第024話目―優しく手を出して欲しい、と、優しく手を出さないようにしよう―
前回のあらすじ→ハロルドとアティの泊まる部屋が狭すぎた。
※※※※
大浴場はそこそこの広さだった。
泊まり客が多い事もあってか、それなりに人が居て、話し声も聞こえてくる。
「いやー、ようやく北東大陸だぁ」
「トゥワクールまであとどれぐらい掛かるかね」
「一ヶ月は掛からないさ。……前にトゥワクールに行ったのは十年以上前だが、綺麗な所だった」
「そうなのか? 俺は初めてだから楽しみだ。だが……、船降りてから変な噂を聞いたぞ? 帝国が進軍とか何とかって」
「それなあ。ドンパチでもすんのか? やめてほしいな。戦争でも起きたら入れなくなるじゃねぇか」
トゥワクールに向かう帝国の軍についての会話も聞こえた。
ここにまで話題が及んでいると言う事は、およそ北東大陸全土が知る所になっているのだろう。
横耳に聞いて察するに、キナ臭さと言うものを感じているのも、僕だけでは無いようだ。
(早めに出立が出来て、本当に良かった。……近々、何があるか分からない)
偶然の重なりではある。
ただ、そうだとしても。
揉め事が起きそうな前に大陸を出れるのは僥倖だった。
僕は安堵の息を吐きつつ、適当に体を洗うと、ゆっくりと湯に浸かる。
じんわり。
と、疲れが抜け出していくかのような快楽に、全身の力が抜けた。
それから僕は、部屋に戻った後に、どこで寝るかについて考える事にした。
先ほどの一件で、アティと少し距離は詰めた。
しかし、そのままの勢いで体を重ねるのは、まだの段階だと思っている。
とは言え、ベッドは一つだ。
入り口からベッドまでの道のり、
その隙間に入り込むようにして寝るのは容易い。
けれど、湯に浸かって弛緩していく己の肉体が、予想以上にベッドの心地よさを求めている。
(……考えても見れば、ベッドで一緒に寝るだけなら、別に何も問題は無いじゃないか。手を出さなければ良いだけだ)
僕はしきりに頷く。
ベッドの魅力にはやはり勝てない。
※※※※
すっかりと湯を堪能した後、僕は部屋に戻った。
アティの姿は見えない。
まだ戻って来ていないようだ。
僕はベッドに潜り込むと、アティを待つ事にした。
先に寝てしまえば、問題など何も起きないで済む。
けれど、乗る船について話をする必要もあるので、今は起きていなければならなかった。
まもなくして、ゆっくりと扉が開く音が聞こえた。
アティが来たようだ。
戸締りを忘れる事も無く、がちん、と鍵の掛かる様子も伺える。
「……ハロルド様。もうお休みになられてしまいましたか?」
どこか熱っぽい声音で、アティが僕の傍に近寄ってくる。
少しだけ僕は我慢が出来なくなった。
だから、アティの腕を掴むと、ぐいと胸元に引き寄せる。
「ハ、ハロルド様……?」
「起きてたよ」
「はい……」
アティからは、抵抗しようと言う動きが見られない。
ただ、彼女は僕の奴隷だった。
抵抗したくてもしないようにしているだけ、と言う可能性もあるだろう。
それを考えると、これ以上先を今は求められなかった。
今はまだ、僕に自制が効くと言うのもあるけれど。
「い、いつか来る日だと思っておりました。初めてですので、どうか思い出に残るようにお優しく……。奴隷とは言え、私も女です。だから、初めては優しくが良いのです」
「どの船に乗るか、話し合おう」
「……え?」
西大陸に向かうに当たって、どの船に乗るかの話。
大切な事で、元々はこの話をする為にアティを待っていたのだ。
あと一週間くらいで、船は続々出立していく。
まだ一週間はあるものの、早めに決めて悪い事では無い。
なぜかアティが残念そうな顔をしているけれど、
理由が良く分からないから、気にしない事にした。
「色々と考えたんだけど、僕はバレスティー号が良いと思う」
「え、ええと、確かあのお二方が乗ると言っていた?」
「全体的に普通の船のようだし、当初に考えていた船賃の300万ロブにもっとも近い。安すぎず、高すぎず、ちょうど良い塩梅だと思うんだ」
「……それは、そうですね。一番で無難で問題が無い選択だと思います」
高すぎる船に乗るのは散財に繋がる。
安すぎる船に乗って沈没されても困る。
速度を重視して、荒れ狂う航海をされて体調を崩すのも嫌だ。
となると、無難で普通の船が今回は一番だ。
「それじゃあ、明日にも切符を買いに行こう」
「え、えぇ……。そうですね」
「何か機嫌が悪そうだけど、どうかした?」
アティの機嫌が少しだけ悪い気がした。
先ほど同様、理由は分からない。
アティは、ぷぅと頬を膨らませると、ぷいっと横を向いて寝入り始めた。
……まあ良い。僕も寝よう。
ついでだから、アティを抱きしめながら。
これぐらいは主人である僕の権利内のハズだ。
「っ……こ、ここまでするのなら、最後まで。……せ、せっかく覚悟していたのに」
アティが何かを呟いたけれど、
その時の僕は既に睡眠に入りかけていて、
良く聞こえなかったのだった。
欲望を途中から無理やり意識の外に置く事により、抑え込んでいるものの、段々ハロルドの我慢にも限界が近づいている。




