居している。


「ハロルド様? お戻りになられたのですね」

「えっと……うん、まあ」


 切り出し方に迷ってしまって、どうにも続く言葉が出てこない。


「……何、してたの?」


 見れば分かるのに、そんな事を訊いてしまう。

 僕は所在無さげに頭を掻く。


「エキドナにご飯をあげてました」


 エキドナと言うのは、小蛇の名前だ。

 そういう名前をつけていた。

 そのエキドナにご飯をあげている。

 うん、分かっている。


「そっか」

「はい」


 それから、しばしの沈黙があって。

 なんとも言えない雰囲気があって。

 僕はじれったくなって、耐え切れなくなって、ずいと顔を近づけた。


「えっと……」

「き、昨日の事を謝りたくて」

「……謝る、ですか?」

「結構無理やりだったから。それで、お詫びのしるしとして、これを……」


 僕はアティの手を取ると、

 その細くて小さい指にそっと指輪を嵌めた。

 サイズは分かっている。

 昨夜に絡め続けた手だから、忘れようも無い。


 ああ、何だろう。

 自分が凄く気持ち悪い男に思えてきた。

 でも、何もしないよりはずっと良いハズだ。


「銀の……。あの、凄く綺麗な細工ですが、わざわざお買いになられたのですか?」

「自分で作ったんだ。銀細工は得意だから」

「ハロルド様が自ら……」

「それに、銀は魔よけにもなる。悪い存在に銀は効果的だよ。狼男だって銀を嫌がる。そういう逸話も多い」

「嬉しい……。ありがとうございます。……しかし、もう狼さんには襲われてしまった気がしますけれど」


 それは僕の事だろうか。

 いやまあ、それ以外には無いけれど。

 何だか居た堪れなくなってきた。


「……ふふっ、でも、お伝えしたい意味は分かりました。自分以外の狼には襲われるな、と言う事ですね」

「……え?」

「何か勘違いされておられるようですが、私は別に、昨夜の事を悪く受け止めてはおりませんよ?」

「そ、そうなの……?」

「乱暴過ぎたら嫌でしたが、優しくして下さいましたし、思い出に残る初めてになりました」


 一瞬僕の思考が止まる。

 それは、本当だろうか? と。

 すると――アティは僕の手を引いて、ベッドへと倒れこんだ。


「信じられないようであれば、こうして証明する他にありません」

「え……?」

「仕方ありません。信じて貰うには、これしかありませんから」


 アティは意地悪げな笑みを浮かべる。

 どうやら本当らしい。

 昨夜とは逆に、今度は僕が襲われる形となった。



 ちなみに。

 雰囲気を察したのか、

 気づくと、エキドナはどこかに隠れ去った。

(=ФωФ=)ニャンニャン。

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作者ついったー

こちら↓書籍版の一巻表紙になります。
カドカワBOOKSさまより2019年12月10日発売中です。色々と修正したり加筆も行っております。

書籍 一巻表紙
― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公よりも蛇さんのが気遣いというものを 理解してしている(笑)
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