第026話目―異人館―
前回のあらすじ→ごろつき が こども を さらった。
※※※※
子どもが――マディが攫われている。
その現状に、先に動いたのはセシルだった。
「――助けなきゃ! 見過ごせない!」
セシルにとっては、見知らぬ子どものハズだ。
しかし、駆け出すその脚に迷いは見られなかった。
どうやら彼女は義憤に駆られるタイプのようだ。
一方で僕は一瞬迷った。
けれど、やはり見なかった事には出来ず、気がつけば同じように走り出していた。
攫われた子――マディとは、以前に少しでも関わった事があるせいかも知れない。
自分の事ながら、どうにも難儀な性格な気がする。
「……手伝ってくれるの?」
「一応ね」
「優しそうな印象通りの性格をしてるんだね。……それに腕もそこそこ立つようだし、良い男じゃんね」
くっくとセシルが笑う。
微妙に小馬鹿にされた気がする。
でも、今はそんな事を気にしている場合でもない。
僕らは走る。
そして――あと少しで追いつけそうと言う所で。
ゴロツキは近くに停まっていた小舟に乗り込むと、急いで舟を進ませた。
「くそっ、あと少しだったのに……」
思わず僕は舌打ちをした。
これでは追えない。
段々と舟が遠ざかっていくのを眺めて、内心に苛立ちが募り始める。
何十分にも感じる数秒間を過ごした後。
おもむろに、セシルがこの状況の打破する手立てを見つけてきた。
ゴロツキが乗っているのと似た小舟を、少し先の場所に幾つか見つけたのである。
勢い良くセシルはそれに飛び乗った。
「乗って!」
確かにこれなら追える。
ただ……緊急事態とは言えそれは他人の舟だ。
「それ人の舟だよね? 勝手に乗って良いの?」
「壊れでもしたら私が弁償するから、大丈夫!」
もしも問題が起きたらセシルが何とかしてくれるらしい。
※※※※
しばらく舟を漕ぐ。
すると、ゴロツキの舟が、岩石海岸の小さな入り江の中に入って行くのが見えた。
僕らは近くの岩に舟を停め、隠れつつ様子を伺う事にした。
彼らも警戒をしているのか……しきりに辺りを見回している。
「にしても、明らかにおかしいヤツだけど、海賊か何かの一員……かな?」
「それは僕には分からないよ。ただ、隠れ家っぽいし、一人二人じゃない数がいそうだ」
セシルとそんな会話を挟んでいると、ゴロツキ達が木々の間に消えて行った。
今が機会だろう。
僕らも舟を入り江に停めなおす。
「……まあ、何だって良いわ! さぁ、ギッタンギッタンにしてやろうじゃない!」
「安心安全で行こう。何が出てくるか分からないんだから」
「大丈夫よ! 私は強い! お兄さんもそこそこ強い! 負けるわけないんだから!」
その自信はどこから出てくるのだろうか?
まあ、僕より強いのは事実だろうけどさ。
そんなことを考えながら、帰る時に舟が無い、なんてなったら大変だからと僕は船を係留する。
まあ、イザとなったらゴロツキの舟使っても良いんだけど……でも、出来れば今乗ってる舟で帰りたい。
人の舟だからね……。
何かあったらセシルが責任を取るとは言ってるけど、持ち主的には、そっくりそのまま帰って来て欲しいと思うだろう。
「……ん?」
ふと、水平線上に小舟が見えた気がした。
漁師か何かが、ここらへんを周っているのかも知れない。
※※※※
なんと言うか、セシルはどうにも考え無しのようだ。
あっちに行ったりこっちに行ったりと、脈絡なく動こうとしている。
仕方が無いので、その首根っこを捕まえた。
「――ぐぇっ! お、お兄さん何するの!」
「闇雲に動いても見つからないって。ほら、あれ見て」
僕が指差した先にあるのは、踏み倒された草木の跡だ。
まだ乾いていない土が被さっていて、ここを誰かが通ったばかりだと言う事が分かる。
「……き、気づいてたもの」
「そっか。悪かったね」
「あ、謝らなくても良いけど……」
下手に煽って仲違いしても嫌なので、なるべく揉めないようにしながら進む。
がさごそと草木を掻き分けつつ、足跡を追いかけて歩く。
突如、日の光に陰りが見えた。
空を仰ぐと昼寝日和だった空が雲り始めている。
そのせいか肌寒さを感じてならない。
しかし、そんな程度のことで、今更引き返すつもりもない。
更に進んでいくと、唐突に開けた場所へと出た。
目の前に煉瓦作りの大きな異人館が鎮座していた。
恐らく、この中にマディは連れ込まれたのだろう。
「ここね……」
「何かゴロツキが沢山居そうな気がする……」
「全員切れば良い――へくちっ」
セシルがくしゃみをした。
肌寒さが増したせいかな?
風邪引かないと良いけど……。
「寒ぃ……」
そう呟いて、セシルが軽く歯音を立てる。
すると、ぽつり、ぽつりと雨が地面に落ち始めた。
そしてそれは、次第にどしゃ降りへと変わっていき――、
――ががぁん! と、雷がどこかに落ちた。
急に、目の前の異人館が不気味に見えてくる……。




