第102話目―ヴァレン不在―
僕が気づいた事に気づくと、エルフはぷいと横を向いて、鎧姿の男の脚を掴んで引きずった。どうやら帰るらしい。
「さぁ帰りますよ。細くて小さい女の子に負けた無様なご主人さま」
「誰が無様だ! そ、それより引きずるのは止めろ!」
「重いんですもの」
「顔が地面に擦れるではないか!」
「嫌なら自分で立って歩いて下さいな」
「立てんのだ! 俺の脚を見ろ!」
鎧姿の男は喚きたてながら、自らの脚を指さした。見事なまでに両方とも腫れている。セシルが叩き折っていたようだ。
「人の脚を折るなど、なんて極悪非道な女なのだっ……」
引きずられながら、鎧姿の男は怨嗟を吐いていた。
まぁその、一見すると確かに酷い仕打ちには見えるけれど……でも、恐らくセシル的にはかなり手加減した結果なハズだ。
セシルという女の子は、相手がそれなりに出来ると判断した場合、お試しも兼ねて普通に斬ってくるのだ。
……僕は覚えている。いきなり剣を振り抜かれた時のことを。
ともあれ、鎧姿の男はそこまではされなかった。つまり、かなり手を抜かれている。
「はぁ~あ。つまんないの相手にしちゃった」
セシルは溜め息を吐くと、てくてくと歩いて去って行く。僕は声をかけるかどうか迷ったものの、結局はかけないことにした。
特に用があるわけでもないし、それにセシルが僕を覚えているとも限らない。もしも覚えていなかったら、「誰?」ってなるわけで。
いつまで街に居るのか分からないけれど、向こうが僕を見かけて挨拶してくれたら返すぐらいの感覚で良いのかなと思う。
※※※※
数日が経ち――僕の日常は平穏に過ぎた。いつも通りの日々だ。街に降りて、自分で作った銀細工やセルマに作って貰ったあみぐるみを売る。そういう生活である。
売れ行きは中々に良い感じだった。
このままいけばそこそこ潤いのある生活を送れそうだ。
ところで、パスカルとの話で出た龍の秘宝の使い方については、実はまだ教えて貰えてはいない。日を改めて教えるということであった。
「やだー、このあみぐるみ可愛い」
お客さんが来た――と、僕が顔を上げると目の前にセシルがいた。思わず一瞬固まってしまう。すると、セシルも僕を見て固まっていた。
もしかして……僕のことを覚えてる?
「……ハロルドじゃん。何やってるの?」
覚えていたらしい。
「いや、何って商売を……」
「へぇ……まぁ何にしても奇遇奇遇」
セシルは僕の手を握りぶんぶんと振った。相変わらず元気な女の子である。僕は「ははっ……」と渇いた笑みを浮かべた。
「確かに奇遇だね……。ところで、ヴァレンさんは?」
僕は肩を竦めて聞く。セシルがいるということは、恐らくヴァレンもいるハズ……だと思ったのだけれども、予想外なことに首を横に振られた。
「お爺ちゃんはここにはいないよ。ちょっと一人で行くトコあるからって、一カ月くらい前にどっか行っちゃった。西大陸のどこかにはいると思うけど……まぁ私も暇だから、色々と旅して回ってここに辿り着いたって感じ。……そういえば、この近くに面白そうなものがあるって話を聞いたんだよね。丁度良いからハロルドにもついて来て貰おうっと」




