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魔譚  作者: 御劔浄
第二章 黄金に雨打つ
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第五話










 セヴァレス辺境伯が石畳の地面を踏みしめた。騎士達は二手に分かれて階段を行く。セヴァレス辺境伯は宙へと舞い上がりながら剣を縦一直線に振るって全身を回転させた。対する魔王は後退りながら手にした悪魔の武器を右を行く騎士達へと乱射する。

 左手の騎士二人がときの声を上げて斬りかからんとしたその時、地面が揺れ動いた。三角すいかたどった土砂が串刺しにせんとし、あわやのところで二人はかわす。魔王の仕業である。


「野郎、ぶっ殺してやらあ。」


 右手の騎士達の突きを魔王は宙へと逃れて回避した。水平の体を横回転させるや、懐に飛び込んだ騎士の兜へと悪魔の武器を突き付ける。セヴァレス辺境は窮地を救わんとして駆けた。しかし、間に合わない。

 幾度かの閃光がその騎士を殴りつけた。よろよろと後退り受け身も取らず倒れ伏すのを見守ることしか出来ない。魔王は続けざまに自らの剣でもう一人の騎士の剣をはじいた。飛び上がって剣を蹴飛ばし両肩へ両足を置いた。そして首元へと手を伸ばし、その魔法を繰り出した。


「ビン、今行く。」


 うめきを上げて地に膝を付いたビン隊長の体から、黒い蒸気がその隙間からあふれ馬乗りになった魔王へと収束している。背後から蹴りを入れたセヴァレス辺境伯だったが、手応えは少なく空中を山なりの軌道を描き魔王は慌てる様子もなく着地した。

 石畳の隙間に刺さったビン隊長の剣を引き抜きセヴァレス辺境伯は腕を交差した。

 間髪置かない騎士の攻撃を炎で魔王は退けている。背を向け炎を防ぐ外套で耐える戦友のために右手の剣で突きを与え、剣でいなした魔王の隙を逃さず左手の剣でセヴァレス辺境伯は薙ぎ払った。白い鎧で受け止めたしもの魔王も小さく苦悶くもんの声を上げる。

 左手の剣を手放しセヴァレス辺境伯は魔王を突き飛ばした。仰向けに倒れたその瞬間を逃さず騎士が剣を振り下ろす。地面を転がり難を逃れた魔王は、両手両足で地面を叩き仰向けのまま、真上の空に舞い上がった。直下をセヴァレス辺境伯の投げつけた剣が魔王の外套を二つに切り裂く。


「逃がすか。」


 追撃の刃を浴びせんとした騎士は、体を捻って悪魔の武器を向けた魔王の攻撃で足止めされた。 

 手放した剣は左足の上に乗っている。足で持ち上げ左手で逆手に取ったセヴァレス辺境伯は右の順手と合わせ、魔法で自ら目掛けて宙を蹴った魔王を迎え撃った。

 悪魔の武器が放つ輝きが黄金の鎧を叩く。しかし怯むことなく、セヴァレス辺境伯は渾身の力で突きを、その正体を隠している魔王の兜へと繰り出した。

 両者がすれ違い、魔王は地面を前転しセヴァレス辺境伯と同じく振り返った。


「忌々しいものだ。その鎧は並の物ではないな。」


「覚悟しろ、魔王。のこのこ戦場へと現れたこと、後悔させてやる。」


 魔王が立っていたのは、姿を現した時に立っていた場所だった。セヴァレス辺境伯を中央にして二人の騎士と共に崖へと魔王を押し込む位置にある。剣を鞘に納め、魔王は言った。無防備な様子であったが三人は油断しない。


「先も言ったが、この城塞が落ちることは予想外だった。もう少し持ちこたえるものと考えていた。自らを誇るがいい、セヴァレス辺境伯。一先ずの勝利は貴様に譲るとしよう。だが、これは序章にすぎん。」


 悪魔の武器がのぞかせる黒い穴を天へと魔王は向けた。それまで白い軌跡を見せていたのとは打って変わり、血のように赤い閃光が空高く昇った。爆発して四散する光跡を見てその狙いをいぶかしんだ三人だったが、ややしてセヴァレス辺境伯は思い至った推論を仲間に告げるよりも早く駆け出していた。


「いずれ決着をつける時が訪れようぞ。それまで、さらば。」


 悪魔の武器をしまうと、魔王は魔法で周囲の屋根よりも高く飛び上がった。魔王のそれとは異なる、白く大きな影が騎士達にかかる。セヴァレス辺境伯はあと一歩のところで及ばず、ドラゴンが魔王の体を鉤爪でつかみ西の空へと姿を消した。

 見送る他にない騎士達は地団駄踏んで悔しがった。

 いくつもの閃光を兜に浴びた騎士は顔を火傷して皮袋に詰められた酒で応急手当てを受け、悪魔のみが扱える魔法で魔素を吸い取られたビン隊長は仲間の肩を借りてようやく立っている。体内の魔素が無意識に生み出す魔法で非常に線の細い体を支える特性を有する種族のビン隊長もまた、見た目こそ怪我一つなかったが軽傷ではない。


「辺境伯は……あんなに強い奴と戦ったんですね。私では、どうも相手が悪いです。」


「魔王の力は以前にも増して強くなっている。」


「あんなに強力な魔法使いを見るのは久しぶりですね。それにドラゴンまでついてくるとなると……ウンザリしちゃいますよ。」


 下品な呪いの言葉を吐いている騎士達とは異なる、冷静な風に映るビン隊長の瞳にも口惜しさがにじんでいる。


「皆よく戦い抜いた。だが、まだ終わりではない。砦の物資を奪い、急いで大関門を渡らなければならない。お前たち二人は後方へ下がりドーワ男爵へこのことを伝えろ。お前たち二人は私に付いて来い。」


「もう逃げられちまったのと違うか。」


「確かめるのだ。」


 結局、ナタル将軍は城塞から落ち延びた。

 兵を集め、セヴァレス辺境伯は大関門を渡り凱旋した。

 大関門を挟んで睨み合う二つの要塞の内、アスタール王国側の要塞は放たれた火により炎上した。一晩に渡って夜の闇を明るく照らし、バルシア王国側の要塞からその様子はありありと見て取れる。


「勝利しましたな。」


「城塞を焼き払い物資を略奪できたにすぎません。魔王を討ち漏らしました。ナタル将軍を逃がすために自らおとりになってのことです。ナタル将軍を追撃した兵はドラゴン一匹のために引き返さざるを得ませんでした。勝利というには納得しかねるものです。」


「まあ、そうおっしゃるな、セヴァレス殿。名のある将を幾人か倒したのだ。おかげで参陣の遅れた貴族も重い腰を上げた。東方の戦線ではリベトゥス伯爵率いる優勢だと手紙にはあったのだろう。国王陛下も間もなく到着されるだろう。それまでの辛抱だ。」


「ジンダス=ガトン帝国は敗れ去ったとのことです。数に勝りながら右翼を攻め立てられて反撃もせずに逃げ去るとは……。」


「しかし、時間稼ぎをしてくれましたな。元々、我々の手で倒すべき存在です。ジンダス=ガトン帝国がアスタール王国を破ったとしても、魔王の首を狙っておられるセヴァレス殿にしてみればそれもまた不本意なことでしょう。」


 酒をあおることは出来ないが騎士団の面々は、今頃は自らの武勇を仲間に自慢していることだろう。彼らには勝利すると迷わず断言して見せても、千年の栄華を誇る王国に差しかかる暗雲がセヴァレス辺境伯の心の内に影を落としていた。

 大関門での人質交換によって解放されたリベトゥス伯爵は、王党派でありながら王家に忠義を尽くさんとする自らの失脚を図り、貴族派と結託する動きを見せていた。平民出のセヴァレス辺境伯はドーワ男爵や下級貴族の人気があったが、彼らは政策決定には無力である。

 ドーワ男爵は王家の遠縁に当たり、博識で穏やかな性質が様々な利害対立の調停に役立てられてきた。しかし、優柔不断な短所を明らかにしつつあるバルシア王ユランのもとでは、老齢もあり本領を発揮出来ずにいた。

 

「大関門上ではドラゴンが上空から炎を浴びせてくるでしょう。攻城兵器を建て、矢と魔法も合わせてこれを防いでは如何でしょう。」


「良い案ですが、兵の負担が増えます。大関門上は風も強く部隊の攻撃力を削ぎます。前線は私自ら我が騎士団を率いましょう。」


 きたる戦いへとバルシアは備える。





■■ 





 城塞から落ち延びるドラゴン。大気を掴んで空に舞い上がる翼が上下に振れる。

 鉤爪につかまれていた魔王がうめいた。


「おい……緩めろ、力を緩めろ。我を絞め殺すつもりか。」


【ああ……済まぬ。】


 酸素を求めて魔王は大きく息を吸った。

 魔王は前線に立つことをもっぱらとする。窮地に陥った時のための合図を相談し、脱出の練習までしていた。その時もやはり力を込めて魔王を掴んでいたが、練習して的確な力加減を知っているはずである。


「やれやれ、らしくもなく緊張したのか。」


【まさか。】


 魔王は小気味よく笑った。


「そういうことにしておこう。さて、ナタル将軍の方は逃げられたか。」


【敵の兵が押し寄せていた故、焼き払った。】


「それでよい。きのいい悲鳴が響き渡ってさぞかし見物だっただろうよ。惜しいものを見逃した。」


 ジンダス=ガトン帝国は脆くも崩れ去った。

 アスタールの精鋭第一軍を右翼に配置して自ら先頭に立った魔王の攻撃により、ガトン軍は戦いの趨勢すうせいも定まらぬうちに逃走。戦場を放棄した右翼に全軍が動揺しジンダス軍も退却したためアスタール王国の勝利となったのである。

 そして戦場の死体もまだ焼き終わらぬ中、狼煙による連絡で城塞の窮地を知った魔王は、ドラゴンまたがり空を駆けてナタル将軍の窮地を救った。


「しかし、オズワルドの時間稼ぎは思いの他、早く見破られたな。魔法によって気付けるはずがない以上、奴らはお前を警戒して出てこないものだとばかり思っていたが。

 何にせよ厄介な敵だ。あれと正面から渡り合える騎士が我が王国にはいない。まったく、腹立たしいものよ。」


【あの金色の鎧の者か。セヴァレスというのは。】


「強い男だった。口惜しいが我が王国の騎士達よりも、奴の率いる騎士達の方が勇敢で鍛え上げられている。」


【お前の真似をしているだけだと言っていたのではないのか。】


「農民や浮浪者を集めて部隊を作ったのは真似に過ぎないが、奴と奴の騎士団は我が常備軍を作る遥か前からバルシアの先王によって鍛え上げられた選りすぐりだ。ただの兵と騎士とでは格が違う。」


【お主の兵は皆、騎士ではないのか。】


「名前など、所詮は記号にすぎない。軍団兵には騎士の称号を与えたが、それがそのまま騎士の強さを得ることではないと分からぬお前ではないだろう。

 愛国心と自信を植え付け集団的で統一された軍事行動を取れるようにする訓練の一環なのだ。それに既存の騎士階級の力を弱める狙いもある。本質的には騎士などではない。」


 アスタール王国内には、兵数三千の軍団が四つと警備と警邏けいらを担当する軍団一つが創設された。

 軍団兵には末端に至るまで「騎士」の称号と共に給与と兵舎が与えられる。マニュアル化された軍事訓練と思想教育、及び学問教育に明け暮れながら郷里より呼び寄せた家族と暮らし、魔王により時折振る舞われる酒をあおるのが軍団兵であるアスタール騎士の日常である。

 一般兵に対し将官は軍団兵の称号と下賜かし品に加えて「卿」の名乗りが許される。「ナタル将軍」は、同時に「ナタル卿」である。


「あの城塞は警備兵をナタル将軍が率いていただけだ。訓練が不足していたのやもしれんが、セヴァレスの勝利であることは間違いないだろう。」


【敗北したという訳か。】


「最後の勝利のために今は結果を受け入れるほかにあるまい。」











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