第099話目―結末と再会―
エキドナは、家に帰った後も、パスカルで遊び続けていた。本人的には、ペットとして連れて来て世話をしているつもりのようだけれど……。
「はい、ごはん!」
「いや――」
「――食べなきゃだめなんだよ! おっきくなれないんだよ!」
「うごっ……」
喋る変な生き物を連れて来て……と、困惑と呆気の入り混じるセルマとアティの視線もおかまいなしに、パスカルの口の中にご飯を無理やり突っ込んだりと、やりたい放題である。
そして、やはりと言うか寝る時も一緒にいたいということで、紐をつけて逃げられないようにしつつ部屋に入っていった。
「いっしょに寝るの」
「えぇ……」
「ままと一緒がいやなの⁉」
「君は僕のままじゃないよ……」
僕はその様子を眺めつつ、思わず息を吐いてしまった。
パスカルからは色々と話を聞きたかったのに、これでは聞けそうに無くて困ったな、と思った。
けれども――話す機会と言うのは、案外ひょっこりとやってくるもので。皆が寝静まった頃に、エキドナの部屋から抜け出したパスカルが僕の所までやってきた。紐が付いたままだったけれど……まぁ、それは横に置くとして。
「やぁ、起きているかい?」
「あなたは……」
「……君と少し話がしたくてここまで来たんだ」
「僕と話が?」
「そうだよ。嫌かい?」
「いえ……丁度僕も話がしたいと思っていましたので」
「奇遇だね。……時に、君をなんと呼べば良いかな? 名前を伺っても?」
「ハロルドです」
「そうかハロルド君か。良い名前だね。……それで話なんだけれども……少し場所を変えたいね。街を歩きながら話そう」
特別に拒否する必要がある希望でもないので、僕はパスカルの望み通りに、街へと向かうことにした。
隣で寝息を立てるアティの額に口づけをしてから、物音を立てないように、家を出て玄関を抜ける。家は丘の上にあるので、外に出てすぐに、港町の全てが眼下に収まっている。
ゆっくり丘を下り、仄かな明かりが点る街へ辿り着くと、そこでパスカルが先に口を開いた。
その内容は、僕の気持ちを知ってか知らないでか、とかく、僕が気になっている事柄の顛末についてであった。
「それで……あの時の戦いの事なんだけれど……なんて言えば良いのかな……ひとまずは決着がついた、と言うべきかな。ただ、僕も無茶をして色々と消耗した結果今のように小さくなって弱体化してしまうし、無傷で終わりとは行かなかったよ」
パスカルは「はぁ」と溜め息を吐いた。どうやら、小さくなってしまった原因は、あの激闘にあるようだ。
始祖の龍人とパスカルの強さについては、具体的には分からないけれど、マルタの方は話を聞くだけでもかなりの手練れというのが既に分かっている。
それを相手にして決着をつけたと言うのだから、相応の強さを持っていたのは、推して測るべしなのだろう。
弱体化した、と言っているから、今はそこまで強く無いのだろうけれど……。
「凄い戦いでしたね。島が幾つも完全に沈みましたから」
「まぁ、迷宮で繋がっているからね。迷宮を壊せば連鎖的にそうなるんだ」
「……厳しい戦いでしたでしょうし、島が壊れてしまったのも、仕方がない面もあるんでしょうね」
「仕方がない、というのは少し違うかな。壊さずに戦うのは厳しい、というのは確かにあったけれど、でもやろうと思えばやれなくは無かったよ。それをしなかったのは、”彼”があえて壊すように戦うことを選んだからだ」
彼、と言うのが誰を指しているのかは、僕には分かった。
「始祖の龍人が、ですか……?」
「そうだよ」
「一体どうして……。まがりなりにも、自分の子孫が住まう島ですよね?」
「……ハロルド君。君は、彼がどういう思いを子孫に抱いているかを知っているかい?」
問われて、僕は始祖の龍人との会話を思い出した。彼が抱いていた気持ちや思いについては、確かにこの耳で聞いている。
「それは、はい。色々と自分の言葉を変に解釈していたことを、嫌っていましたよね?」
「その通り。彼は、自分が作り上げて、そして知らないうちに捻じ曲がって育ってしまった全てを嫌っていた。……だから壊したかったのさ。見なよ」
パスカルの示す方向に僕は視線を移す。すると、そこには、街の人に混じりそして溶け込むようにして歩く龍人たちがいた。
島が無くなった以上、閉じこもって生きていくことが出来ず、こうして他種族と常に混じり生活をするようになったようだ。
その中には、アルミアやセンテイの姿も見えた。
幾らかは気を使われているようだけれども、以前のように部下の龍人に周りを囲まれ秘匿されるようなこともなく、さながら普通の人のように街中の一部になりつつあるようで……。
「島が無くなったからこそ、龍人たちの意識に変化が訪れている。風習や伝統を守るだけでは、もう生きてはいけなくなったからね」
「……」
「でも、それで良いんだと――いや――それが良いんだと”彼”は思っていた。だから、あの戦いを良い機会だと捉えたようなんだ。島を壊すことで、装飾して残された自らの幻影にも亀裂を入れたかった、と」
閉ざされた島で育まれた伝統や風習だからこそ、その島が崩れれば共に沈んで消えて行く。そういう風に考えたようだ。
「……理屈は分かりますが、随分と荒っぽいですね」
「まぁ、長く生きていると、色々と分かることもあるのさ。大きな出来事がないと変わらない場面があるって事とかね」
その言い方を聞いて、僕は、始祖の龍人が「良い機会だ」と島崩しを決意するに至る経緯を察した。恐らく、小さな変化の促しは何度も試したのだろう。でも、全て意味が無かった。だからこそ、会った当初には諦観混じりな語り口でもあったのだ、と。
「……そういえば、始祖の龍人は今どうしているんですか?」
ふと、僕はそんなことを訊いた。小さくなったとはいえ、パスカルが無事であるのならば、始祖の龍人も無事なのではないかと思ったのだ。
しかし、パスカルは首を横に振った。
「彼はもういないよ」
「え……? まさか、相討ちですか……?」
「どう言えば良いのかな……。その、僕と彼は龍の牢獄という術で、あの女の子を隔離して閉じ込めたんだけれど、その後彼はそのまま消えて行ったんだ。……まぁ、もとから生きているとは言えない状態であったからね。でも、そんな既に尽きた命を突き動かしていたのは、きっと、龍人の島への想いゆえになのかな。だから、それが終わって思い残すことが何もかも無くなっていなくなったのかもね」
僕は片眼鏡ごしに見た龍人の始祖の姿を思い出した。
彼には何も無かった。
生あるものを映す片眼鏡が一切の反応を示してはいなかった。
マルタは海の底に隔離され、始祖の龍人は消えた。それがあの出来事の結末の全てだった。それ以上でもそれ以下でもないのだ。
「……そういえば、聞きたいことがあと一つあるのですが」
「なんだい?」
「龍の秘宝についてなのですが、実は使い方が分からなくて……」
「あぁなるほどね。分かった」
街を一巡して帰路についた折に、僕が龍の秘宝の使い方について訊くと、パスカルは嫌な顔一つせずに、使い方を教えてくれると言ってくれた。
と、その時だった。丘に上がる道に入ろうとした所で、もめ事が起きている場面に出くわした。良く見ると、女の子と鎧姿の男が言い争いをしているようだった。鎧姿の男の傍には、争い相手とは別に鎖で繋がれている女の子もいる。
一体どういう組み合わせなのか……。
なんとなく気になった僕は、怪訝に眉を潜めながらも会話を盗み聞くことにした。
「ふん。貴様がぶつかって来たのだろう。……謝罪をしろ、小娘」
「はぁ⁉ あんたがぶつかって来たんでしょ‼」
「なんだその態度は? 俺とやる気か? 二対一で勝てるとでも思っているのか? 俺はそこそこ腕が立つと自負している。それに加えて、この奴隷はエルフだ。魔術も使える。貴様に勝ち目はないぞ?」
「女相手に二対一を前提に喧嘩売るって、男としてのプライドとか無いわけ⁉」
「話を逸らしたいのか? みっともないな。おん?」
「かっちーん……」
なんだろう。
どちらもどこかで見た顔のような……。
僕は頭の中の記憶を探って、そして、思い出した。女の子はセシルで――それから鎧の男の方は確か、アティを買った時にあの場にいたエルフを買った人物である。鎖で繋がれている女の子も、良く見るとあの時のエルフだ。
「……見知った顔かい?」
パスカルに訊かれて、僕は頬を掻きながら頷いた。
まさか、こんな所で既知の人物二人と同時に遭遇とは思っても見なかったよ……。
次で100話目です。