第029話目―半人半魔―
※、今回の話はほんのちょっぴりだけグロテスクな面がございます。ご注意ください。ひったくりをしたらこういう目にあうかも知れない、という教訓ですね。
※※※※
出来る事ならば。
ひっそりとマディを助けたかった。
ただでさえ面倒事に首を突っ込んでいるのだから、
その最中に加えて危険を呼び込みたくはないのである。
しかし――マディはいまや、この部屋の向こうで、ゴロツキどものボスの手の内にある。
残された手は、強行突破の他に無い。
もっとも、だとしても、闇雲に突撃するのは避けたい所である。
何せ、ここのボスが圧倒的な強者の可能性もあった。
手間取れば、手下のゴロツキも集まって来る。
僕らはマディの安全も考慮して戦わなければならず、相手方もそれには気づくと思われる。
何も気にかけずに多人数を相手するよりも、難易度はぐっと上がる。
僕は一考した後、セシルにある提案を伝えた。
「……役割分担をしよう」
「何いきなり。役割分担?」
「中に入ったら、セシルにはマディを連れて先に逃げて欲しい」
「……え?」
「特攻したら間違いなく騒ぎになる。つまり、今まで避けてきたゴロツキも、不本意ながらに呼び寄せる事になる。ボスがもしも強かった場合、手間取ればそいつらも集まって来る。僕らだけならまだしも、マディを守りながら殲滅するのは難しいかも知れない」
「……つまり、お兄さんが囮になると?」
「そういう事になる、かな」
「何よそれ。どうせ囮になるなら、私の方が強いんだし、私が――」
「――逆だよ、それは。誰かを守りながら……、特にマディのような子どもを守りながらとなると、それこそ強さが必要だ」
僕がそう言い切ると、セシルは口を閉じた。
何が言いたいのかが伝わったようである。
もっとも、どこか釈然としない表情ではあったけれど……。
まあ、最終的には頷いてくれたので良しとしよう。
「分かった。……でも、手間取りそうな場合はって意味よね?」
「うん。もしもアッサリ行けそうなら、さっさと奪還してオサラバしよう。……それに、囮になったとしてもキリの良い所で切り上げるよ。だから、すぐに出航出来るように、船を出す準備してて欲しいな」
僕らは互いに段取りを把握しつつ。
それから、いよいよ突撃する事に決める。
服の中に忍ばせた小蛇が、「ぎぃ」と小さく鳴いた。
※※※※
女性のような人型を保ってはいるものの、蜂のように大きく膨れ上がった下腹部。
シマ模様の黒線が体中を巡っており、顔には、つやつやとした石のような――まるで、羽虫の複眼のような瞳がついている。
そいつが、大きく口のように開いた下腹部で、マディの下半身を飲み込んでいた。
「活きが良い坊やは大好きだよ! ほうら、ほーら!」
「うぅっ、あっ、あっ…!! やめて、やめてぇ!!」
僕らはこの光景に絶句した。
魔物だ。
人型の魔物が、
人間の子どもを捕食しているようにしか見えなかった。
僕はふと、樽の中に入っていた時に耳にした、ゴロツキの言葉を思い出した。
――半分人間辞めてるし、おっかねぇ。
この言葉を、そのままの意味で受け取るならば。
目の前のコイツは半分は人間で、半分が魔物であるという事になる。
理解が及ばない。
だが、ともかくコイツが強敵だと言うのは直感した。
僕はセシルに目線を送る。
「……そんな視線寄越さなくても良いよ、お兄さん。これは手間取りそうだもの。分かってる」
「うん」
まさかこんなのが居るとは……と思いつつも、予定をセシルに再認識して貰う。
「おや……?」
女形の蜂の魔物が、僕らに気づいたようだ。
ゆっくりとこちらに向き直った。
気持ち悪い。
「……何だい。どこのどいつだい」
「悪いんだけど、その子を返して貰いたくてね」
「藪から棒に無理難題を言うねぇ。この子はねぇ、アタイの大事な商品を盗もうとしたんだ。だから、その分のアタイの心の痛みって言うヤツに対する、対価が欲しいのさ」
「ワケが分からない。そもそも、何を盗んだって?」
「……この薬だよ」
女形の蜂の魔物は、黒い粉の入った透明な小袋を摘むようにしてこちらに見せてくる。
あれを盗もうとしたのか……。
そう言えば、父親が病気をしているのだったっけか。
「なるほど……」
「高いんだよ……、この薬。どんな万病にも効くって評判の薬でねぇ。マトモに買おうと思ったら、ロブなら五千万は下らない」
「それは凄い。……ただ、アナタもマトモな手段で手に入れたように見えないけど?」
「ハッ! 確かにそうだねぇ。商業船を襲って奪って、そこにあったモノさ」
こいつら海賊か。
しかも、ボスが半分魔物と来たものだ。
「ともかくねぇ、こんな無礼を働かれて、アタイの怒りは沸騰寸前さ。……容赦しないよっ!!」
女形の蜂の魔物が、ぐわっと威圧感を放ってくる――のと同時に。
剣閃が一条走る。
速い。
セシルの一撃だ。
しかし、妙に硬質的な音が響いた。
見ると、セシルの一閃が通らなかったようである。
「かったぁ……」
「この小娘ェ……ッ!」
女形の蜂の魔物の意識がセシルに向いた。
もう、戦いの火蓋は切られている。
今度は僕が槍捌きを披露する事とした。
猛々しく槍を幾度も回転させながら、
その勢いで無理やりに女形の蜂の魔物を薙ぎ飛ばす。
「――今度はアンタかいっ!」
がつっと、まるで金属に当てたような感触。
確かにこれは硬い……。
だが、吹き飛ばす事には成功していた。
女形の蜂の魔物が壁に思い切りぶつかる。
がららら、と音を立てて異人館が揺れた。
明確なダメージを与えた感触は無い。
しかし、マディから引き離す事が何とか出来た。
「セシルっ!」
「分かってる!」
セシルは、呻くマディを一瞬のうちに抱きかかえて――ついでに、床に落ちていた薬を拾ったようだ。
「何か良く分からないけど、これ、この子にとって必要なんでしょ!? ついでに持ってく!」
中々に抜け目のない女の子である。
一辺倒だという評価は、
少し変えた方が良いかも知れない。
「コロス、コロス、コロス、コロスっ! ぶち殺すっ! あああああっ、アタイの大事な玩具を奪ったなああああ! しかも薬もおおおお! お前らぁあああ! であえであえっっ!!」
女形の蜂の魔物が叫ぶ。
すると、わらわらとゴロツキ共が集まってきた。
「へ、へい! ボスッ!」
「何ボサッとしてんだい! この男のほかに、逃げた小娘がいる! 何人か連れて追っかけて引きずり戻して来な!」
「しょ、承知いたしやした!」
「ったくぅ……」
セシルの姿はもう見えない。
けれど、きっと大丈夫だ。
彼女ならば上手く捌くだろう。
ところで……。
セシルを追ったゴロツキの他に、
ここに残った連中も当然だが多数居た。
半人半魔とも言える異様に硬いコイツと、幾人ものゴロツキ。
こいつらを僕が相手しなきゃならないワケだ。
キリの良い所で切り上げるにしても、疲れそうだ……。
次話でさっさとバトルには決着つける予定です。




