第097話目―崩れ行く島―
来た道をなぞるようにして駆ける。
迷宮光のお陰で、足元がおぼつかないということも無い。
そして。
始祖の龍人とマルタ達の戦いの音が徐々に離れて薄れていく頃に、僕はエキドナの下へとたどり着いた。
「……ほら起きて」
「ぅぅん……」
ねぼけ眼を擦るエキドナを抱きかかえ、僕は外の様子を窺う。すると、あれだけ降っていた雨がすっかりと上がり、晴天になっていた。
「……おそと……明るいね」
「そうだね……」
これだけ晴れているのならば、出航出来なくはない。
よしよし、とエキドナの頭を撫でながら、僕は急ぎ船のある場所を目指すことにした。詳しい場所は分からないけれど、島の端のどこかにはあるハズだ。それを使って良い、と始祖の龍人も言っていたのだから。
僕は、雨上がりのぬかるんだ地面を踏みしめながら、島の端を手当たり次第に探し始める。
※※※※
小走りで島岸を一周すると、幾つかの船が留まっている場所を発見したので、すぐに乗り込んだ。海の様子を窺うと……雨が降っていた影響なのか、些か荒れ気味であったけれど、それを気にしている場合でもない。
「ぱぱ……?」
「さぁ街に戻ろうね」
「さっきの人はー?」
「……用事があるんだってさ」
始祖の龍人はどうしたのか、と問われて、僕は適当なウソをついた。エキドナに事情を説明する必要はないと思ったからだ。
「ふぅん」
「それより、少し波が強いからね。落ちないように気をつけるんだよ?」
「はーい」
手短に準備を済ませ、僕は港町の方角へ向かって、船を出した。
波に進路を勝手に変えられそうになりつつも、どうにかこうにか進路を軌道に乗せて、そこで僕は初めて振り返って島を眺めた。
すると、ひときわ大きな音が鳴り響いて。それから、島が崩れていくのが見えた。激闘が行われているようで、それは、島一つを丸ごと呑み込んでしまう程のもののようだ。
やがて――島は完全に海の中へと沈んで行った。
遠目からでも分かるこの戦いに、僕は参加しなかった自分自身の判断の正しさを感じ取った。このような戦いに入り込む余地などあるわけがない。
言われた通りに、これでは、確実に僕は足手まといの邪魔ものだ。
「島がなくなっちゃったねー」
「うん……」
「あっちの島もしずんでるよー」
「……え?」
ふいに、エキドナが、龍人たちの島も指した。すると、なぜかそこの島も大きな音を立てて、割れるように海の中へと引きずり込まれていくのが見えた。
一体なぜ、と僕はただただその光景を眺めて、そしてハッとした。思い出したのは、島と島が迷宮で繋がっている、ということである。
現在行われている激闘で迷宮が破壊されて行っており、それが、繋がっている別の島にも影響を及ぼしているようだ。
あの迷宮は死んでいる。つまり、その機能のほぼ全てを失っている。破壊されれば、それはそのまま直接的な影響をすぐさまに反映する。
龍人の村がある島からは、慌てて船が出航していくのが見えた。逃げ出しているようだ。
と、その時。完全に沈んだ方の島の跡から、人影が一つ飛び出して来た。出て来たのはマルタだった。
「くそがっ……。ふざけんなよ! 迷宮壊して無理やり海の中に引きずりこむなんて! 月天にも限界があるんだっての! 海全部は塵に出来ないっつの! ……だいぶ消耗しちゃったしこれ以上は戦えないわ。引き上げ時」
マルタがそう吐き捨てると同時に、海中から龍の尾が飛び出した。龍の尾はマルタの脚を一瞬のうちに絡めとる。
「しつこっ……‼ なにこれ剥がれない‼ 変な術使ってんな⁉」
龍の尾に足を絡め取られたマルタは、そのまま、ものすごい勢いで海中へと引きずりこまれていった。
海面に泡が幾つも浮き立ち、そして、数瞬の間を置いてから――海の底から響くようにして声が聞こえた。
『……海の底は龍の牢獄。決して逃れることは出来ない』