第025話目―危険な女―
前回のあらすじ→アティを抱きしめながら眠った。
※※※※
翌日。
船の切符を買う為に、僕とアティは案内所へと赴いた。
「二名、乗船はバレスティー号で間違い無いね?」
「はい」
「それじゃあ、280万ロブ――ああいや、何日か前にキャンセル出た部屋があったんだ。忘れていた。そっちを出そう。250万ロブで良い」
何やら、キャンセルが出た部屋があったらしい。
まあ何にしろ、質が落ちずに安くなってくれると言うのなら、それに越した事は無い。
言われた額を鞄から取り出し、カウンターの上に置く。
「……よし、ぴったりだ。切符はこれになる。出発はちょうど五日後の正午だ。船の部屋には今からでも入れるし、寝泊りも出来る。先に部屋の確認でもして、荷物はそこにでも置いておくと良い。……当日の乗り遅れだけは、しないように。返金は出来ない」
乗り遅れには気をつけた方が良さそうである。
金だけ失うなど、馬鹿らしいにも程がある。
ちなみに、荷物を置きっぱなしで乗り遅れた場合、その荷物は処分されるらしい。
なおの事気をつけなければ。
切符を受け取ってから、
僕らはバレスティー号へと向かう。
部屋の確認も大事だし、荷物も一度置きたいと言うのがある。
水夫や船着場の人々に話しを聞いて、
バレスティー号がどれかを見つけると、
僕は入り口に立っていた船員に切符を見せた。
「乗船切符を確認します。はい、大丈夫です。えーと、それでは、部屋は315号――おっと、これは良い部屋当てましたね。まだ残ってたんだ……、この階の部屋。ああいや、キャンセル出た部屋かな?」
「えっと……何か良い部屋なんですか?」
「それは行って見てのお楽しみ、と言う事で」
良さげな部屋……なのだろうか?
僕とアティは顔を見合わせる。
まあ、行って見れば分かる事か。
タラップを渡りながら、バレスティー号の全体を見る。
結構大きい船だ。
豪華客船と比べれば小さいけれど、他の船よりは明らかに大きい。
※※※※
――これは良い部屋当てましたね。
船員がそう言った理由が、部屋の中に入って分かった。
部屋の大きさや設備は普通だ。
ツインのベッドがあって、壁側には机と小さな鏡がある。
多少は狭くあるものの、異常なほど狭いと言うワケではない
だから、これをもってして「良い部屋当てた」と言うワケでは無く……。
船員の言葉が指していたのは――、小窓から見える景色だった。
ここは宿泊棟の中でも下の方だったらしく、
窓からは海の中が見えたのだ。
日の光に透き通る水色の景色が、ずうっと続いている。
小さな魚が、窓の向こうをのんびり泳いでいる。
「……綺麗」
アティはこの景色が気に入ったらしい。
窓に張り付くように顔を近づけると、
時を忘れたかのように、じっと眺め続けていた。
船の中をウロウロしようと思ってたけど、
この様子のアティを連れ回すのは、少し気が引ける。
まあ、確かに良い景観である事に違いは無い。
(……一人で回ろう。食い入るように見ているのを邪魔するのも悪いし)
息を一つ吐いて、僕はそおっと部屋から出た。
※※※※
「あら、お兄さん?」
船の中をウロついていると、セシルと出会った。
ヴァレンの姿は見えず、今は彼女一人のようだ。
「どうも」
「この船乗る事にしたんだ?」
「勧められたし、他に良さそうな船も見当たらなかったから」
「うんうん」
妙に嬉しそうだ。
まあ、自分の勧めた言葉を素直に受け取って貰えたら、捻くれてない限り、誰だってこうなるけど。
「お爺さんは?」
「うーん、寝てる」
昼寝しているのか。
天気も良いし、昼寝日和と言えば昼寝日和かな。
「ねえお兄さん。ところで、折角同じ船になったようだし、少し一緒に街見て歩こうよ」
同じ船になったと言う事と、一緒に街を見て歩くと言う事の、どこに繋がりがあるのかが分からない。
しかし、中々にセシルは強引な女だった。
僕の手を引っ張ると、嬉々として街へと繰り出す。
※※※※
セシルは甘い物が好きなようだ。
お菓子をばくばくと食べている。
見てるこっちが胸焼けしてしまいそう……。
「お兄さん食べないの? はい、あーん」
「いや良い……」
食べかけのお菓子をこちらに向けてくるが、
僕は食べる気になれなかった。
アティからならともかく、他の女から「あーん」されてもね……。
「ふーん。勿体ない」
しかしまあ、こんなに食べて、よくもその細い体を維持出来るものである。
剣をやっているようだし、日頃から鍛錬なりをして、動いた分を消費しているって所なんだろうけど。
――と、そんな風に街を歩いていて。
ふと、人気が少なくなった。
少し活気のある場所から離れてしまったらしい。
涼しげな潮風が護岸の上を通る。
「ねえ、お兄さん」
セシルの歩みが、ぴたりと止まった。
「……どうかしたの?」
「馬車の中でさ、お兄さんってヴァレンお爺ちゃんに気に入られてたと思うんだ」
「気に入られてた……のかな? 本人じゃないから、それは僕には分からないよ。ただ、世間話は結構させて貰ったとは思うけど」
「気に入っているから世間話を長くするんだよ。……お爺ちゃんってさ、人当たりは良いんだけど、気に入らない人とは、世間話であってもあまり長く話さない方なんだ。いつも、丁度良い所で切り上げるの。でも、お兄さんと話している時はちょっと違ったかな。だからさ――」
一瞬。
セシルの指先がピクリと動き、
腰に提げた剣の柄に触れたのが見えた。
不意の一閃が来る。
僕は咄嗟に、槍の切っ先を剣筋に合わせて流した。
軽い金属の弾く音が響いて、この一合にセシルが驚いたような顔をする。
「……反応出来なかったら、寸止めするつもりだったんだけど」
「いきなり危ないじゃないか」
「避けるんじゃなくて受け流すって事は、見えたんだね?」
「……さぁ?」
強がって見たものの、今の一閃は結構危なかった。
辛うじて見えたレベルだ。
かつて父親から槍を教わっていた時、父親の速さはこれ以上だった。
その時の経験に救われた結果だ。
ただ、父親が亡くなって以降に鍛錬など積んでいないので、ブランクがある事は否めない。
結局は流すだけで精一杯だった。
弱いなりにでも鍛錬を積んでいれば、一回くらいなら、逆に切っ先を向けるぐらいの事が出来たかも知れないけど……。
ともあれ、セシルはなんでいきなりこんな事を。
「どうしてって顔してるね」
「そりゃそうだよ。いきなり……」
「お爺ちゃんが気に入るって事は、強いのかなって思って」
意味が分からない。
謎の理由で攻撃された僕の身になってくれないだろうか。
「ちょっと試したかっただけだから、もうやらないよ。信じて良いよ」
「本当に……?」
「本当だって」
へへっ、とセシルは屈託なく笑う。
どうにも釈然としない気持ちになるが、ひとまずは矛を収めると言うのだから、信じて見る他にない。
まあ一応警戒だけはしておくけど。
「じゃあ、船戻ろうか」
「別々に戻った方が良いんじゃない?」
「もー! そんな警戒しないでよー! 悪かっ――」
セシルが眉間に皺を寄せる。
それと同時だった。
「――た、助けてぇぇえええ!」
子どもの声が聞こえた。
振り返ると、子どもがゴロツキに担がれているのが見えた。
担がれている子どもは、先日に僕の鞄をひったくろうとした子――マディだった。
今回の話に絡ませるのをヴァレンとセシルのどっちにしようか迷った結果、お爺ちゃんだと恐らく強すぎるので孫娘の方にしました。ヴァレンの活躍はまた別の機会に。




