第030話目―雷―
決着!
※※※※
どのぐらい、時間が経っただろうか。
一時間くらい?
いや……もっとかも知れないし、
逆に思っているより短い可能性もある。
分からない。
「――随分としぶとい男だよっ!」
女型の蜂の魔物――ボスの声が響く。
それに続くように、ゴロツキどもの叫び声も飛んだ。
「死ねやっ!」
「さっさとくたばれってんだ!」
「物騒な物言いはやめて欲しいな……」
一斉に繰り出される攻撃を避けながら、
時折に薙ぎ払っては押し返す。
これの繰り返し。
なんとも厄介な戦いだった。
ゴロツキの相手はまだ良い、何とかなる。
けれど、どうにもボスが面倒だった。
硬い事この上ないのに加えて、
時折に異臭を放つ粘液を吐き出してくるのだ。
蛆やハエが瞬時に群がる程に、酷い匂い。
おそらく毒物の類だと言う事が、受けずとも分かる。
決して当たりたくはない攻撃だった。
しかも、そんな特殊攻撃を持ってる上に、通常の一撃にも破壊力があると来たものだ。
お陰で……、攻防を繰り広げた結果、現在では部屋の天井が吹き飛んでいた。
ここが最上階と言う事もあって、
豪雨が大量に流れ込んで来ている。
ばちゃばちゃとぶつかるような雨音が、
辺りの全てを包んでいる。
(……この状況で気を失うなんてもっての外だから、【穿たれしは国溶けの槍】は使えない。まあ、そもそも倒せなくたって良いワケだし。……脚も重くなってきた。そろそろ、引き上げ時かも知れない)
僕はそろそろ切り上げる事を考え始める。
だいぶ時間も稼げていたし、何より疲れても来ていた。
特別に体力自慢なわけでは無いのだ。
ここらへんが限界だろうと思った。
もともとキリの良い所で逃げるつもりもしていたし。
――と、その時だった。
僕は踵を返そうとして、
濡れた床に足を取られてしまう。
どたん、と転げてしまった。
「――うぐっ」
「――ははっ!! 隙を見せたねッ!!」
ボスの口中が膨らむ。
恐らく、あの汚い粘液が繰り出される。
くそうと僕は舌打ちをする。
あわやここまでか。
眼を細めて目の前を見据える。
ボスは僕から距離を取ると、思い切り仰け反った。
そして、それと同時に。
ごろごろと、雷が落ちる前触れの音が聞こえる。
「食らい……ッ!?」
ボスがそこまで言いかけて。
ガガァンッ!! と、雷が落ちた。
それは途中で不規則に折れ曲がり、見事にボス目掛けて落ちた。
甚大な衝撃に異人館が崩れかける。
雷の異常な熱量ゆえに、建物に一気に焔が盛った。
この雨中にあって、煌々と火種が空へと向かう。
「……っ? …ぁ……っっ?」
ボスこと――女型の蜂の魔物は、黒こげになり、ぼろぼろと体を崩して行った。
一瞬の出来事。
謎の雷によって、瞬く間にこの攻防戦に決着がついた形だ。
唖然としていたのは僕だけではない。
周りのゴロツキどもも、
目を丸くしていた。
だが、しばらくしてから気を取り戻して、
一斉に蜘蛛の子を散らすように逃げ出して行った。
「な、なんて運が悪ぃ! ボスが消し炭に……っ」
「くそっ、逃げろ逃げろ!」
「ボスが居てどっこいどっこいの勝負だったってのに! これじゃ勝ち目ねぇよ!」
僕はゆっくりと立ち上がる。
すると、今一度に雷が落ちた。
今度は遠くに落ちたようだ。
音も光も遠くに現れた。
ただ、その雷による閃光が届く範囲で、僕はある人影を見た。
少し先の大木。
そこの上に、見慣れたシルエットがあったんだ。
あれは――。
「……アティ?」
見間違えるハズも無い。
そのシルエットは、アティのものだった。
※※※※
アティが見えた場所まで向かう。
すると、確かにそこに彼女は居た。
そして――僕を見つけるや否や、アティが抱きついてきた。
「――ハロルド様っ」
「ア、アティ……? もしかして、さっきの雷……」
「間に合いそうにありませんでしたので、銃弾で無理やり雷を誘導しました。もちろん、ハロルド様には当たらないように細心の注意を払ってます」
なんて強引な。
「それにしても、どこに行かれたのかと思って、後をつけて見れば……」
「……そう言えば、良く僕の場所が分かったね」
思えば、アティには行き先など告げていない。
僕はそっと部屋から出てきたハズだ。
なのにどうして。
「……ハロルド様にはしるしを付けておりますので、どこに行かれても場所が把握出来ます」
「……しるし?」
「はい。魔術の一つです」
そう言えば、迷宮で見せて貰ったヤツの他にも、魔術が使えるんだったっけ?
しるしを付けて居場所を把握出来るなんて、かなり便利な魔術だ。
「……効果は一週間程度しか持たないので、その都度ごとに掛け直さなければならないのですが。とにかく、ご無事で何よりです」
アティが、抱きしめる力を強めてくる。
「……心配を掛けたようだね。ごめんね」
「何か危険がある時は、きちんと私もお連れになって下さい」
「……そうするよ」
僕は素直に頷いた。
アティが窓の向こうを楽しそうに見ていたから、邪魔が出来なくて。
なんて言う本音は、言わない事にした。
少し自意識過剰かも知れないけれど。
それを口にしてしまったら、アティが悲しむ気がした。
「ともかく、助かったよ。ありがとう」
僕はそう言って、アティを抱きしめ返した。
服の袖から顔を出した小蛇が、「ぎぅ」と小さく鳴く。
雨脚は弱まらず、バシャバシャと降り続ける。
そして、僕らのずっと後ろでは、異人館が燃え続けていた。
煌々とした明るさが、辺りに撒き散らされる。
それは――雲に阻まれて今は姿を見せない、太陽の代わりのように思えた。
セシル「おっそいなあ。何してんだろ……」
 





