第017話目―穿たれしは国溶けの槍―
やりすぎな威力になってしまったかも知れないです。槍だけに。
※※※※
――助けてくれ。
男は、何度も僕らに向かってそう言って来た。
気が動転しているのか、僕らが誰なのか気づいては居ないようだった。
「頼むよぉ……」
うな垂れるようにして、男は地に膝をつく。
気持ちは分からないでも無かった。
ここは浅層とは言え、それなりに奥の方である。
今から入り口まで戻って救助を呼んでも、時間的に手遅れになる可能性が非常に高い。
穴ぐらに隠れる、なんて選択をしているのだから、地竜を相手に出来る人物がいないのは明白だろう。
もはや事は一刻を争う状況と言える。
……けれど。
この男の気持ちが分かっても。
僕としては正直どうでも良かった。
変な絡み方をしておいて、その相手に助けて貰おうなんて虫が良すぎないだろうか。
アティの方をちらと見ると、僕と同じ心境のようで、睨み付けるような視線を男に送っている。
「……悪いんだけど」
僕は男の肩を叩こうとして――
「お願いだ……。仲間の中には、子どもがあるヤツもいるんだ! あいつが死んだら、親のあいつが死んだら……」
――その手が止まった。
迷宮、死、子ども、親。
僕は自身の内側に、何かチリチリと火種が燻り始めるのを感じた。
頭の奥で、心の底で、それは小さく火を点す。
そして、一瞬のうちに膨れ上がった。
気づけば聞いていた。
「――どこにいるの?」
どうでも良い他人の事情。
それも難癖をつけて絡んできた他人の事情。
けれども、この男の口から出てきた単語の組み合わせが、僕にとっての琴線足りえた。
「た、助けてくれるのか……?」
「どこに居るのって聞いているんだけど」
「すまねぇ……、あっちだ」
頭を垂れた男が指を指す。
僕はその方向をジッと見つめ、
「ハ、ハロルド様?」
「子どもを待たせているヤツが一人居るらしい。正直すごいムカついた連中だけど、そうだとあれば行かないワケには行かない。……奥の手を使うから、倒れた後の僕の事をお願い」
「奥の手って一体――ま、待って下さい!」
戸惑うアティをそのままに、駆け出した。
※※※※
走り出して少し経つと、地竜の姿が見えて来た。
少し開けた場所で体を伏して、ある一箇所をジィっと眺めている。
見ている先は、穴だった。
穴ぐらのような所を見つめているのだ。
あの穴に、残り四人が身を潜めているに違い無い。
そして、地竜はそれが出てくるのを待っているのだろう。
(あれだけの魔物だ。穴倉に篭られたぐらいで、手立てもなく待ちぼうけしているハズがない。引きずり出そうと思えば、簡単に引きずり出せるんだろう。……ただ、多分それでは面白くないんだ)
強者特有の油断、慢心、驕り。
地竜はまさにそれを体現していた。
しかし、それは今の僕にとっては好都合だった。
あいつは僕に気づいていない。
それは大きな隙なのだから。
疾走を止めると、僕は投槍の構えを取った。
体中の全神経と筋肉を引き締め、この世界とは別の次元から力を取り入れ始める。
魔術で使う魔力とも違う力だと、この技を教えてくれた父親は言っていた。
今から僕が放つこの技は非常に強力だ。
強力すぎて僕への反動も大きい。
体中の肉が裂けているかのような感覚がして、脳みその中が蕩けてしまいそうな程にまどろみ、眼球が血走るのが分かる。
僕はこの力――次力を短槍に無理やり押し込める。
短槍が熱を帯びると、穂先や柄が溶け始め、ぽたり、と液体になったそれが地に落ちる。
「――【穿たれしは国溶けの槍】!」
放たれた槍は、周囲の壁や天井所か空間さえも溶かしながら、黒紫の稲妻となって突き進む。
「ギャッ……」
敏感にも、地竜は【穿たれしは国溶けの槍】に気づく。
しかし、見て気づいた瞬間に避けられる類の技では無い。
僕が放てた時点で手遅れなのだ。
「……ァ」
勝負はあっけなく、始まる前に終わりが告げられていた。
僕の放った【穿たれしは国溶けの槍】は、地竜は体のド真ん中に大穴を空け、そして、その向こう側の壁にも果てない風穴を刻んでいる。
紛うことも無い僕の勝利である。
ただ――これを使った代償は大きい。
たらり、と耳と鼻の穴から血が流れる。
眼の奥からは血涙が溢れ出す。
体中の臓器が痙攣を起こし、手足は凍りついたように動かない。
僕はそのまま倒れこむと……気を失った。
※※※※
やわらかい感触が頬に当たっている。
その事に気づいて、僕は気を取り戻した。
瞼を開けて一番に目に映ったのは、アティの顔。
どうやら僕は、アティに膝まくらをされていたようだ。
「ハロルド様……、お目覚めになられましたか? 一体何事かと後を追いかけて見れば……」
今にも泣きそうな顔すると、アティが僕をそっと抱きしめた。
太ももとは違う柔らかい感触が当たる。
思わず変な事を考えそうになるが、何とか抑えた。
僕はゆっくりと起き上がると、自分の体の調子を確かめる。
特に酷い後遺症のようなものは見受けらず、なんとか大丈夫だったようだ。
……しかしまあ、無事であったから良いものの、随分と勝手な行動を取ってしまった。
酷く心配を掛けさせたのは間違い無い。
仮に琴線に触れたとしても、これから先は一旦落ち着いて考えるようにしよう。
「……次からは気をつけるよ。いきなりは飛び出さない。ところで、あの人たちは大丈夫だった?」
僕は彼らの安否を尋ねる。
すると、大丈夫だったようだ。
アティがゆっくりと頷き、物陰から五人の男が現れた。
「……良く見たら、あの時の兄ちゃんだったのか。助かった」
「あの時は変に絡むような事して、本当にすまねぇ。感謝するよ」
男たちは口々に僕への感謝を述べる。
今になって僕だと気づいた事には触れないでおこう。
僕が大きく息を吐くと、五人組の中の一人が僕に近づいてきた。
泣き腫らす顔で、腕で涙を拭っている男である。
「ありがとうぉ。お、俺、もう子どもに会えねぇんじゃねぇかって、そう思って、ああこれもう死んだって思ってよぉ」
「……危ない仕事は辞めて、普通の仕事についたら良いんじゃないの」
「そうする。……そうするよ」
ぐずり、と泣きながら。
男はずずずーっと鼻水を啜った。
まあ、何とかなったのなら、それで今回は終わりで良いか。
僕は思考を切り替える事にすると、転がっていた地竜を見た。
折角倒したんだし、売れそうな所を持っていく事にしよう。
倒れたら膝まくらです。
※.
金曜日の夜から今に至るまでの間、ずっと日間一位でいられてビックリしました。皆様のお陰です。ありがとうございます。本当に嬉しかったです。