第101話目―セシルと鎧姿の男―
前回の100話は時間軸が違いますので、そこからではなくその一つ前の99話からの続きです。
「剣抜きなよ」
「ふん、ならば相手してやろう」
二人が同時に剣を抜いた。段々と揉め事がヒートアップして、本当に勝負になりそうな雰囲気だ。
仮に勝負になったとしたら、どちらが勝つだろうか?
考えるまでも無く答えは決まっている。
セシルだ。
鎧姿の男が勝つ未来が想像出来ない。
「知り合いなんだろう? 止めないのかい?」
パスカルが不思議そうな顔をしてそう訊いて来る。僕は頷いた。
「勝負になったとしても、女の子――セシルが間違いなく勝つと思います。……男の方にはあんまり良い印象が無いので、別に良いかなと」
「……なるほど。だから何もしないってワケなんだね。でも、どうだろうね」
「え……?」
「男の方は確かに弱いと思うけど、あのエルフの子は違うよね。あの子が動けば変わるかも」
パスカルに言われて、僕は鎖で繋がれたエルフを改めて見た。
強い……のだろうか?
「……恐らく色々魔術使えるね。エルフだから使えて当たり前ではあるけれど、その中でも結構出来る方だと思うな。エルフに珍しく攻撃に転じれる魔術とかも得意なんじゃないかな」
「……そういうの分かるんですか?」
「なんとなくだけどね」
エルフはまだ一度も魔術を使っておらず、手の内が一つも分かっていない。だと言うのに、なんとなくで得意な魔術の傾向まで分かるものなのだろうか?
いや、そういえば、マルタの魔術についても始祖の龍人ともどもすぐに理解していたのがパスカルなのだ。経験による推測とか直感とか、そういうのがあるのかも知れない。
一応……セシルを助ける用意はしていた方が良いのだろうか?
どうしたものかと僕が唸っていると、「少し寒くなってきたから」とパスカルがもぞもぞと僕のポケットの中に入って来た。
「まぁ、色々と言っておいてなんだけど、エルフの子が動く気配は無さそうだけれどね」
エルフの女の子を改めて見ると、欠伸をしている所だった。
なるほど。
どうやら、セシルを助ける準備は必要無さそうだ。
※※※※
鎧姿の男とセシルが勢いのままに一騎打ちを始めた。
お互いに矛を収めることが出来ず、勝負は始まってしまったのだ。
そして、決着は三秒ほどで付いた。
セシルの圧勝だ。
「ぐ、ぐふ……」
「よっわ」
うつ伏せに倒れる鎧姿の男を見るセシルの目が凄いことになっていた。
ドン引きの視線であった。
予想を遥かに下回る弱さに呆れているようだ。
「な、なぜだ……」
「なぜってあんたが弱いからでしょ」
「違う、お前には言っていない。俺は自分の奴隷に問いかけている。……どうして、主人の俺を助けなかった?」
鎧姿の男はエルフに向かってそう言った。すると、エルフは溜め息を吐いた。
「……命令されませんでしたので」
「それでも助けるべき……だろうがっ」
「私が自発的に助けようとする度に、いつもこう言っているではありませんか。『お前の助けなど俺には必要無かった』と。そして、待っているのは夜のオシオキです。私はオシオキされたくありません」
端的にそう述べたエルフの目は、なぜかセシルと同じであった。
引き気味というか呆れというか、そういった類の視線……というのは、まぁ一旦横に置くとして、ともあれ、エルフの言うことにも一理あると言えばある。
確かに命令はなかったのだ。
鎧姿の男は「二対一で勝てると思っているのか?」という趣旨の事はセシルには言ったものの、エルフに対して直接的に「手伝え」や「助けろ」とは言わなかった。
もっとも……一理あるとしても、かなり冷たい対応ではある。なんと言うかその、助けたくないと思っているからこその思考だ。
まぁ、オシオキ云々という言葉もあったし、首輪で反逆出来ないのを良いことに日頃から好き放題していて、それで嫌われているのかも知れない。
「……」
「……うん?」
ふいに、変な違和を感じた。見るとエルフが僕の方をじっと見つめていた。眼を細めてなんだか観察するような視線であった。




