第016話目―深層の魔物―
前回のあらすじ→船に乗るだけで300万掛かる……。
※、本日二話目の投稿です。宣言を守りました。
※※※※
ナポーレ商会との一件から、一週間が経過した。
(目標金額は分かったんだ。後はお金を貯めるだけだ……)
僕とアティの二人は、この一週間のあいだ迷宮に入り続けていた。
浅層をメインに、毎日ずっとだ。
アティが狙撃で魔物を倒し、僕が素材を回収すると言う最初の頃のやり方のままで。
ここ一週間の稼ぎは、およそ17万ロブになった。
そこから生活費等を差し引いて、大体12万ロブが儲けとして手元に残っている。
もともと使っていなかった分とあわせると、60万弱くらいが全財産だ。
(……うーん。どうにも不安なペースだ)
一週間で12万ロブと言う事は、一ヶ月でおよそ50万ロブの稼ぎだ。
これだと、残り450万を貯めるのに9ヶ月――半年以上の時間が掛かる事になる。
そこまでのんびりは出来ない。
なるべく早めに出立したい理由が二つほどあるのだ。
第一に、アティにとって北東大陸は居辛いと言う事。
第二に、以前に帝国兵が東に進軍したと言う事。
これら二つだ。
僕はこのことについて、何とも言えない不穏な気持ちになっていた。
中層に入る事を考えた方が良いかも知れない。
そういう頃合が来ている気がしている。
もちろん、安全第一という方向性は変えない。
それを厳守するつもりであるからこそ、迷宮に慣れる為にこの一週間を使っていた。
短い一週間と言う間ではあるが、道具も増やした。
多少は素材等を回収しやすいように背嚢を購入して、他にも細々とした携帯用品なんかを手に入れた。
アティにはだいぶ頼る事になるけれど、それは多少許して欲しい所だ。
「――そろそろ、中層に行って見たいんだ。大丈夫かな」
今日の迷宮探索を終えて小屋に戻ったタイミングで、僕はアティに訊いて見る。
アティは何の躊躇いも無く頷いた。
「大丈夫だと思いますよ。以前にお伝えした通りに、ある程度の事態までなら私が対処も出来ますし」
心強い言葉だった。
この言葉を聞いて、僕は中層入りを決断する事にした。
僕はこのとき思いもしなかった。
まさか、自らの奥の手を使う事になるなんて……。
※※※※
準備を万端に終えた僕らは、迷宮の中に入ると奥へ奥へと進んだ。
中層がどこから始まるのか、それはまだ分からない。
ただ、アティ曰く明確に分かるそうだ。
階段や穴道の類を降りて下へと近づくと、迷宮はある階でふと雰囲気が変わるらしい。
それは誰の肌にも明らかに感じ取れる程のものだと言う。
それを持って中層、下層、深層と呼び慣わすそうで。
(雰囲気か。なんともふうわりした言い方だね……)
まあ、いくら悩んだ所でどうしようも無い。
実際に行って見なければ分からない感覚なのだろう。
迷宮の中を歩き始めて、しばらく経った。
僕らはその間、ただの一度も魔物と遭遇をしなかった。
アティの軽やかな足取りから察するに、どうやらあえて避けているようだ。
目と耳が良いアティにだからこそ出来る事だろう。
それから幾つか階を下った時の事。
ピタリとアティの足が止まった。
「どうかした?」
「嫌な感じです……」
「雰囲気がって事? もしかして、ここはもう中層?」
「違います。そうではなくて、何かが近づいて来ます」
僕には何も分からない。
けれど、アティが横道の陰に隠れるように言うので、それに倣った。
すると徐々に。
それは徐々にだった。
ぴりぴりとした振動が迷宮内に響き出し、やがて地鳴りのように大きくなり――
「ギャァァァァンッ! ア゛ア゛ア゛ァンッ!」
――迷宮の通路の幅いっぱいの巨体が、薄気味の悪い奇声と共に、ガリゴリと壁を擦って削りながら走り去って行った。
辺りが静かになってから、僕はぽつりと呟いた。
一体あれはと。
「……深層の魔物です。恐らく地竜の類かと」
アティが補足をくれた。
どうやら、あれが深層の魔物らしい。
それも地”竜”と来たものだ。
(なんて事だ……)
衛兵から聞いてはいた。
深層の魔物が出る可能性を。
だから、僕もある程度は覚悟をしていたつもりではあった。
でも、少し甘く見ていた。
あれは簡単にどうこう出来るものではない。
「……申し訳ありません。あれは、普通の銃では傷ひとつ付ける事が出来ません。かなり硬いです」
アティの顔が随分と渋くなった。
眉間に皺が寄っている。
どうやら、相手が悪かったらしい。
いわゆる逃げが推奨される魔物との事だった。
「……帰ろう。中層には行きたいけど、本当にあんなのが居たんじゃ駄目だ」
僕はあっさりと退陣を決意する。
ああいう脅威が現れた以上、このまま進むのはただの愚行でしか無いからだ。
正直――奥の手を使おうかとも僕は少し思った。
そうすれば、次回からの探索が気軽になるからだ。
けれど、それを使うと僕は満身創痍になる。
意識も手放すだろう。
迷宮の中でそんな状態になるのは、どうにも気が引けた。
僕たちは何とも言えない顔になりつつ、帰り支度を始める。
その時だった。
今度は地竜の奇声ではなく、人の声がした。
――たっ、助けてくれええええ!
何があったのかと瞬きをしていると、
息を切らした男がこちらを向いて言った。
「深層の魔物だ! 深層の魔物が出た! た、助けてくれ誰でも良い! 仲間が四人! 今は穴ぐらに隠れてやり過ごしてるんだが、見つかっちまって! 俺は偵察に出てて! 戻ったらそんな事になっててよ! あの魔物、仲間が穴ぐらから出てくるのをジッと待ってやがんだ! 頼むよ――」
ふと男と目が合った。
僕は何だか、この男を見た事があるような気がして――思い出した。
僕とアティが迷宮に初めて入ったあの日。
入り口で難癖をつけようとしてきた五人組の中の一人だ。
そろそろハロルドの技が出るかな……。