第010話目―迷宮の説明と父親―
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迷宮は基本的に国や自治体が管理をしている。
それゆえ、入り口には衛兵がいるし、近くには騎士団の駐屯地もある。
理由は中から魔物が溢れないようにする為だ。
迷宮外で魔物が自然発生する事は無い。
だから、迷宮外で魔物を見かけた場合、それは迷宮の中から外に出てきた事を意味していた。
迷宮に入るのに有料無料と場所によって違いはあるものの、完全閉鎖等はせず探索する人間を広く受け入れているのは、そうした事態を避ける一助になるからだそうで。
開拓されている層までは、定期的に騎士団が掃討作戦を決行するものの、それだけでは処理しきれないらしい。
迷宮内で発見された財宝は発見者のもの、という決まりは、結果的に探索が駆除に繋がることへの見返りでもあるそうだ。命の危険を賭してボランティアをする人など、居るわけがないから。
もしも仮に、中で手に入った財宝や魔物の素材の所在は国や自治体にある等とすれば、間違いなくその地域は魔物が跋扈する地獄になる。
――だって、誰も入らなくなるから。
お抱えの兵だけを差し向けても良いけれど、そんな事をすれば当然に軍が疲弊する。そうなると、他国から侵略の隙と捉えられる可能性も高まる。
迷宮は広く深く、国が管理している迷宮が一つだけとは限らない。迷宮が複数ある場合、それら全てに、数十人数百人を常に交代で中に入れて、年がら年中駆除など出来る体力を持つ国など限られているのである。
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「……と、言うわけなんです」
迷宮に向かう道すがら、アティから説明を聞いて、僕は自分なりに噛み砕きながら「なるほどね」と頷いた。
迷宮については、僕は漠然とした知識しか無かった。だから、こういう説明は随分とありがたいものである。
あまり実生活では迷宮と関わりを持たなかったからね……。
僕は思う。こんな事になるのなら、まだ父さんが生きてた時に、色々と聞いておけば良かったな、と。
僕の父親は迷宮に出入りしていた人で、それなりに名も通ってもいたから、色々知っていたハズだったからだ。
ただ、その父親から槍を教わる時に、「お前はあんまり才能が無いな。努力しねぇと」と言われ続けたせいで、そこまで弱い僕に迷宮は関係無い場所だと思い、聞かず終いで……。
まぁ、話を聞けなかったのは、何もそれだけに限った話ではないけれども。
名が通っている癖に貧民をしていたけれど、一体何にお金使っていたのかとか、僕に槍を教える時以外は家に居なかったけど、その間に何をしていたのかとか。
色々と知らないままだった事が多いのだ。
色々と話を聞けないまま――十年前のある日、父はあっけなく死んでしまった。
どこかの迷宮に入ったまま、戻ってこなかった。
父が目指したのは、深層のそのまた下の、迷宮の最終到達地点。
安全に稼げる層だけで満足すれば良かったのに。
何を思ってそこに至ろうとしたのか。
それも、いくら得意でも、狭い場所では使い辛いだろう槍を手に。
分からない。
分かっているのは、戻ってこないと言う事は死を意味しているって事だけだ。
僕の父親は謎多き人物だ。
そもそもが掴み所の無い性格と行動だった。
お陰で、隣近所の人ですら父親が迷宮に入ってた事を知らなかった。
実力によって名を馳せたけれど、知人や友人の類は少ない。
唯一色々と知ってそうだった母は早くに病死していて。
つまり、父がどういう人物かを知る者はもはや居なかった。
息子である僕を含めて。
それが父だった。
そして……こうした父の最期は、僕に影響を与えている。
アティが迷宮に入りたいと言った時、驚く程の実力がありそうで、生計を立てれるかも知れないと思ってなお、絶対に無理はしないように言い含めたのがまさにそれだ。
この背景が関係していないとは断言出来ない。
……さて、少し過去について思いを馳せ過ぎた。話を戻そう。
「そっか。アティは物知りさんだね。ありがとう」
「……そ、そんな事は」
説明に感謝しつつ素直に褒めたら、もじもじと俯かれた。
乙女心は難しい。
いつか抱く日が来たら、その時ももじもじするのだろうか?
そうだとしたら、最高だ。
赤ちゃん出来るくらい頑張ってしまうかも知れない。
色々と邪な事を考えていると、迷宮の入り口に着く。人がそれなりに多く、迷宮探索者で結構賑わっていた。
衛兵も幾人か立っており、出入りする人と会話をしている。
顔見知りか、あるいは入宮料が掛かるから出せ、とか言っているのかも知れない。
「――待て」
すぅっと人ごみに紛れて迷宮に入ろうとすると、衛兵に呼び止められた。
「どうかしましたか? もしかして入るのにお金とか掛かります?」
「いや、この迷宮では掛からない」
「では何故」
「注意喚起をしている。少し問題が起きていてな」
なにやら、気をつけないといけない事があるらしい。