第014話目―見せたくなかったんだ―
※※※※
呪いの短剣、と、僕はボソりと呟く。
お宝があったこと自体は喜ばしい。
但しそれは――呪い付き。
僕には判断も真贋もつかない代物である。
「……アティの意見を聞きたい。僕は知っての通り迷宮の事には詳しくない。こういった物に見識があるわけでもない。呪いの武器の事は分からないんだ」
「……もしも面倒な欠点しか無いような呪いだった場合、使うに使えない上に売るにも売れません。強力なメリットも付帯するような呪いであれば、高値がつく事もありますし、自分で使うという選択肢もありますね」
「どういう呪いか判別する方法ってある?」
「期待に応えたい所なのですが……、こればかりは私にも無理です。この手のものに判別をつけようとするならば、魔術と言うより呪術を扱う類の方を連れて来るか、あるいは特殊な道具を使うかの二つです。……直接呪いを受けて確かめる方法もありますけど」
直接?
さすがに、そこまでして詳細を知りたくはない。
浅層でのお宝だから、あまり強力な呪いでは無いと思うけど、万が一が怖い。
「そこまでして確かめる理由は僕には無いかな。今回は手をつけないで置こう」
「そうですね。手をつけない方が賢明かな、と」
お金になりそうなものが欲しいのは山々。
でも、なるべく危険な行動は避けたい。
極力気をつけるとお互いに確認しあったばかりなのだから。
「こういうのは、呪いの判別がつく道具を手に入れてからにしようか。……ところで、高いのかな? その手の道具って」
「結構高いですよ。家一軒買えるくらいします」
家一軒と言えば、僕の従来の十年分の稼ぎに相当する。
道具ひとつに十年分……。
家が燃えて人生が終わった気になった僕からすれば、ただただ恐ろしい。
買える日は来ないのでは無いだろうか。
「安定的に下層で稼げるなら、一ヶ月もあれば稼げる額ではあります。運が良ければ、一回の探索でそれぐらい稼げる事もあります」
それは凄い……。
ただ、そこまで行くとなると。
準備やらにもお金が相応には掛かりそうにも思える。
アティの銃を買う時に見た魔弓の値段も凄かった。
下に行くほど魔物も強くなるのだから、ああいうのも必要になってくるだろう。
出て行くお金も凄い事になりそうだ。
余裕が無いうちは考えなくて良いか。
「無理せず、安全に稼げる所で稼ごう。もともと目的はあくまで旅費だしね」
「――はい」
アティが薄く笑む。
何か穏やかな表情にも見えた。
やはり女の子だ。
いくら迷宮歴があるとは言え、装備も調っていない状態で、危険な所に行きたいワケが無いのだ。
僕も行かせるつもりはない。
少なくとも、現状の装備のままでは。
※※※※
迷宮から出てすぐの事だった。
まだ外は明るい。
けれど、いくらか日が傾き始めている。
その頃だった。
道の先で人だかりが出来ていた。
(何かあったのかな?)
そう思って近づいて見ると、人だかりの中心に居たのは、鎧姿の大男と――エルフだった。
見覚えのある組み合わせだ。
確か奴隷競売の時の……。
「あいつ、確か伯爵家の三男坊だったよなァ?」
「迷宮探索ごっこしてるって噂は聞いてたけど、本当だったのか」
「ってかエルフ」
周りの会話が聞こえてくる。
どうやら鎧姿の大男は、
貴族の子弟であり、
なおかつ迷宮探索者でもあったようだ。
迷宮探索ごっこ、と言う揶揄から、実力はお察しのようだけど……。
「このエルフは俺の奴隷だ! どうだ! 素晴らしかろう!」
鎧姿の大男は、エルフを衆目に晒して自慢していたようだ。
自らが主人だと誇示する為か、
奴隷商から譲られた隷属の首輪の他に、
鎖付きの首輪もつけている。
「誰がお前の主人だ?」
「……あっ、あなた様、ですっ」
「ほうら、聞いたか!」
「いたっ……」
無理やり鎖を引っ張られて、
エルフは随分と痛々しい表情をしていた。
なんて酷い……。
服や装備は高そうなものを与えているようだけれど、
だからと言ってこれは……。
あんな事をしていたら、いつか復讐され――いや、それは隷属の首輪が許さない、か。
「魔術も使え、この美貌! 迷宮探索で使えるだけで無く、夜も随分と楽しませてくれるのだ! 貴様らでは味わえぬ、エルフの肢体! 折角だ、聞かせてやろう――!」
鎧姿の大男は、赤裸々に情事について語りだす。
周りの人間――主に男性が、食い入るようにその話を聞きはじめた。
羨ましがる者、妬ましい視線を送る者、さまざま居る。
ただ、それだけ色々な反応を人々は見せたと言うのに、俯きながら涙を滲ませるエルフに、同情する者は誰一人として居なかった。
「人が多すぎて、良く見えないのですが」
爪先立ちになって、アティが人ごみの先を見ようとした。
その時。
僕はこれを見せてはいけない気がして、
そのままアティを抱きしめた。
「ハ、ハロルド様? あ、あのっ」
「見なくて良いよ。……行こう」
アティは目だけでは無く、耳も良い。
人ごみのせいで視界は悪いかも知れない。
でも、鎧姿の大男の声はきちんと聞こえていただろう。
薄々どういう状況なのかは察しているハズだ。
エルフとダークエルフは仲が悪い。
それは聞いた。
だから、別にエルフがどうなろうと、知った事では無いかも知れない。
でも、僕はアティにこの様子を見せたく無いと思った。
分からない。
理由なんて分からない。
ただ、見せたく無かったんだ。