表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔譚  作者: 御劔浄
第一章 王起ち、翼開く
11/19

第十一話










■■





 王都に駐屯する軍勢の出発は三日後と決まった。玉座に君臨する魔王に秘書官であるメフィナは今後必要となる手続きや人事について説明をしていた。


「ああ、まったく硬くてかなわん。なぜこうも座り心地の悪い椅子を玉座にしたのだ。」


「恐れながら、それは誰もが羨む椅子に御座いますわ。初代国王陛下がお使いになり代々受け継がれたものに御座います。」


「初代の王とやらは生粋の武人だったのだろう。三つ数えるよりも長く座っていなかったに違いない。」


 皮肉を受けて冗談で返した魔王に、メフィナは上品な笑みを浮かべた。


「仰る通りに御座います。北方の王より命を受けてこの地を征服した将軍だった初代国王陛下が、反逆の嫌疑を受けた折にこの地に王国を築いたとされています。」


「適当に国内が落ち着いた頃合いを見計らって職人を見繕ってまともな椅子を作らせろ。綿わたを詰めた平たい袋も、だ。尻が痛くて政務に身が入らん。」


「畏まりました。その椅子は如何なされますか。」


くだいて暖炉にでもくべてしまえ。……いや、当てがあるなら余所の物好きに高く売り払え。金は大いにあって損はない。」


 ケルヴァー将軍の血を引くメフィナ嬢は、祖父の推薦通り職務を遂行するに十分な資質を有していた。縁故人事か、何かの悪い冗談だと思っていた魔王はその考えを改めた。

 またメフィナ嬢は別の方面で貴重な人材でもあった。玉座の背後に眠る竜に怯えず言葉を交わすことが出来たのだ。多くの文官はその巨躯におののき、膝を震わせた。失神した者さえいる。

 初めて目にしたときのメフィナ嬢は足を止め目を見開いただけであり、自らを見つめる赤い瞳にも僅かにたじろぐだけであった。あるいは、必死に堪えているだけなのかもしれないと思った魔王は、あまり怖がらせるのもよくない、と口を開いた。


「案ずるな。我が命なくしてお前を傷つけたり、殺したりはしない。」


「左様に……御座いますか。」


「くれぐれも機嫌を損ねぬことだ。我が目の届かぬ内に食われるやもしれぬゆえ。」


「……。」


「我に対するのと同じように最大限の敬意をって接する限り、お前の身の安全は保障しよう。我がドラゴンは誇り高い。そして敬いを知る者には相応に応えることを知っている。そうだろう?」


【いかにも。】


 玉座にとぐろをまいて大きな首を玉座の隣に据えているドラゴンは首を振った。


「仰せの通りにいたします。また、王宮に出入りする者達にも徹底させましょう。」


「そうだな。我がドラゴンを侮辱することは我を侮辱するに等しい。」


「畏まりました。」


 うやうやしく自らに首を垂れる様子を、ドラゴンは魔王にも理解し得ない表情で見つめている。ドラゴンは魔族を嫌悪している。いかなる所以ゆえんがあるのか魔王は知らないが、自らのそれと似たものであることを感じていた。

 魔王にとってドラゴンは最も親しい友人にして協力者である。同等の敬意を求めることは何も不自然に思われなかった。


「ところで話は変わりますが。」


「何だ。」


「陛下は王杓おうしゃくや王冠をお使いにはならないのですか。」


「あるではないか。」


 魔王が兜越しに顎をしゃくった先には赤い目をまばたかせた竜がいた。一瞬、きょとんとした表情を浮かべたメフィナ嬢はその意味を理解すると、余裕を感じさせる笑みと共にうなづいた。魔族の言葉を理解できないドラゴンだけが首をかしげるばかりだった。




 

■■





 クァンテンの戦いから一月あまりの一連の小競り合いで、魔王とその軍勢は反抗する貴族を次々と捕らえては処刑し、あるいはその所領から追い出した。一方で王都を脱出し、領地の没収と爵位剥奪はくだつという到底受け入れられない条件を突き付けられた貴族の対応は常ならぬ素早さがあった。

 農民から搾取した私財を惜しみなく投じてかき集められた傭兵と寄せ集めた農民兵の数は早くも六千を超えていた。ハンメンス伯爵のもとに合流した貴族は、彼らには卑近な政治闘争を中断して魔王を討つことで合意し伯爵を指揮官とした。


「我らに退路はない。死かしからずんば勝利か。戦うより他に生き残る道はない。奮い立て。」


 対する魔王は河川を背後に軍勢を布陣させた。

 三千弱の一部に傭兵を含む農民兵はドラゴンの存在に慢心していたが、数に勝る敵軍に追い詰められた形となったことに気付いた。そして動揺するその最前列に魔王は竜にまたがり空から舞い降りた。竜の背に立ち、剣を抜き放ったその威容に一帯は静まり返る。

 我は皆と運命を共にする。地に降り立った魔王が告げた。

 つい先日までスキクワを手にする農夫でしかなかったアスタール兵達は連戦に鍛えられ、幾度いくたびもの勝利が自信を与えたことで追い詰められたその身を強兵に変えた。ドラゴンと魔王がいることを思い出したのだ。


「魔王様に続け。」


 先陣を切ってただ一人駆け出した魔王にアスタール兵は気炎を上げた。竜の加勢を得るまでもなくアスタール正規軍は貴族連合を圧倒する。必死にドラゴンの猛攻を防いでいた魔法使いは刃のもとに倒れ、総崩れとなった貴族連合の兵はその多くが降伏し、捕虜となった貴族は刃を以って一人も残さず惨殺された。

 もはや、旧アスタール貴族はその勢力を維持することは出来ない。未だ兵を差し向けられていない日和見を決め込んでいた貴族も助命を条件に服従する者が相次ぎ、旧アスタール体制は息絶えて新たな王は名実ともに支配者となった。

 降伏した農兵は郷里に返された者の他に一部が吸収され、傭兵は服従か死かの選択を迫られ強制的に参陣を強いられた。追撃を控えたアスタール軍は陣をき兵を休ませると共に部隊を再編成することを決めた。軍議の席上には秘書官であるメフィナ嬢、ナタル卿改めナタル将軍、両将軍により大隊長に任じられた騎士達に加えてドラゴンの姿がある。


「御見事に御座います。しかしながら、陛下自ら兵の前に立つのはやはり納得がいきません。あまりにも危険ではございませんか。」


「王が動かねば兵は動かん。我が意をひるがえすつもりはない。危険はもとより覚悟の上だ。」


「畏まりました。」


 知らせたいことがある、メフィナ嬢は言った。


「祖父からの便りにはバルシア軍が再び動き始めているとあります。大関門の西地域に亡命を始めた貴族を支援するものと思われます。いかがなされますか。」


「迎え撃つ。だがその前に聞いておこう、大関門とはなんだ。」


「海の上にかかる巨大な橋です。千年の歴史を持つバルシア王国よりもさらに古くから彼の地にあるそうです。我が国とバルシア王国との間で長きに渡り戦場となりました。現在は両岸をバルシア王国に抑えられております。」


 バルシア王国の出兵は、亡命する貴族と地元の領主の要請によるものであるとナタル将軍は推論を述べたが魔王は何も答えない。兜に隠されたその表情をうかがい知ることは出来ない。

 ややして、様子を尋ねたメフィナ嬢に魔王は何でもないと応じたが、ドラゴンが同じく尋ねた言葉には答えた。


「ああ、懐かしいことを思い出していた。他にもまだ残っているものがあるとは思わなんだ。」


【大関門のことか。】


「そうだ。お前には教えたことがあっただろう。」


【お主が言っていたプラなんとやらか。道路と同じく、あれもその類か。】


「ご名答。」


 ドラゴンと魔王の会話に差し入る隙間はない。メフィナ嬢を始め、諸将は黙ってその様子を見守っている。アスタール兵は自らの王の残虐さに恐れをなしたが、同時にドラゴンを操るその神秘性が魔王への崇拝を生んでいた。

 また浄化の力で魔法を退け魔素を奪い取るその様は、魔法の知識を持たない兵達の目にはあたかも魂を奪い取る邪悪な魔法のように思われた。さらにはアスタール軍に所属する魔法使いまでもが未知の力に首を傾げ、そのことは魔王が操る浄化の力を広く知らしめる一端となった。

 アスタールの誰もが、魔王エーヴィンが尋常の王ではないと知るようになっていた。


「話を戻そう。」


 魔王は見上げていたドラゴンから視線を落とした。


「バルシア王にはクァンテンの戦いで我らが深手を負わせたものと思っていたが、生き残っていたとは意外だった。」


「そのことですが、バルシア王は病床にあるとの噂です。しかし、深手を負わせたとは一体何のことでしょうか。」


 ナタル将軍が問いかけた。クァンテンの戦いでの魔王の戦いはまだ知られていない。そのことを思い出し魔王は一部始終を語って聞かせた。


「クァンテンの戦いの折、お前達が雑兵共を蹴散らしている間に戦場を離脱したバルシア王を追って攻撃を仕掛けた。黄金の鎧を着ていた者にドラゴンの息吹を浴びせてやったが、紫色の模様が入った鎧の騎士に邪魔立てされて止めを刺せなかった。返す返すも忌々しい騎士だ。」


「恐らくはバルシア王国の近衛隊隊長セヴァレスに間違いありません。剣を交えたのでありますか。」


手強てごわい相手だった。あれほどの男は見たことがない。あの強さは認めねばなるまい。」


「あれはバルシア最強とうたわれる男です。百を下らぬ数の騎士や魔法使いが彼の騎士に挑み、そして討たれました。よくぞご無事で。」


「近衛隊隊長セヴァレスか。……我がドラゴンよ、覚えているだろう。お前に剣を突き立てた騎士を。」


【あの騎士か。さしものお主でもあれは倒せまい。】


「戦場に現れたときは、我が竜と共に我自ら相手する。たとえ、やつが戦場に現れようとも我らの取るべき道に変わりはない。ナタル将軍、諸々(もろもろ)の手筈てはずを整えよ。」


おおせのままに。」


 魔王は一同を解散させた。

 陣幕に囲われた広場は机が取り払われ、。ドラゴンとただ二人きりとなる。ふと目についた白い鱗を拾い上げた魔王は、くだんの近衛隊隊長セヴァレストの戦いを思い出していた。

 突然背後に詰められ咄嗟のことに魔王は手にした銃を乱射した。ドラゴンが住まいとしていた地下の遺構で手に入れた今は亡き兄の形見は、二十一世紀後半に発見された第三次元元素群を利用した兵器であり、それまで人類の主要兵器であった実弾銃とは異なる。

 それは元素銃と呼ばれていた。

 長い軌跡を空中に残しながら弓なりに飛び、属性に応じた効果と共に強い衝撃を与える武器である。鎧を貫くことは叶わなかったが、特別な改造を施されたその衝撃は大きい。姿勢を崩して翼へと落ちたセヴァレスへ追い打ちをかけた魔王は銃を乱射した。セヴァレスに命中しなかった光線はドラゴンの翼に命中していた。


「面白いことを思いついた。」


【何だ?】


「お前から剥がれ落ちた鱗で我が鎧を作ろうと思う。軽くて元素銃の攻撃にも耐えるほど頑丈だ。今の鎧はあまりにもみすぼらしい。この鎧ならば王者のはくが付くというものだ。」


【お主、よもや我が肉体から剥ぎ取ろうと言うのではあるまいな。】


「まさか。がれ落ちた鱗を集めるだけだ。そんなことをするものか。」


【また妙なことを思いついたものだ。】


「今に始まったことではないだろう。気に入らないか。いつまでもこの鎧を使うのは王の沽券こけんに関わると我は思うのだ。」


【好きなようにするがよい。我が手を離れたものに興味ない。】


 ドラゴンの白い鱗からは白い鎧ができるに違いない。白銀の輝きとは異なる純粋な白の鎧となるだろう。継ぎぎだらけの不恰好な今の鎧とはそれまでの付き合いである。

 秘書官のメフィナ嬢を呼び寄せた魔王は、王都に留まるケルヴァー将軍への書簡に腕の立つ鍛冶師を集めるように口述筆記によってしたためさせた。魔族の文字は魔王が見たことのないもので、書くことはもとより読むことすらままならない。魔王が玉座に就いて最初に決めた秘書官の設置を急がせたのはこのためである。

 

「ケルヴァーの様子はどうだ。」


 戦場に寝台はないが、あたかもくつろぐかのように魔王はドラゴンの翼を背もたれにして体を預けていた。


「……祖父のことでございますね。」


「他に誰がいるというのだ。

 奴には官僚制度の立案と施行を任せたが、恐らくはうまくいっていないだろう。ありとあらゆる人材が不足している上に、登用するうえでの判断もすべて一任してきたからな。政治を執り行っていたのが貴族ばかりであるのが悩ましいものよ。」


「宰相として既に数人ほど推挙している者がおり、陛下の判断を仰ぎたい旨の報告が御座います。」


「すべてはバルシア軍を追い払ってからだ。ケルヴァーが迷うというのならば王都へ帰還してから我自ら見定めるとしよう。やつにはこの制度の趣旨を伝えてある。我が戻るまでの中継ぎ程度はこなせるはずだ。」


「では、そのようにお伝えします。」


 仕事を終えた魔王は両腕を伸ばして背伸びをすると、兜に手をかけて動きを止めた。竜の翼の下で魔王は眠る。暖かいからという理由もさることながら暗殺の危険を避けるためでもある。そしてその時にだけ、魔王は素顔をさらしていた。

 普段ならばメフィナ嬢が気を利かせてドラゴンを囲む天幕から退出している。しかし、小机の傍に置かれた椅子に腰かけたまま、出ていく様子がない。


「何か聞きたいことであるのか。」


「私に聞きたいことはありまして?」


 メフィナ嬢には慇懃無礼いんぎんぶれいなところがある。自らに恐れおののく者達がほとんどの中で腹立たしく思えたが、しかし同時に面白いと魔王は思っていた。ケルヴァー将軍の唯一の血族でなければこのような態度は、まず取れない。魔王が思い通りに出来ないのはドラゴンとこの秘書官くらいである。


「さて、お前が何をしたいのか理解しかねるが、一つだけ聞きたいことがあるとするならば。」


「あるとすれば?」


「ケルヴァーのことだ。」


「…………。」


「ケルヴァーが我に服従した事のあらましは聞かされているだろう。我が奴を脅して屈服させたというていになっているが、実のところ、我はあまりに落ちていない。奴は半殺しにしても簡単には屈しないものだと思っていた。事実、我はそうするつもりでいた。

 それが思いのほか、呆気なくも容易たやすく我に従うことを決めた理由を図りかねているのだ。いくらお前の名を挙げて脅した程度で国を売るとは思わなんだ。お前には何か思い当たる節はあるか。」


 感覚を研ぎ澄ますかのように目を閉じたメフィナ嬢は、幾ばくかの時を逡巡して口を開いた。


「私の父は、戦死したと伺っております。昨年の戦争の折、バルシアへの攻撃を決定された先王の命令に従い父上は手勢を率いて大関門を渡りましたが、大関門を牛耳る貴族とバルシア王の策略で糧道を絶たれたアスタール軍は敵中に孤立したのです。

 敵中を突破してアスタールへ戻ったのは五分の一にも満たない数でした。ナタル将軍もその際に従軍されていましたが、漁民に金銭を渡して何とか難を逃れたそうです。しかし、お父君は敵を食い止めるために敵中へ斬り込み、虜囚の恥を嫌って壮絶な最期を遂げられたと伺っています。

 御爺様は先王の決定に反対されておりましたが、父上が亡くなったことを知って大変お怒りでした。」


 俯き寡言なその面持ちに魔王は下がって休むように命じた。


「バルシアという国は我が想像する以上に手強いかもしれん。」


【二度も破ったのではなかったのか。】


「大関門というのが問題だ。下手にお前が暴れると壊れるかもしれない。魔法も同じだ。そうなると純粋な力で戦わざるを得ない。今後の征服の為にもあの橋を失うわけにはいかないからな。しかし、バルシアにはセヴァレスがいる。何か手を打たなければならなくなった。」


【では、どうする。考えはあるのだろう。】


「無論だ。」


 魔王は(ドラゴンに言った。


「誰も言わないので不思議に思っていたが、恐らくは知られていないのだろう。……あの海にあるのは橋だけではない。」











評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ