第028話目―水に濡れた服と体温―
前回のあらすじ→謎の卵見つけた。
※、なんとか書けたので、今回は早め更新です。
※※※※
一体何の卵なのだろうか。
見当もつかない。
僕はもう一度卵をつついてみた。
すると、びくりとまた動いた。
「何か不気味……」
セシルが眉を潜めてそんな事を言う。
僕もそれには同意見だった。
変な生き物の卵とかの可能性もあるのだ。
あまり触れない方が良いかも知れない。
――と、思っていると。
ぴしり、と卵が割れ始めた。
「「え?」」
僕とセシルの声が重なる。
そして次の瞬間。
卵の中から、小さな蛇が飛び出してきた。
蛇はうねうねと動くと、
恐ろしい速さでこちらに向かって来て、
ものの見事に――、セシルの足元から服の中へと潜り込んだ。
「ちょっ……、ちょっ、イヤッ! イヤッ!」
服の中に蛇に侵入されて、
セシルが取り乱したかのように慌てふためく。
自らの服の中に手を突っ込んで、
どうにか蛇を捕まえようとしたようだが、
結果は奮わなかったらしい。
「やぁーあ!!」
半泣きになりながらセシルが暴れだした。
これはやばい。
何がやばいかって、それは蛇では無くて――
「――何だ! 声が聞こえたぞ!」
「侵入者か!?」
セシルが暴れた事によって、
この異人館の中のゴロツキどもに、
僕らの存在の可能性を教えてしまった事だ。
あああああ……。
「やっ! いやぁっ!」
自分たちの存在がバレかけている。
その事にも気づかず、セシルは未だに、服の中の蛇を捕まえようと格闘している。
ゴロツキ共の走る音が聞こえる。
あと幾秒も経たない内に、
彼らはここに来てしまうだろう。
(……仕方が無い)
僕は盛大にため息を吐くと、
セシルの口と両手を強引に抑えると、
近くに見えたクローゼットの中に引きずり込んだ。
「ん――っ!? んんん――っ!」
「喚かないで。セシルが騒いだせいで、この中の連中に気づかれたかも」
「へひー! へひ、ふふのなは!」
非常に危ない絵面だ。
まるで今からセシルにイケナイ事をするかのようだ。
それも強引に。
僕はアティ以外の女は眼中に無いから、
あくまで絵面だけの話であるけど。
「はなひてー!」
「少しだけ我慢してよ……」
それにしてもセシルの暴走が止まらない。
このままでは見つかる可能性が高くなってしまうので、
セシルの口を抑えたまま、
僕はその服の中に手を突っ込んだ。
「んんん――!! あいふるのよ!」
「しょうがないでしょ」
もぞもぞと手を動かして、
セシルの柔らかくも張りのある肌を弄りつつ――
――にょろにょろと動く蛇を捕まえた。
「ほら捕まえた」
僕が蛇を捕まえたお陰で、
セシルはほっとしたようだ。
じんわりと涙を滲ませた表情で、
力を抜いて僕にしな垂れかかってきた。
もう口を抑える必要も無さそうである。
僕はゆっくりと手を放す。
「……ありがとう。騒いでごめん」
「今からでも黙ってくれるなら、別に気にしないよ」
静かになってくれるなら、
そこまで怒る程の事でも無い。
ゴロツキもまだ部屋の中には入って来てないし。
……ところで。
元々びしょ濡れだったせいで、
僕らの衣服がピタリと張り付いて、
お互いの肌の感触や温もりが直に伝わっている。
変な感覚だった。
別にいやらしい事をしているわけでもないのに、
淫靡な空気と熱が漂う。
(これがアティだったらな……)
なんて事を思いつつ。
ゴロツキどもが部屋の中に入ってくると同時に、
彼らが居なくなるまでの間、
僕とセシルは互いにひっそりと息を殺して凌ぐ。
「……もういった?」
「……いった」
どうにか、ゴロツキどもをやり過ごす事が出来たようだ。
僕らは安堵する。
「ちょっと……」
セシルの頬が紅潮している。
何だろうか。
「……いつまでくっ付いてるの? お兄さん」
「ああ、そっか。ごめんね」
音を立てないようにクローゼットから出ると、
僕はセシルから離れる。
緊急事態とは言え、年頃の女の子に確かに少し失礼だったかも知れない。
「別に謝らなくても……」
「いや、確かに失礼なことをした。悪かったよ」
取りあえず謝っておく。
セシルは僕より強い。
刃を向けられたら溜まったものではない。
「……そんなに、怒ってないし」
「何か言った?」
「別に……」
セシルが急に俯く。
僕みたいな男と密着した事が、
それほどまでに嫌だったのだろう。
(……まあ、過ぎた事を気にしてもしょうがない。そのうち忘れてくれるだろう。それより、この蛇どうしよう)
先ほどの事は気にしない事にしつつ、
僕は手に掴んだままの小蛇を見つめる。
妙にごつごつした触感の、まるで岩肌のような鱗を持つ蛇だった。
頭には小さな角もあって、まるで迷宮の魔物のような……。
「……ぎぅ」
小蛇が申し訳なさそうに頭を垂れる。
案外頭が良い蛇なのかも知れない。
危険そうなら握りつぶす覚悟をしていたけれど、
取りあえず言葉が通じるか試して見よう。
「僕の言ってる事分かる?」
「ぎぅ」
こくこくと小蛇が頷く。
どうやら言葉が通じるらしい。
何だか殺すのが忍びない気がしてきた。
「付いてくる?」
「ぎぅ!」
小蛇は大きく頷く。
どうやら付いて来てくれるらしい。
「ね、ねぇ……その蛇、連れてくの?」
「言葉通じるようだし、大丈夫じゃないかな」
「私は嫌なんだけど……」
セシルが嫌がる。
そりゃまあ、自分の身体をまさぐった蛇は嫌だろう。
でも、僕は少しこの蛇を気に入っていた。
「細かい事は気にしないで、それよりもマディを探さないと」
「それはそうだけど……」
セシルの歯切れが悪かったけれど、
僕は無理やり押し通した。
※※※※
ゴロツキどもを上手く避けながら、
僕らはとうとう異人館の最上階まで来た。
入っていない部屋は、もう一部屋しかない状況だ。
この先にある、やたら豪華な扉の部屋である。
おそらくあれは、ボスの部屋だろう。
僕らがゴロツキを避けながら探索をしてる間に、
マディはここに連れ込まれたに違い無い。
僕とセシルは扉にそっと耳を押し当てる。
すると、
「ほうら坊や。ねぇ坊や。かわいい坊や。あら坊や。……あたいを楽しませておくれな」
「あっ、あっ……」
妙にしわがれた女の声と、マディの声が聞こえてきた。




