第002話目―始まった競売―
※※※※
競売会場は地下にあった。
路地裏の奥から行けるそこは、ストリップ劇場のような所だった。
中は狭く、席はそう多くなかった。
十数人座れれば良い方だ。
意外と盛況なのか、既に席のほとんどが埋まっている。
客層は色々で、冒険者や迷宮探索者っぽい人も居るし、貴族や商人のような人も居る。
微妙に僕は場違い感がある。
「空いているお席へどうぞ」
さっきの男とは違う、蝶ネクタイをした競売のスタッフに案内され、僕は空いている席に座った。
良く見ると、空いている最後の一席だった。
どうやら僕が最後の一人のようである。
なんとなく、さっきの男が僕に声を掛けて来た理由が分かった気がする。
恐らく誰でも良かったのだ。
最後の一席埋められれば、誰でも。
「ご来場の皆様がた、もうまもなくで競売が始まります。今しばらくお待ちくださいませ。……それでは、始まるまでの間に競売のやり方をご説明致します。奴隷の説明が終わりましたら入札を募りますので、その時に手を上げて最低値以上の金額を仰って下さい。その際にもっとも高い金額を提示した方が購入者となります」
競売はまもなく始まるらしい。
スタッフが「お待ちの間にどうぞ」とカクテルを持って来てくれたので、僕はぐびぐび飲んで待つ事にした。
ただで飲めるんだから飲まないと損だ。
まもなくして。
場内の明かりが一瞬消えた後、紫色と桃色の明かりが会場内に乱反射した。
始まったようだ。
「――レディースゥ&ジェントルメーン!」
舞台の上にシルクハット姿の男が立つ。
明かりが彼に集中した。
恐らく司会進行の役の人なんだろう。
「――本日は我がシルク・ド・スレイブの奴隷競売にお越し頂き、真にありがとうございます!」
何か分からないけど、参加者の人たちが拍手したから僕も倣って拍手した。
ぱちぱちぱち。
「――我々は各地を旅しながら、様々な珍しい奴隷を集める奴隷競売集団です! ゆえに参加者さまのお気に召す奴隷がきっとおられる事でしょう! どうぞ奮ってご参加下さいませ!」
旅……きっと、この競売集団は、色々なところを回って来たのだろう。ふと、僕も旅でもしてみようかなと思った。
家が燃え尽きたし、失うものなどもう何も無いのだし。
「――それでは競売を開始致します! まず一人目はこちら――!」
司会が競売の開始を告げる。
すると、舞台の裾からとんでもない美女が出てきた。
ミモザのような淡い金色の髪に、翡翠のような森色の瞳。
透き通るような白肌と、一際整った輪郭と鼻梁に加えて――尖った耳を持っている。
「――エルフです! 美しき森の姫君!」
エルフ。初めて見た。
造り物のような美しさだ、とは噂に聞いた事はある。
けれど、これは噂以上の美しさだ。
「……すげぇ本物だ」
「……エルフなど、大都市でも滅多にお目に掛かれんぞ。それが奴隷として」
「……最初は胡散臭い連中だと思ったが、参加して良かったかも知れんな、これは」
他の観客もみんな驚いている。でも、それは無理からぬことであった。エルフを見る機会なんてまずないからだ。
帝都のような所であれば、国家的行事の時に、来賓として招かれたエルフの国の人達を見れる事もあるかも知れない。
しかし、この街――王都クラスの街では御伽話ぐらいにしか出てこない存在であった。
ただでさえそういう存在であるのに、加えて奴隷としての登場をしたのだから、ざわつくなと言う方が無理がある。
「――彼女は素晴らしいですよ! 容姿端麗はさる事ながら魔術や弓も使えますし、エルフ古語の読み書きも出来ます! このような奴隷――名のある貴族や豪商、あるいは武名響く英雄と呼ばれるような人だとしても、生涯にただの一度もお目にする事が叶わないかも知れません!」
手に入れないと損、と思わせるような、購買意欲を刺激する説明だった。まぁ、そんなことされても、僕は買わない……というか金銭的に買えない。
「――それでは1500万ロブの破格値からスタートです!」
……え?
どこが破格値なのか分からない。
高すぎる。
1500万といえば僕が買った家とほぼ同額だ。
いくらエルフが珍しいとは言え買う人なんて――
「――3500万!」
「――6700万!」
「――1億!」
「――2億9000万!」
――たくさん居た。しかも、凄い金額が次々と出てくる。一体、この人たちの頭の中はどうなっているのだろうか?
信じられない。
「――5億2600万! 5億2600万! これより上を出す人は居られませんか!? ――居られないようなので、こちらのエルフは5億2600万で落札となります!」
最終的に5億2600万ロブでの落札となったらしい。
買ったのは鎧姿の大男だった。
迷宮で一山当てたか、もしくは貴族の子息か。
いずれにしろ、凄い高そうな鎧を着ているから大金持ちなのだろう。
とんでもない金額だ。
人生を何回やり直せば得られる金額だろうか。
それがたった一瞬で動いていく。
頭がくらくらしてくる。
※※※※
競売が進む。
商品として出される奴隷は亜人が多かった。
犬人、猫人、山羊人など様々出てくる。
これらの亜人たちも、エルフ程では無いがこの街では珍しい。
年に数回くらいは見かける事があるかどうか、場合によっては見かけない年もある。
珍しい奴隷を集めた、という言葉は本当のようだ。
大体が2000万~5000万くらいの値で買われていく。
普通にやばい金額だと思うけど、億越えをした最初のエルフに比べると少なく思える。
感覚がマヒしつつあるかも知れない。
ちなみに、当初の触れ込みの通り、格安1万ブロからスタートの奴隷も居た。すぐに値段が上がって最終的に3000万になっていたけれども。
「――それでは次が最後になります」
で、どうやら次が最後らしい。
くるくる回りながら、司会の男は舞台袖から一人の少女を連れ出して来た。
僕はその少女を見て、おやっと少しだけ驚いた。
淡褐色の肌と、ほんのりと灰色にくすんだ白髪。
僅かに幼さを残しつつも整った鼻梁と輪郭と、エルフと同じ翡翠色の眼。
そして――尖った耳。
「――ラストはダークエルフです!」
最後の最後に出て来たのは、ダークエルフだった。