第012話目―奴隷になった理由―
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アティが狙撃銃の引き金を引いた。タン、と僅かばかりの発砲音がする。
「命中しました。一体殺りました」
アティが満足げに頷くものの、僕には何も見えなかった。アティの指し示す場所が遠すぎたからだ。
この道は200メートルぐらい先まで真っ直ぐで、その先に魔物がいたという。しかし、迷宮光があるとは言え迷宮の中は薄暗く、僕みたいな普通の人に見えるわけが無かった。
「確認しに行こう」
「はい」
しばらく歩く。
すると、脳天を撃ち抜かれて絶命している魔物がいた。
体長1メートルくらいの、大きなモグラみたいな魔物である。
本当に居た。
「一撃だね」
「まだ浅層の魔物ですし、これぐらいは容易です。それに、もともと目と耳は良い方なんです」
実力がありそうと言うのは分かっていたけれど、これは思ってた以上である。
ある程度の視界が悪い場所でもこの腕。
一発で三羽は鳥を撃ち落せる、と言う台詞は伊達じゃなさそうだ。
以前迷宮に潜っていた時、結構深くまで潜っていたのではないだろうか。
「もしかして結構深くまで潜れたりする?」
「……下層の中腹くらいまでなら潜った事がありますけれど、私だけの場合そこまでは無理です。迷宮の特徴にも寄りますが、……ここの迷宮ならば、比較的難しく無さそうな雰囲気なので、恐らく中層ぐらいまでなら安全に稼げます」
アティのこの腕を持ってしても中層までのようだ。
弓や銃が得手と言うのがネックなのかも知れない。
矢とか弾の数にも限りがある。
「そうです。それが厄介です。帰る時の分も残さないといけないですし。後、厄介な能力を持ってるような魔物も多くなって来ますので」
「厄介な魔物……ね。そういえば、深層の魔物が出るかもって話だったけど、出た場合倒せる?」
念のために訊いておく。
アティの腕はもう完全に認めたけど、安全第一に変わりはない。
もしも出会った場合に、どこまで出来るのか、と言う事を知るのは大切だ。
「銃弾が通る部位に弱点があり、なおかつこちらから奇襲が出来る、と言う状況であれば殺れます。標的以外の魔物が深層の魔物で無い分、逆にやりやすいです。邪魔されずに狙い撃てますから。過去に浅層に昇ってきた深層の魔物を殺った事があります」
た、頼もしい……。
「深層や下層が危ないのは、魔物単体の強さだけでなく、生態系も含めた総合的なものです。もちろん個体も強力なので侮る事は出来ませんけど……」
一体二体なら条件つきで倒せるけど、条件に該当しない魔物なら逃げる、って感じかな。
「そうなります」
凄い淡々と言ってるけど、これはアティの実力あってこそだ。
そこらの探索者だと、深層の魔物だと気づいたら既に手遅れとかになってそう。
……ところで、下層の中腹までなら行った事があるけど、自分だけではそこまでは無理って、過去に仲間とか居た事あるのかな?
「西大陸に女性だけで出来た迷宮探索パーティーがあったんです。過去にそこに入ってました。ただ、色々とありまして……、その、何と言いますか」
アティの顔が曇る。
何か聞いてはいけない事を聞いてしまった感がある。
「無理に聞かないから、言いたくないなら言わなくても大丈夫だよ」
「……お優しいですね。でも、折角の機会なので、ハロルド様にはお伝えしておこうかと思います」
話してくれるらしい。
南大陸に行きたいって言った時は理由を話してくれなかったから、てっきり自分自身の過去を話したがらないタイプなのかな、と思ってたけど。
僕に対しての警戒心が薄れているのかな。
抱ける日も近いかも知れない。
「簡潔に経過だけお教えしますと、リーダーの女性がとある男性に惚れて入れ込んでしまいまして、貢いでいました。結構稼ぐパーティーだったのですが、それだけでは足りなかったようで……、ある日私は睡眠剤を仕込まれ、起きたら奴隷商に売り飛ばされまして」
「……え゛?」
「ダークエルフで処女だと高く売れる、と言う話をどこかから聞いたようで」
どうしようか。
まさかこの話が奴隷になった経緯に繋がるとは思っていなかった。
「そんな事が……、大変だったね。そのリーダーの女性、酷すぎる」
「まあ、本気で惚れてしまったんだな、とは思いますけど」
苦笑いしつつ、アティの雰囲気はどこか柔らかい。
そんな酷い目にあって、どうしてそうも穏やかでいられるのだろうか。
良く分からない。
「結果的にハロルド様のような良いお方の奴隷になれましたし。……もしも酷い人に買われていたら、呪い殺す勢いで恨んでたと思いますけど」
ちょっと心にぐっと来てしまった。
アティを手に入れてから日も経ってない。
そこまで良いご主人様をした覚えもない。
なのにそういう言葉が出てくるなんて……、何だか涙が出てきそうになる。
僕は一度話しを切り上げると、
絶命しているモグラの魔物の毛皮を剥ぎ始める事にした。
ナイフを取り出し、せっせと刃を入れていく。
浅層の魔物だし、あまりお金にならないかも知れない。
放っておいても迷宮が吸収してくれるらしく、金にならないと思うならそのままでも良いとも言う。
でも塵も積もればと言うし、小銭くらいにはなってくれるだろう。
お金はあるだけあった方が良い。
「……それに、私も今ならリーダーの気持ちや言葉が分かります。もしもこのまま本気でハロルド様に惚れてしまったら、私も同じように何でもしてしまうかも知れません」
アティが何か呟いてるけど、良く聞こえなかった。
自分の表情を見られない事に一生懸命だったから。
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泣きそうな顔が落ち着いてから、しばらく迷宮を探索した。
今のところ、危機も僕の出番もなに一つとしてない。
アティの狙撃が優秀過ぎたのである。
僕はもっぱら魔物の素材剥ぎ係りと化している。
モグラの魔物ばっかり出てくるので、毛皮が凄い量になっている。
今日は様子見のつもりだったし、そろそろ帰った方が良いかも知れない。
もちろん、浅層からの帰路とは言え油断は禁物だ。
気をつけて行こう。
「――ハロルド様」
ぴたり、と歩みを止めたかと思うと、アティが横道の奥をジッと見つめた。
「この先に扉が見えます。もしかしたら、何かお宝の類があるかも知れません。浅層なので、仮にあったとしても、あまり期待は出来ませんが……」