第020話目―ヴァレン・マイヤーズとセシル・マイヤーズ―
※※※※
馬車が揺れる。
がらごろ、がらごろと、車輪が鳴って。
見慣れた街並みが遠ざかっていく。
そのうちに、すっかりと見えなくなった。
僕は馬車に乗る前に、親方やトゥースに挨拶をするかを迷ったけど、結局はしないままの出発を選んでいた。
いずれ去る事は既に伝えている。
だから、改めて伝える必要も無いだろうと思ったんだ。
今はそれよりも――これから先に向かう所について考えたい、と言うのもあったけど。
「そう言えば、アティは西大陸に居た事があるんだよね? どんな所なの?」
「そうですね……、人と同じくらいに亜人も見かける所です」
亜人。
北東大陸ではあまり見ないから、少し興味はある。
「悪い場所では無いと思います。他民族、他人種が多いがゆえの衝突も多くはありますが、それでも雑多な彩りには魅力が多いです」
衝突は少し怖いけれど、
がやがやしている雰囲気と言うのは、
少し楽しみだ。
「向こうについたら、色々教えてくれると助かるよ」
「はい。もともと私もそのつもりをしていましたし、何の問題もありません」
「悪いね」
「謝られる事では……。ハロルド様に必要とされる事を、私は嬉しく感じていますので」
アティのその言葉に、僕は少し照れてしまう。
それがアティの本音なのか分からない。
でも、少しくらい自惚れても良いんじゃないかと思えた。
だから僕は良い方向に受け取る事にした。
※※※※
街から街へと移り変わっていく。
日が暮れたら宿に止まり、翌日には馬車が再び揺れて進む。
乗客も降りたり乗ったりで、面子が変わって行く。
婦女、青年、中年――格好も年齢もバラバラだ。
そしてある時、少し毛色の変わった二人組みが乗り込んできた。
腰に剣を吊り下げた、初老の男性と赤毛の少女。
祖父と孫だ、と言う事は見てすぐに分かったけど、
その組み合わせでどちらも剣を持っている、と言うのは初めて見た。
初老の男性は、いかにも好々爺と言った感じだが、
歳に見合わぬほど屈強な体躯。
少女の方は、細く繊細な印象を受けるものの、
体幹の整った姿勢が特徴的だ。
爺と孫と言う関係の他に、二人は師弟でもあるのかも知れない。
――等と思っていると、好々爺の視線が僕に向いた。
「……うん?」
何やら意味ありげに自前のヒゲを撫でると、
好々爺はずいっと僕の顔を覗き込んできた。
な、何だ……。
「何じゃお主。どこかで見た事があるような……」
突然そんな事を言われても、僕はこの爺さんの事を知らない。
間違いなく人を間違えている。
「……他人の空似では?」
「ふむ。そう言われて見れば、もしも今生きていたら、確かにこんなに若くはないわな。それにこんなに優しそうな面構えでも無いしのう。……何という名前だったかな、あやつ。とにかく凄いヤツだったのは覚えとる。ワシの息子が手も足も出なんだったくらいだ。お主と同じで槍持ってるヤツだったのう」
好々爺はむにゃむにゃと口を歪ませる。
すると、その頭を孫と思われる少女がスパンと叩いた。
「ちょっとお爺ちゃんっ! いきなり失礼でしょ!」
「そうは言われてものう、ワシもちょっとボケが入っとるかも知れんし」
「えぇ……冗談やめてよ。……自分の名前言える?」
「それぐらいなら言えるわい。ヴァレン・マイヤーズ」
「じゃあ私の名前は?」
「セシル」
好々爺はヴァレンと言う名前で、少女はセシルと言うらしい。
どうにも愉快な爺と孫娘だ。
隣に座っているアティがくすりと笑った。
「じゃあ私のお父さん、お爺ちゃんからすれば息子の名前は?」
「グルゴーじゃな」
好々爺ことヴァレンの息子は、グルゴーと言う名のようだ。
しかし、
(……ん? グルゴー?)
どこかで聞いた事があるような名前である。
ただ、どこで聞いたのか、それが思い出せなかった。
勘違いかも知れない。
「大丈夫そうね、ボケてないわ。……それより、ボケてないなら謝らないと! ごめんなさいね、突然……」
「すまんのう、若人よ」
孫娘に怒られて、ヴァレンが僕に謝ってきた。
この好々爺さん孫娘には弱いらしい。
気にしていないので、と僕は伝えた。
すると「感謝する」とだけ言って、二人は向かいの席に座る。
「いつまで持つかのう、ワシの頭」
「あと十年は持つでしょう」
「……十年はともかく、西大陸行くまでは大丈夫じゃろうな」
――西大陸。
その言葉を聞いて、思わず僕はアティと顔を見合わせた。
行き先同じなのか……。
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