化物の記憶
僕の拙い作品の外伝になります。
本編を読んでも意味不明です。
ごめんなさい。
あの頃の事は、まだはっきりと覚えている。
その頃、主は出かける事が多かった。
農園から果物や野菜を持ってきては、楽しそうに出かけて行った。
「最近、よくお出かけになられますね」
「あぁ、可愛い侵入者さんに差し入れをね」
採ってきた物を水で洗いながら、カロルナの問いにそう答えていた。
最初は数日おきだったが、100日が過ぎる頃からはほぼ毎日の日課になっていた。
それからまた少し経ったある日の朝、主は皆を集めて言った。
「ゲナル族を潰したい。力を貸してもらえるか?」
「゛貸せ゛とおっしゃっていただければ、ここにいる皆、誰も拒みますまい」コルドゥールが膝まづいた。
「ゲナルの連中は嫌いなんでね。喜んで」デルネルは楽しそうだった。
ゲナル族はあちこちの村を襲っては勢力を広げている部族で、強い戦士は仲間に、女は子を産む為の道具に、それ以外は労働力に、労働力にならないものは処分する。そんな事を何百年か続け、規模を大きくした新興勢力だ。
「ゲナルが相手となると、なかなか手強い。我らは死ぬ事はないといえども、苦戦は必至でしょうな。まぁ、異論は御座いませんので参加させていただきますが、何の為に?もしや、この農園にまで目をつけてきましたかな?」ネーグはいつも心配ばかりだった。
「いや、それはない。奴等もさすがに此処に手を出す程愚かではないようだ」
主は笑っていたが、当然と言えば当然だ。
創造主に準ずるとも言われる程の力を持つ主を相手に、本来ならば勝ち目はないのだから。
今はその力を使えないとはいえ、恐ろしい事には変わりない。
「助けたい子がいる。ゲナルがその子を狙っていてね。我々の土地で悪さしなければ放っておくつもりだったんだけどさ」
「なんだい主様?例の侵入者の子かい?」ウルニブラの尻尾はいつもクネクネ動いていた。いつだったか、掴んでみたら殴られた事がある。
「そうだ。ウルもきっと気に入る」
「へぇ、それじゃ助けなきゃね!」
「私はまたゲザさんのお手伝いしますね!ゲザさんがバラバラにされないように頑張ります!」アネラが俺の足元でピョンピョン飛びはねていた。アネラは掃除と片付けが大好きで、掃除の邪魔をすると怒るが、汚されるといつも楽しそうにしていた。
「決行はいつになさいますか?」と、コルドゥール。
「早ければ早いだけ良い」
「んじゃ、今から行きましょ!すぐ行きましょ!」デルネルはいつも慌ただしかった。暴れるのが好きな奴だから。
ゲナルの村はそう遠くなかった。
翼の生えた動物を使って半日程度の所にあった。
村に近づくとすぐに、デルネルが翼の動物をけしかけて身体の大きい者を襲わせた。
ゲナルの民は見分けるのが簡単だ。
身体の大きいのが戦士、小さいのが労働者、閉じ込められているのが女。
我々と違って、大きさと強さが比例していた。
この時は戦士だけが標的だったが、数が少な過ぎた。
ネーグがやっぱり心配していた。
「おかしい。数が少なすぎる。ゲナルの戦士は数千はいたはず。ここにはせいぜい百人程度だ。遠征中にしては倉庫に食物が残りすぎている。デルネル!数人残しておけ!聞きたい事がある。」
デルネルは遠くで左手をふって合図していた。右手は戦士の喉を握り潰していた。
「ゲザ!全ての建物を破壊しろ!戦士以外は殺すな!逃げる者は放っておけ!」
主に命じられたので、俺は近くの家から全て壊してまわった。
大きな家がいくつかあったが、その中の一つに、中に女がたくさんいる家があった。
首輪がついているものや、手足が拘束されたもの、何もついていないものもいた。
皆、俺を見て怯えた顔をしていたが、主が来て何やら話し出すと、笑いながら泣き出したり、外に飛び出したり、ボーッとしていたり、色々だった。
よくわからなかったが、まだ家は残っていたので、とりあえず家を壊すのを続けることにした。
日も傾きかけた頃、ネーグが主と何か相談し、急いで我々の土地に引き返す事になり、アネラと一緒に壊した瓦礫の片付けをしていた俺も、翼の動物達を大急ぎで集めた。
俺の動物の内一頭は、先程の女の一部を連れコロルナが乗っていった。
コロルナの動物では一度に運べないかららしいが、引き返す時のコロルナの動物は、俺を運ぶのがとても大変そうだった。
俺の動物達と違って、コロルナのは細く小さな身体だったからな。でも、よく頑張った。
我々の土地に戻ると、ゲナルの居場所はすぐにわかった。
大勢でゾロゾロ歩いていたし、大きな金属の塊を運んでいたから。
この後は大変だった。
デルネルが動物から飛び降り真っ先に攻撃を初め、次にコルドゥールが、続いて主とウルニブラ、俺、ネーグと続いた。
デルネルは槍でゲナルを何人も串刺しに、コルドゥールは腕を増やして色々な武器を振り回し、ウルニブラは二本の剣で素早く辺りの敵を蹴散らし、ネーグは俺よりも大きな動物に変身してゲナルを潰していった。
俺も必死に戦った。殴り、蹴り、握り潰し、投げ、きっとゲナルの戦士達も痛かっただろうが、コイツらは酷いことをたくさんする奴らだから、遠慮はしなかった。
ゲナルもただやられてばかりではなかった。
デルネルは腹に大きな穴を開けられていたし、コルドゥールの腕も何本が千切れていた。
ネーグも全身傷だらけ、ウルニブラは疲れてそうだったが、ケガはなかったらしい。
ウルニブラは速いからいつもケガは少ない。
俺もたくさんケガをした。
ゲナルの持ってきた金属の塊から大きな塊が飛んできて、そいつに何度も頭や腕を吹き飛ばされたが、すぐにアネラがくっ付けてくれた。
アネラは小さくて力もないのに、俺の身体は大きくて重いのに、アネラが懸命に頑張ってくれたお陰で、ゲナルの大きな武器を使い物にならなくできた。
凄く硬かったので、役に立つかと思い後日俺の身体に取り込んだが、それは正解だった。
これからも良いものがあれば取り込もう。
どのくらい時間が経ったのかはわからない。
皆疲れてグッタリし、ウルニブラ以外はケガでぼろぼろだった。
主はいつも、一人で離れて戦う。
危ないからな。俺達が。
普段の戦いなら、主は俺達にケガさせないように気をつけてくれるが、敵が強い時はお構いなしに手当たり次第だ。
デルネルは身体半分敵ごと切り落とされたし、ウルニブラは尻尾を燃やされた。
俺も粉々にされた事がある。
で、その時のゲナル族といえば、思ったより綺麗に殺されていた。
消し炭になっているものは少なく、千切りにされているものはなく、いつもより綺麗な死体ばかりで、俺達が駆けつけた時には戦士達の死体でできた山の上で剣を片手に立っていた。
だいぶお疲れなのだろう、目を閉じて空を仰ぎ肩で息をしていた。
「色男は何をしても様になるわね」
ウルニブラが言う意味は俺でも理解できた。
死体の山で血塗れの主は、‥主だった。
俺は頭が悪いから上手く言えないが、主はいつもゾクゾクするような凄味があり、それでいて優しく気さくで、もっと昔の俺の前の主とは正反対の性質だった。
俺はこの主を尊敬し、大好きだった。
あれから長い時間が過ぎたが、今でもお代わりないだろうか?
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戦いから十日くらい過ぎた頃、空でボーッとしていたコロルナが家に帰って来るなり大騒ぎを始めた。
「主様が帰られたぞ!小さな子供を連れてる!汚い服着てる!白い子だ!」
「うるさいぞコロルナ」
コルドゥールに叩き落とされたコロルナは床を転げ回っていた。
俺達の家には滅多に客は来ないから、コロルナもきっと興奮していたのだろう。
ウルニブラはそれを知っていたのか、今朝森から美味しい動物をたくさん狩ってきた。
アネラは「大変!掃除しなきゃ!」と慌てていたが、客がなくてもいつも掃除しているじゃないか。お陰で広い我々の家はいつもピカピカだ。
主が連れてきた子は本当に白い子だった。
長い髪は白くてボサボサ。
柔らかそうな肌は白くて泥だらけ。
目だけが薄い紫。
少し不安そうな表情。
ウルニブラがキャーキャー騒いでいたのがうるさかった。
「…で、この大きいのがゲザ。怖がらなくても良い。皆良い奴だから」
白い子は主の脚にしがみつきながら、皆の顔を見渡した。
「あと、屋敷の先に農園があってね、そこで人間達が暮らしてる。後で行ってみよう。君が今まで食べた果物や野菜も彼等が作ってくれたものなんだよ。その先の森では…まぁ、いいか。一度に説明されても困っちゃうね。あぁ、そうだ。皆、これからこの子もここに住む事になった。仲良くしてやってくれ。言葉はあまり話せないが、こちらの言う事は理解できる」
主が白い子に微笑みかけると、白い子もニッコリと笑った。
良い子そうだ。
皆が一言二言挨拶する度、笑顔で答えた。主の脚にしがみつきながらだが。
皆が挨拶し終わり、皆が俺を見た。白い子も。
俺は喋るのが苦手だから困ってしまったが、以前人間の子を肩に乗せてやったらとても喜んでいた事を思いだし、白い子もそうしてみようと思った。
最初はびっくりしたみたいだが、主が「大丈夫だよ」と言うと大人しく掴まれ、肩に座った。
そして立ち上がる。
声は出さなかったが、足をバタバタさせてはしゃいでいた。
よっぽど気に入ったらしく、その後も、大人になってからも、主に力を与えられ、自分で空を飛べるようになってからもちょくちょくせがまれては肩に乗せた。
白い子は賢い子だった。
教えるとすぐに身に付け、自分のものとした。
見た目は人間なのだが、あらゆる面で人間を凌駕していた。
後でわかったのだが、白い子はゲナル族の子だったらしい。
ゲナル族と言っても色々な種族が混じりあい、最早昔の原種たるゲナルはもういない。
だがゲナルの血が混ざった子は、多くが人間とよく似た姿形で産まれる。
そのゲナルの中で産まれた真っ白な子。
ゲナル族から逃げ出し、長い間あちこちをさ迷った結果、主の土地に迷い混んだらしい。
ゲナルの村からここまでそう遠くないのはわかっていなかったらしく、この土地に入ってからは追っ手が少なくなったのは、きっと遠くまで来たからだと思っていたらしい。
白い子が来てからの生活は楽しかった。
それまでの生活も楽しかったのだが、それ以上だった。
ほぼ主にベッタリだったが、他の者にもすぐになつき、教えるとなんでも覚え、とても素直で優しく育った。
そう、その成長が楽しかった。
我々は皆成長しきった者ばかりで、成長というものがよくわからなかった。
人間の子は成長が早すぎて気付けば老人になっていたり、ここで今まで一番若かったアネラは成長が遅すぎ、更に成長する前も後もほぼ小さいままなので、今一つよくわからなかった。
皆に可愛がられながら成長した白い子は、特に彼女を溺愛していたウルニブラにポロゴロドン(宝物)と名付けられそうになったが、本人が拒否。主の案でアルデア(白い羽)と呼ばれるようになった。
産まれてからすぐ戦いの日々。
主に拾われ、そしてまた戦いの日々。
今の土地を得た頃には、戦いの日々はとっくに終わっていた。
それからしばらくしてからのゲナル族との戦い。
その戦いで得た最高の戦利品アルデア。
アルデアの成長を見守る日々。
アルデアも大人になり、何も無い日々。
何も無い日々が長く続いた。
暇をもて余したデルネルが、既に強くなっていたアルデアを更に強くしようと戦い方を教え、その度にウルニブラに「お前の下品が写るから近付くな!」と怒鳴り喧嘩を始め、カロルナが「もっとやれ」と持て囃し、壊した家をアネラが嬉々として片付け、俺が補修し、いい加減腹に据えかねたコルドゥールに二人が押さえつけられ、ネーグに説教され、主と人間達がそれを見て「またか」と笑っている。
そんな何も無い日々が続いた。
これからもずっと続くと思っていた。
それが今ではコレだ。
俺は奴等に人間の子供の指先よりも細かく砕かれ、あちこちの世界にばらまかれ、長い年月を経て、まだモゾモゾと動ける程度にしか戻れていない。
突然農園の人間達が奴等に操られ我々に襲い掛かり、それを撃退。
共に過ごしてきた人間を殺す時の皆の顔は思い出したくもない。
いつも楽しそうに敵を殺すデルネルですらあれだ。
当然主の怒りを買い奴等は農園ごと滅びた。
その直後に奴等の増援。
しかも数も強さも段違いの。
我々は苦戦しつつもそれを撃退。
そしてまた直後に増援。
更に数と質、共に増した敵。
我々は長い間過ごしてきた土地を捨て、逃げ出した。
追っ手が来る。
撃退する。
数と質の上がった追っ手が更にやってくる。
撃退する。
また追っ手。の繰り返し。
デルネルが苛立つ。
コルドゥールとネーグは時折ボソボソと何か相談していた。
カロルナは黙りこみ、アネラは俺の肩に乗ったきり動かない。
アルデアは昔を思い出したのか、悲しそうな暗い顔をしていた。
ウルニブラはそんなアルデアを励まそうとするが、空回りばかりで、アルデアの作り笑顔がむしろ痛々しい。
主は…主はどうしていただろう?
常に先頭を行き、堂々とした背中がかろうじて皆を繋ぎ止めていた。
いや、むしろ今更主と共に行く以外の道など、誰にも無かった。
主を慕い、仲間を慕い、また共に何も無い日々を求めた。
だからこそ我らはバラバラになった。
追っ手との戦闘で、主がケガをした。
次の戦闘でも。
そのまた次の戦闘でも。
段々と強く、数も増える敵のそのほとんどを、主が一人で相手していたのだ。
そうするしか無かったから。
既に我々では一対一の戦いですら危うい程に敵は強く、そんな敵が群れでやってくる。
主の力は凄まじかった。
我らと互角の相手を、数百まとめて片付けた時は恐怖すら感じた。
だがそれも長くは続かなかった。
主はとうとう大怪我を負い、翼の動物に乗るにもアルデアが支え続けなければならなくなるほどに。
「あーーー!もー見てられん!!あんたのそんな姿見るくらいならここでクソども相手してる方がマシだ!」
デルネルが喚いた。
敵は立ち塞がる者がいれば、それを排除するまで追撃してこない。
それにコロルナが気付き、コルドゥールとネーグに相談し、「いざとなれば我らが」と話していたのをデルネルが聞いていた。
「なら私も…」ウルニブラが言いかけると、
「ダメだ!一人で良いんだ。その覚悟があんならまた今度の機会にな。ま、そんな機会、ないに越した事はないんだがな」
デルネルが笑っていた。
「…デルネル…」
主が絞り出すように名を呼んだ。
「アル!そいつ放すんじゃねーぞ!落っこっちまう!」
アルデアが泣きながら頷く。
「じゃ、またな」
翼の動物を反転させると、
「俺様最強の次くらい!!」
と叫びながら飛んでいった。
それから少し追っ手は来なかった。
だが、主のケガは治らない。
主だけではない。
最後に戦った相手から受けた傷が、皆治らなかった。
我々は主の力によって、自ら死を願わぬ限りは死ぬ事はなくなった。
しかしケガは負う。
死ぬ事なく治らぬケガを負い、更に追っ手を食い止めるとは、つまり、永遠に殺されつづけるという事だ。
「デルネル…」
最早誰の、何度目の呟きかもわからなくなった頃、奴等は来た。
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皆いなくなった。
結局打開策を見出だせないまま、一人、また一人と盾になっていった。
「皆~、私の主様とアルちゃん、ヨロシクね!次会った時キズモノになってたら承知しないよ~」
ウルニブラがヒラヒラと手をふって笑った。
「私はいつも、大して役に立ってないですからね。たまには役に立つとこ見せないと。上手くいったら、今度褒めてください」
コロルナがヘラヘラと笑った。
「コロルナさん、やっぱり役立たずでしたね。私の方が強いんじゃないてすか?お褒めの言葉はきっと私のものになりますよ!」
アネラが震えながら笑った。
「コルドゥール、ゲザ。後は託す。また会おう!」
ネーグがニッと笑った。
「ゲザ、我々の中でお前が一番頑丈だ。もう後はない。何としても護れ!…またな」
コルドゥールは俺の胸を拳叩くと、優しく笑った。
「泣かないで。皆、また会おうって笑ってた。だから、また会おう」
アルデアの涙を拭いながら俺は笑った。
アルデアは泣いてばかりだった。
主はずっと悲しい悔しい顔してた。
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その後、二人がどうなったのかはわからない。
あぁ、また誰かやってきた。
俺は化け物か何かだと思われているらしい。
たまに戦士がやってきては、軽く相手をして追っ払う。
ほとんど動けないから弁明に行けない。そもそも、まだ喋る事が出来ないから、どのみち無理か。
修復にやたらと時間がかかる我が身を呪いながら、今日もまた『何も無かった日々』を思い出しては慰みとしている。
この廃墟の片隅で、崩れた天井から流れる雲を眺めながら。
いずれ意味がわかる所まで書けたら良いなぁ~。
と、思いつつ、とりあえず読んでいただき、誠にありがとうございました。
何かしらリアクションしていただけると有難いです。