第009話目―迷宮に入る準備をしよう―
前回のあらすじ→金が手に入ったから、耳を隠せるようにアティに帽子を買ってプレゼントした。
※※※※
翌日。
帽子を被せてアティを連れて、射出武具専門店に顔を出した。
店の中には色々な弓や銃が置いてある。
「どういうのが良いの?」
「それぞれに利点や欠点があるので、何とも言えないのですが……現状であれば、これが欲しいです」
アティが手に取ったのは、狙撃銃と呼ばれるものだった。
値段は5万ロブ。
他の普通の弓が軒並み15万ロブを超えている所を見ると、お値段控えめと言った所。
「もうちょっと高いのでも大丈夫だよ?」
帽子を買ってほんの少し減りはしたものの、誤差の範囲内だ。
まだ約100万ロブと言って良いほどはある。
もう少し高くても普通に買える。
しかしどうやら、アティなりに理由があっての選択だったようだ。
「確かに価格が安いからと言うのも理由の一つですけど、それ以上に今は一発の火力が欲しいのが本音です。……魔弓などの特別な弓であれば、普通の銃よりも威力は出ますけど、それはさすがに」
僕は店の一番目立つ所に飾ってある魔弓を眺めた。
射出時に矢を起爆剤に出来る効果があるらしく、太さ50cmくらいの木であれば、楽にへし折る事が出来ると言う謳い文句が書かれている。
お値段は680万ロブ。
高すぎる。
これは買えない……。
ちなみに、魔弓があるなら魔銃もあるのかなと思っていたら、あるらしい。
ただ、魔弓以上に高価になるとの事。
少なくとも、この店には置いてなかった。
安価品だと銃の方が弓より安いのに、価格帯が最上級になると逆転するとは……。
魔銃を作るのは難しいとか、そういう理由があるのかも知れないけど、世の中ってのは良く分からないものだ。
「……銃の利点は、安価品であってもある程度の火力と貫通力がある事ですね。弾薬費もかかる事はかかりますが、無駄撃ちをしなければ余りあるほどの費用対効果です。デメリットとしては、音がする事と、弓よりも照準を合わせるのが遥かに難しい、と言った点がありますが……、ですが、音を抑える部品は後付け出来ますし、照準に関しては私であればさして不都合はありません」
ところで、何かアティがいつになくお喋りだ。
こんな饒舌な子だったのか……。
興味のある事とかに全力出すタイプなのかも知れない。
弓や銃が趣味なのか。
アクセサリーとか服とか、そういう女の子らしい事に興味を持って欲しい気もするけど……、まあ、本人の趣向を尊重しておこう。
ともかく、欲しいと言われたものを買ってしまおう。
あとは必要な備品も。
「その狙撃銃と必要なものと、あと、音を抑える部品とやらも買っていこう」
「よ、宜しいんですか?」
「いいよ」
「あ、ありがとうございます。絶対にお役に立って見せますので」
うん、期待している。
さて、そして、最終的な内訳はこうなった。
①狙撃銃一丁5万ロブ。②弾薬20個入り1箱1000ロブ×20箱で2万ロブ。③弾薬入れ付きのベルト2万ロブ。④滑り止め付きの革グローブ1万ロブ。⑤消音効果のある部品8万ロブ。
〆て18万ロブ、以上をお買い上げである。
そう言えば、消音効果のある部品(サイレンサーと言うらしい)が銃より高かった。
本体より部品の方が高いって何かおかしくない……?
まあでも買うって言っちゃったし、今更どうこうも出来ないけど。
いや、アティへの先行投資だと思う事にしよう。
※※※※
その後も防具等を買い進めて、ようやく準備が整った。
革のブーツを履き、動きを阻害しない体にフィットした絹の服と、小物入れのついたベストを着て、手には革グローブ。
腰には弾薬等の入ったポーチを下げ、狙撃銃を背中に抱えるアティは――もともと迷宮経験者だった、と言うのもあってか、妙に慣れた雰囲気を醸し出している。
いかにもって感じだ。
そして、僕の方はなるべく簡素に済ませた。
武器店にある短槍の中で、一番安かった2万ロブの十文字の短槍を買い、防具店で胸当て、脛当て、肘当てを3万ロブで購入した。
防具が三点だけと中途半端なのは、5万ロブで投売りされてたボロボロの鎧を、バラバラに買う事で値引きして貰ったからだ。
あとは……、疲れにくいと謳ってたブーツも2万ロブで買ったかな。
「――ハロルド様はご主人様ですから、もっと良い装備を! 私は最低限で良いので!」
結果的に非常に粗末な装いになった僕に、アティが随分と慌てた顔をした。
だから僕は自分の考えを簡潔に、
――予算が限られている今、迷宮経験者であるアティの装備を整えるのがもっとも効率が良い。
――大丈夫、僕もずっとこの装備のままのつもりはない。
――もっとお金に余裕が出来たらきちんと揃える。
と、伝えた。
すると、アティは少しの間困ったような顔をしていたけど、
「……分かりました。では、きちんと余裕が出来たら良い装備を買うと約束して下さい。私がんばりますので」
最後には納得してくれた。
期待もしてるし頑張ってくれるのも良いけれど、過度な無理には気をつけて欲しい所ではある。
まあでも……、確かに貧相な装備である事は否めない。
ただ、弱い僕が唯一使える奥の手は単発でしか使えない。
その上、中途半端な強度だと使うと同時に壊れてしまう。
なので、これは武器に限定した話になるけど、正直なところ安物で構わないんだ。
使った後に満身創痍になってしまうし、そもそも派手だから、狭いと思われる迷宮で使いたくは無いけど。
使うとしたら、よっぽどの事があった場合に限るかな。
しかし……、なるべく無駄遣いをしないように抑えたハズではあるものの、それでもだいぶお金が減った。
特別な効果がついている装備は何一つとしてないけれど、合計で50万ロブは使っている。
早く元を取りたい所だ。
空を仰ぐとまだ日が高い。
まだお昼も過ぎてはいないのが分かる。
僕とアティは話し合って、余裕があるから、今日のうちに一旦迷宮に入ろうと言う結論に至った。