第110話目―RE:人形の心は突然に―
僕はいつも通りの場所に向かうと店を広げ、商売を始めた。
座って人の流れを見ながら、見栄えが良くなるようにと商品の位置を定期的に動かしたりする。
すると、隣に座って来たセルマが僕の真似をし始めた。
「一応今日はセルマは休みなんだから、手伝いはしなくても大丈夫だよ」
「……こうしてお手伝いすることで、私の気分転換になっておりますので」
「なるほどね……」
僕はなるべく平常心を心掛けながら、時折にセルマの様子を窺った。
変わった様子は見られず、背筋に悪寒が走ったのはやはり僕の杞憂だったのだ、という結論に徐々に落ち着き始めていた。
それからゆっくりと時間は過ぎ、滞留する船も増え始めて港町が活気づき始めた。
人の流れが増えると共に商売も順調に進んだ。
「綺麗なお嬢さんが売り子をやっているのか。どれ、一つ貰おうかな」
「ありがとうございますなのです」
セルマは見た目がほぼ人間であるせいか、誰もが人形と気づかず……というか、だんだんと男性の客が増え始めた。
普通の人間では持ちえないその美貌で人を惹きつけているようだ。
僕が一人でやっている時の二倍三倍の速さで売れていく光景に、なんだか不条理を感じないでもないけれど、売れるのは良いことだ。
なんとも言えない気持ちにはなるけれど。
「御主さま……」
「どうしたの?」
「私は先ほどからたくさんの男性に囲まれております」
「のようだね」
「何かお思いになられませんか?」
「うーん……商品がいっぱい売れるなぁって……」
「……」
セルマは頬を膨らませると、ぷいと横を向いた。
その反応まさかとは思うけど……いや……きっと僕の勘違いだ。
そうであって欲しい。
僕は強引にそう思い込み、気づきかけた可能性に無理やり蓋をした。
しかし、そうやって目を背けたところで、存在する可能性を無かったことには出来なかった。
事態はそういう方向に転がる。
※※※※
さて――全ての商品が昼が終わる前に完売した。
今までで一番の速さだった。
僕は売り子の大切さを実感しつつ店じまいをして、ともあれ今日はすることが無くなったので、残った時間をどう使おうかなと考え始める。
すると、セルマが僕の服の袖を引っ張った。
「御主さま」
「どうしたの? もう商品が無くなってしまったから、今日の商売は終わりだよ」
「これからどうされるのですか?」
「どうって……どうしようかな。釣りでもしてのんびりしようかな」
魚で食費が浮きそうだしね。
節約倹約は小さなところからコツコツとが基本だ。
「そのようなお考えをお持ちでしたか。……良い場所を私は知っています」
セルマのその発言に僕は怪訝に首を捻った。
日頃のセルマの仕事は身重のアティの世話や、商品作りの内職と言った屋敷でやることばかりだ。
街にはまず出ない。
そもそも釣りに興味も無さそうに見えるんだけど……良い場所を知っている?
「先ほどお客様同士の会話を耳にしまして、それがあちらの方に良い場所があるという話でした」
そういうことか……なるほど。
「ご案内しますので」
過敏になり過ぎている自分が少し嫌になる。
僕はため息を吐きつつ、釣り道具を準備してセルマの案内を受けた。
街の外れに出て脇道から岩場へと進んでいき、しばらくすると小さな洞窟に出た。
洞窟の中は海と繋がっているようで、海水が川のように流れ込んでいる。
人が歩けるスペースも十分にある感じだ。
ここが穴場なのだろうか?
「へぇ……こんなところがあるんだ。何が釣れるんだろう?」
「釣る……?」
「ここは釣りをするには良い場所なんでしょ?」
「私はそのようなことをは言っておりませんが」
「へ……? いやだって僕が釣りをしようかなって言って、それに対して良い場所があるっていう話で……」
「……確かに、文脈的にはそう受け取られましてもおかしくはありません。ですが、私はあくまで”良い場所がある”としかお伝えしていません」
それはどういう……?
額に嫌な汗が滲み出てくる僕を見て、セルマは下唇を舐めると怪しい笑みを浮かべて言った。
「……お客様の会話を耳に挟んだのは本当です。ですが、その内容は逢瀬に丁度良い場所だという話でした。ここは人気も少なく誰の目も気にしなくて済むそうです」
僕は慌てて逃げ出そうとした――のだけれども、あっという間に糸でぐるぐる巻きにされ身動きを取れなくされてしまった。
「御主さま……最近セルマは寂しゅうございます。”愛して”欲しいのです」
やはりこうなる運命……。




