第019話目―まだ一ヶ月も経ってない―
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二日後。
僕は、一人で振込みの確認をしに行く事にした。
アティを連れて来なかったのは、たまには休んで貰おうと思ったからだ。
本当であれば、お金を渡して自由にする時間でも作ってあげたい。
でも、それは北東大陸に居る間は叶わなさそうだった。
もしもダークエルフだとバレたら、と言う懸念がある。
まもなくこの大陸を出るから、多少であれば気にする必要も無いのかも知れない。
けれど、立つ鳥後を濁さずと言う言葉もあるし。
可能性の芽は潰して行こう。
お昼前には労働金庫に到着した。
残高を確認して見ると、言われた通りに、0から1300万ロブに増えている。
未だに信じられない額ではあるものの、これは紛う事無き現実だった。
いつまでも驚いても居られない。
(……まあ、ともかく。これで大陸を出る事が出来る)
僕は預金の全額を引き下ろすと共に、口座の解約も行う事にした。
この地に戻ってくる気は無い。
だから、預金も口座も残す必要は無いのだ。
下ろしたお金を鞄に詰めると、ぱんぱんになった。
折角だから、アティへのお土産でも買って行こう。
あとついでに僕の新しい槍も。
※※※※
槍は再び安価品を買った。
ある程度の値の物も買えなくは無いけど、
そこまで惹かれるような性能の槍が見当たらなかった。
奥の手を使ったら、どうせ溶けて壊れてしまう。
最低限、あの技を使っても壊れない性能で無ければ、考慮にすら値しない。
だからまだ安物で良い。
アティへのお土産に関しては、お菓子を買う事にした。
化粧品とかも考えたけど、色々好みもあると思って今回はパスした。
食べ物なら、苦手なものだったとしても、まだ僕が食べて消費出来る。
でも、化粧品の類はさすがに自分では使えない。
リサーチしてからでないと危険度が高い。
荷物が増えるだけだ。
ちなみに、装飾品の類を贈ろうかとも思ったけど……、これはいつか自分で作る事にした。
銀細工ならお手のもの。
好みを知った上で、時間がある時に作れば良い。
(……この大陸を出るまでは、アティには随分と不自由をさせてしまう)
だから、ある程度は気が紛れるようにしてあげたかった。
僕の気持ちの押し付けかも知れないけど。
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「宜しいんですか……?」
差し出されたお菓子を前にして、
アティがぱちぱちと瞬きを繰り返した。
僕は頷く。
「うん。大丈夫だよ」
僕が買ってきたのは、桃スイーツタルト。
あまり癖のない流行りの味だから食べやすい、なんて店員は言っていたけど……。
「あ、ありがとうございます。それでは頂きます……」
アティは遠慮がちにしながらも、ぱくり、と食べる。
すると――美味しい、と一言漏らした。
良かった。
店員の言葉を信じて無かったワケじゃないけど、
やっぱり好き嫌いは人それぞれだからね。
「全部食べて良いよ」
「ほ、本当に宜しいんですか……?」
アティに食べて貰う為に買ってきたお菓子だから、
宜しいに決まっている。
「うん」
「……そ、それでは残りも」
残りのタルトを、アティは少しずつ頬張り始める。
嬉しそうな顔だった。
それを見ると僕も少し嬉しくなる。
さて、喜んで貰えた所で。
今後の予定でも話すとしよう。
「食べながらで良いから聞いて」
「ふぁい」
「――お金が出来たから、明日には港街に向かって出発しようと思う」
僕はそれから、ぽつりぽつりと今後の予定を話した。
――港町に向けた定期馬車が、ほぼ毎日出ているから、それに乗る事。
――南大陸に直通で行ける船もあるし、それに乗るお金もあるけれど、安全第一を変えるつもりは無いから、西大陸経由で向かう事。
等々である。
こくりと頷くと、「わかりました」とアティは言ってくれた。
翌日。
僕たちは旅支度を終えると、
さっそく、定期馬車の所まで向かった。
小屋の中に置いていた道具は、そのままにしておいた。
誰かが使ってくれる事を祈ろう。
街までの道すがら、途中で少しだけ寄り道をする。
寄ったのは、燃え尽きた僕の家があった所だ。
地面が焦げた後が今でも残っていて、
あれからそんなに日が経っていないのだ、と言う事をふと思い出す。
家が全焼。
当たり前だけど、酷く落ち込む出来事ではあった。
でも、不思議と今はそうでも無い。
「……ここが」
アティがぽつりと言葉を零した。
事情は以前に説明をしていたから、
ここに元々僕の新築の家があった事は知っている。
アティはなんとも言えない表情をしていた。
言葉が出てこない、とでも言えば良いのか。
ここは僕から先に言葉を出そうか。
「家が燃えてさ、最初はとても気落ちしたけど……、今はそうでも無いよ」
「……え?」
「思えば、これがあったからアティと出会えた。そう考えると悪い事でも無かったなと、今ならそう思えるよ」
これは本音だ。
もしも家が全焼しなかったら、
僕はあの日、普通に仕事に行って、奴隷競売なんて覗かなかった。
アティと出会う事も無かったのだ。
「……」
僕の言葉を聞いて、アティは急に口を閉じる。
それから、ぷいっと顔を横に向けた。
良く分からないけれど、その行動に可愛らしさを感じた。
まあ、時間はこれから沢山ある。
心と体を許して貰えるチャンスは、これから先にいくらでもあるハズだ。
それを逃さないようにして行こう。
それから。
太陽が丁度真上に昇る頃。
僕らは定期馬車の寄り合い所に到着した。




