第034話目―おおかみさん―
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それを見つけたのは、部屋に戻る前だった。
船内にある雑貨店の店先に、ぽつんと一つ銀粘土が置かれていた。
純度は低いものの、迷宮産のようで、少しだけ普通の銀よりは高い。
ドゥなら10万で、ロブなら20万。
(……謝るなら、何か手土産でもあった方が良いかも知れない)
ジッと見つめて、僕はそんな事を考える。
謝るだけの言葉よりも、何か他にもあった方が良いような気がして来たのだ。
幸いにも、買えない金額と言うワケでも無い。
それに、僕の本職はもともと銀細工職人。
まあ、銀粘土を扱う事は少なかったけど……でも、扱えないワケではないよ。
どういう形であっても、銀は銀。
「……これ、細工出来る道具とかってありますか?」
「奥にあるよ。買ってくれるなら使って構わない」
道具はあるし、自由に使って良いらしい。
良かった。
断られる可能性も普通にあったから、これは助かる。
職人という存在は、道具を人に貸す事を極端に嫌がる人も多いから――と、僕はそこで、店主の指が綺麗だった事に気づいた。
どうやら、この店主は細工を生業にしているわけではなさそうだ。
細工を頻繁にする人間の指は、もっと荒れている。
こんなに綺麗なワケが無い。
置かれている他の商品も、良く見ると出来合いのものばかりだった。
道具を持っているのは、僕みたいなのが現れた時の貸し出し用か、あるいは自らが学ぼうとした時期があるか。
そのどちらかだろう。
「誰か面白半分で買うかなって思ったんだけどな。売れやしねぇ。助かるよ兄ちゃん」
この店はただの小売で、
銀粘土はたまたま置いていただけらしい。
「しっかし……自分で加工するって、何ぞ細工の心得でもあるのかい?」
「ええ。僕は結構最近まで、銀細工職人をしていましたから。十年ほど」
「そいつは凄ぇなあ。実はな、俺も宝石とか金銀とかの細工職人目指してた時期がある。ただ、どうにも手先が不器用でなぁ。どこ行っても向いてねぇから諦めろとか言われてさ」
店主のその経験は、まあ普通にありえる話だった。
伸びなさそうな人に対して、突き放すような態度の職人は多い。
最低限の腕が無いとやっていけない世界だから、そこに到達出来なさそう人は、辛酸を舐めるだけになると思って、追い返すのだ。
ある意味の優しさではある。
けれど、大体が言葉足らずだから、追い返された方は気分が良くないとは思う。
「……貸す道具も、やる気に満ち溢れてた時に勢いで買っちまったヤツだったなあ。箪笥の肥やしだい」
「それは……」
「ったく。職人連中は何考えてるか分からんよ。……何が駄目で、どこがどう足りないのかちゃんと教えてもくれねぇ」
「……手先が器用な代わりに、性格が不器用な人が多いですから」
職人には不器用な性格が多い。
それはきっと――僕も例外ではない。
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さて、それから。
どうにか銀粘土で指輪を作る事が出来た。
後は謝って渡すだけである。
そう、それだけの簡単なこと……なのだけど、僕は部屋の中に入れず、扉の前でウロウロしていた。
まず、どんな言葉から掛けようか。
開口一番に謝るべきだろうか。
そんな事を考えて、思わず手が止まるのだ。
しかし、時間は刻々と過ぎていく。
いつまでもこうしているワケには行かない。
悩む事を肯定するにも、限界がある。
僕は「なるようになれ」と覚悟を決めると、扉を押し開ける。
「……はい、あーん」
部屋の中に入ると、アティは普通に起きていた。
小蛇にご飯を与えていて、いつもと変わった様子が見受けられない。
アティは僕に気づくと薄く笑んだ。
可愛いと綺麗が同居している。
「ハロルド様? お戻りになられたのですね」
「えっと……うん、まあ」
切り出し方に迷ってしまって、どうにも続く言葉が出てこない。
「……何、してたの?」
見れば分かるのに、そんな事を訊いてしまう。
僕は所在無さげに頭を掻く。
「エキドナにご飯をあげてました」
エキドナと言うのは、小蛇の名前だ。
そういう名前をつけていた。
そのエキドナにご飯をあげている。
うん、分かっている。
「そっか」
「はい」
それから、しばしの沈黙があって。
なんとも言えない雰囲気があって。
僕はじれったくなって、耐え切れなくなって、ずいと顔を近づけた。
「えっと……」
「き、昨日の事を謝りたくて」
「……謝る、ですか?」
「結構無理やりだったから。それで、お詫びのしるしとして、これを……」
僕はアティの手を取ると、
その細くて小さい指にそっと指輪を嵌めた。
サイズは分かっている。
昨夜に絡め続けた手だから、忘れようも無い。
ああ、何だろう。
自分が凄く気持ち悪い男に思えてきた。
でも、何もしないよりはずっと良いハズだ。
「銀の……。あの、凄く綺麗な細工ですが、わざわざお買いになられたのですか?」
「自分で作ったんだ。銀細工は得意だから」
「ハロルド様が自ら……」
「それに、銀は魔よけにもなる。悪い存在に銀は効果的だよ。狼男だって銀を嫌がる。そういう逸話も多い」
「嬉しい……。ありがとうございます。……しかし、もう狼さんには襲われてしまった気がしますけれど」
それは僕の事だろうか。
いやまあ、それ以外には無いけれど。
何だか居た堪れなくなってきた。
「……ふふっ、でも、お伝えしたい意味は分かりました。自分以外の狼には襲われるな、と言う事ですね」
「……え?」
「何か勘違いされておられるようですが、私は別に、昨夜の事を悪く受け止めてはおりませんよ?」
「そ、そうなの……?」
「乱暴過ぎたら嫌でしたが、優しくして下さいましたし、思い出に残る初めてになりました」
一瞬僕の思考が止まる。
それは、本当だろうか? と。
すると――アティは僕の手を引いて、ベッドへと倒れこんだ。
「信じられないようであれば、こうして証明する他にありません」
「え……?」
「仕方ありません。信じて貰うには、これしかありませんから」
アティは意地悪げな笑みを浮かべる。
どうやら本当らしい。
昨夜とは逆に、今度は僕が襲われる形となった。
ちなみに。
雰囲気を察したのか、
気づくと、エキドナはどこかに隠れ去った。
(=ФωФ=)ニャンニャン。




