第015話目―旅の初期費用―
前回のあらすじ→アティを抱きしめた。
※、昨夜、日間ランキング一位になりました。びっくりしました。皆さまのおかげです。本当にありがとうございます。
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ナポーレ商会、と言う所がある。
迷宮から出た素材や財宝、それらを取り扱う商会だ。
彼らは迷宮産のものを取り扱い、個人や団体等を問わずに卸している。
僕はこのナポーレ商会の事を知っていた。
親方の所で銀細工の仕事をしていた時、たまに関わる事があったからである。
迷宮産の銀を親方が必要にした時や、逆に商会の方から銀細工の作成依頼があった時に、たまに顔を合わせることがあったのだ。
迷宮からの帰路に着きながら、僕はこのナポーレ商会に寄る事にしていた。迷宮の中で手に入れた毛皮を売る為である。
「アティ、帽子をもうちょっと深く被ろう」
「はい」
迷宮に関わる仕事をしている為か、商会はいつも人が多い。なので、連れて来たアティには帽子を深く被るように伝えた。
アティがダークエルフだと言う事は、少なくともこの大陸にいる間は隠し通すつもりだ。
「――おや、ハロルドさん」
商会に入ってすぐ。
買取所を探そうとした僕に、声をかけてくる男がいた。
僕も見知っている人物で、親方の工房に作成依頼なんかの交渉役で良く来ていた――トゥースと言う名前の男である。
職務上、結構頻繁に外に出ているイメージがある人なんだけれど、今日は偶然にも商会内に居たらしい。
丁度良かった。
迷宮で獲った毛皮を売りたい、と言う用件を僕は手短に伝える。
「なるほど……それは別に構いませんし、折角なので今回は私が査定しましょう。それぐらいは都合つけれますので。しかし、迷宮探索者に鞍替えですか? これまたどうして」
「色々とありまして。南大陸に行く為のお金が必要になったんですよ」
「何か訳アリのようですねぇ。であれば深くは聞きません。……買取所はこちらです」
トゥースは買取所まで案内をしてくれると、宣言通りに自らで査定を始めてくれた。見知った顔だと、お互いあまり気負わずに済むから楽である。
さて……毛皮は8枚。
これは、あの迷宮にのみ存在する魔物の毛皮らしい。
買取価格は1枚あたり1500ロブであり、どうやら、合計で1万2000ロブが今回の収益のようだ。
ところで、8枚と言うと少なそうに聞こえる。
けれど、実際はそんな事も無い。
かさばる類のものなので、人の手で抱えたりして運ぶ量で言えば普通に多い。
もっと沢山持ち運べるように、便利な道具の一つでもあれば良いんだけどね。
そう言えば昔、何かそんな道具の話を聞いた事があった気がする。ただ、その手の道具とは今まで縁が無かったから、思い出せない。実生活や生計と無関係な事って、あんまり覚えなかったから……。
「買取価格には少し色つけてますよ。本来の相場は1400ロブなので、一枚あたり100ロブ上乗せしてます」
どうやら、色をつけてくれたらしい。
ありがとうございます、と僕は素直に礼を言った。
「いえいえ。……まあでも、下手になめさず持って来てくれて助かりますよ。素人なめしで出されるとこっちも困りますので」
「なめし方を知らないから、下手に手をつけなかっただけですよ」
元銀細工職人の僕が、皮のなめし方なんて知ってるわけがない。
まあその、手探りでなめして見ようかなって、一瞬は考えたりはしたけど……アティがくれたアドバイスで、思いとどまった。
――この手のものは、売るならこのままの方が喜ばれますよ。
――革職人並に綺麗に出来るのであれば別ですが、そうで無ければ無理にやる必要はありません。逆に価値を落とす場合もあります。
――粗雑にでもやった方が良い時もありますけど、それは腐るであろう時です。持って行くまで時間が掛かりそうとか、あるいは気温や湿気が酷いような状況の時です。
と、言われたのだ。
アティ自身は多少なめしが出来たようだけれど、さすがに職人レベルとまでは行かないらしく、今回はこのまま納品が良いとの事だった。
「はははっ。ハロルドさんのそういう正直な所、嫌いではありませんよ」
トゥースは屈託なく笑う。
そこに嫌味っぽさが無いから、特に不快にもならない。
「では、お代はこちらになります」
1万2000ロブがきちんとある事を確認しつつ、僕はそれを受け取る。
そしてお金をしまいつつ……、ふと思った。
様子見の割りには稼げた感がある金額だ、と。
親方の所で貰えてた日当が7000ロブくらいなので、実に、それの二倍近い額になる。
アティの腕が良い事もあってか、減らした銃弾も毛皮と同数の8発だけだったし、これは結構割りが良い。
粘って頑張れば、浅層でも一日あたり3万ロブくらい稼げそうである。
アティが言う安全圏の最前線、つまり中層にも行くのであれば、当然それ以上の稼ぎも見えてくるだろう。
これは、想像よりも早くに旅費が溜まるかもだ。
そう南大陸までの旅費……あれ……そういえば、どれぐらい掛かるのだろう?
ついでだし、トゥースに訊いて見ようか。
「ところで、一つ聞きたい事があるのですが」
「何ですか」
「南大陸まで行くのに、どれぐらいお金が掛かるか分かりますか?」
ナポーレ商会は確か、別大陸の商会とも繋がりがある。
この手の事には詳しいだろう。
参考程度に話を伺っておいて損は無い。
ちなみに……。
トゥースは僕との会話中に、やたらアティを気にかけてチラチラ見ていた。
首輪は見えているから、奴隷だと言う事くらいは察しただろうけど、それでも何か気になるらしい。
しかし、アティに関しては教える義理も無いので、あまり気にしないようにと釘を刺しておいた。
※※※※
西大陸に渡るなら二人で300万ロブ。
南大陸に直接行くのなら二人で1000万ロブ。
客船ならば、船賃だけで現状はこれぐらい掛かる。
南大陸直行便が妙に高いのは、北東大陸から南大陸に掛けて昔から存在している海底迷宮があり、そこから水生の魔物が溢れて跋扈しているから。
だから、時間は掛かるものの、金銭的にも安全的にも西大陸経由が一番問題が少ない。
生活費に関しては、その土地や国の現状によるから一概には言えず。ただ、おおよそは分かる。
途中でお金を稼ぐ事も考慮したとして、諸々で必要になる初期費用は――上記の船賃に200万くらい足した金額があれば十分と見る。
――以上。これがトゥースの見解だった。
僕はその話を聞いて、迷うことなく西大陸経由にする事を決めた。わざわざ急ぐ理由も無いのだから、安全第一で行きたい。
初期費用がおよそ500万。大体の目標金額が分かった。