第104話目―お腹をなでなで―
初めて見る理由の無いアティの「駄目」に僕は驚いた。
こうも反対されるとなると、セシルとの迷宮入りが断念濃厚かな、と思った。
今までの僕は、それを望んだわけではないけれど、結果的にアティの意思に背いてしまう行動を取ることも多かった。
だから、さすがに今回ばかりは慎重に動きたい。
身重のアティに、精神的な負担を掛けたくは無いのだ。
ただ、金銭的な利益を考えると、迷宮入りを諦めるのは少し悔しい感じがしないでも無くて。
「……どうして駄目なのか、理由だけでも教えてくれないかな?」
僕は一呼吸を置いてから理由を尋ねてみた。すると、アティは何も答えずにぷいっと横を向いた。
「……」
取り付く島もないとはこの事だろうか。
参ってしまった。
ここまで頑なとなると、納得して貰うことは出来そうに無いので、諦める他には無い。
「分かったよ。じゃあ今回の話は断る。……アティの傍にいる」
「……はい」
アティが嬉しそうに口角を上げているのが、横顔からでもハッキリ分かった。
もしかすると、僕に傍に居て欲しくて、その我儘を言っただけなのかも知れない。今まで我慢をしてきた分が、今になって露わになった可能性も高い。
そう思うと、なんだか可愛い行動に見えてきた。
頭がふやけていると思われるかも知れないけど、僕にとってはアティが一番なのだから、こればかりは許して欲しい。
「……すっかり大きくなったね。そろそろかな?」
アティの隣に座って優しくお腹を撫でる。すると、アティは短く頷いた。
「最近、とっても元気に動くようになったんです。きっと、早く私とハロルド様に会いたいんだと思います」
「そうだね……」
僕はアティの手を握りながら優しくキスをした。
初めての出産なのだから、アティだって内心は不安でいっぱいのハズなのだ。だから、こうすることで少しでも安心出来て貰えたらと思っている。
「んっ……」
「……これで、少しでも安心して貰えたら嬉しいな」
「安心しっかりチャージ出来ました。……毎日お願いします」
お安い御用である。
※※※※
翌日、僕はいつも通りに商売をしに港へと降りて行った。
取り合えず、セシルには断りを入れないといけないけれど、会えるのは僕が指定した明日だ。
とはいえ、明日を待たずとも、街中を探せばセシルはすぐには見つけられるとは思う。そんなに広い街では無いから。でも、明日には確実に会えるのだから、無理に急ぐ必要は無い。
そんなことに時間を使うよりも、もうそろそろ赤ちゃんが産まれるのだから、少しでもお金を稼いで置きたいというのもある。
「男の子かなぁ、女の子かなぁ……」
と、にこにこしながら赤ちゃんのことを考えていると、見たことのある人物が来客して来た。松葉杖を付いているその人物は、セシルに足を叩き折られた鎧姿の男である。
予想外のお客に僕は少々面食らう。
「おん? どうしたのだ店主よ」
「い、いえ別に……」
幸いなことに、僕が誰かには気づかなかったようだ。まぁ、以前に会ったのもだいぶ前で、ほとんどすれ違っただけのようなものだから、覚えていなくても当然ではあるけれど。
「ふぬぅ……中々珍しい品だな」
ところで……お供のエルフの姿が見えない。別行動をしているのか、あるいは宿で待機でもするように命じているのかも知れない。
「……店主よ」
「はい?」
「……女はこっちとこっちのどちらを好ましいと思うか?」
鎧姿の男が両手に持ったのは、セルマが作ったあみぐるみである。デザインが両方とも少し違っていて、どちらの方が女性にウケが良いのか、と僕に聞いて来たのだ。
……あのエルフにあげるつもりなのだろうか?




