仕事のミスと職場のあり方
私は今の職場には一か月ほど前に転勤してきたばかりです。
ようやく落ち着いて仕事ができるようになってきたところですが、つい先日、私がやってくる半年前に発生した事柄の処理について重大なミスがあるのを発見しました。速やかにしかるべき相手に届け出を行うべきものが、半年にわたって放置されていたのです。
この事案、職場のあり方という観点から非常に興味深いものであるように思いましたので、ちょっと語っておくことにします。
私は営業所の所長という立場にありますが、私の前任を山田としておきます。この人は今回の人事異動で定年退職していきました。
で、社員が三人います。入社八年目の阿部、六年目の伊藤、そして二年目のルーキー上田。三人とも三十歳以下ですから、所長の山田を除けばだいぶ若い職場ということになります。
さて、事の起こりは昨年の秋ごろ。
山田所長が上田社員を呼び
「〇〇局(社外の団体です)へ届け出る書面を作成しておいてくれ」
と、命じました。
この届出書面、専用のシステムを使って必要事項を入力していくことで比較的簡易に作成することができます。Wordなどでゼロから、自分で文案を考えながら作成していかなければならないような書類ではありません。
上司から仕事を言いつけられた上田君、なんとかその書面を作成します。
なんとか、と表現したのには説明を要します。まだ入社二年目の彼は、どうやらそういう業務がある、という認識だけはありましたが、詳細も重要性もよく理解できていない。あらたまって誰か先輩社員から詳しく教わった、ということもなかった。山田所長から言われるがまま、やってみたらとりあえずそれらしいものが出来上がった、というレベルです。専用のシステムがあるおかげといっていいかと思います。
ところでこの届出書類、作成してから一週間以内に指定の窓口へ提出しなければなりません。
が――それがなされないままよりによって半年以上放置状態にあるのを、転勤してきた私がたまたま見つけてしまった、というのが今回の事象です。
これだけなら山田と上田の間の話になるのですが、残りの二人、阿部と伊藤も無縁ではありませんでした。この両名、入社からそれなりに経って業務経験もありますので、上田が言いつけられた業務については当然知っています。かつ、彼が山田所長からそれをやれと命じられたのも承知していたのです。届出書類をしかるべき場所へ持っていかなければならないという決まりもわかっていました。
さてこのケース、悪いのは一体誰でしょう?
などと犯人探しをするのがこの稿の目的ではありません。
もうおわかりかと思いますが、山田以下社員全員、行動や態度にそれなりに問題点があります。つまり、職場の全員に問題点があるということはすなわち、職場のあり方に問題がある、という言い方ができます。職場のあり方というのは、仕事の役割配分や業務の管理方、職場内での伝達や新人に対する指導教育方法といったものを指します。言い忘れましたが、シフト制の職場ではいつも全社員が顔を揃えているわけではありません。また、今回のように突発で発生する業務では、従前から誰かに担当が振られていない場合もある。そういう条件があるからには、一つの仕事がいつでもきちんと完結されるような仕組み、ルールを構築しておかねば上記事例のように「漏れ」が起こってくるのですね。もちろん、世の中の全ての会社や組織や職場においてそうである、ということを言っているわけではありませんので、誤解なきように。
私なりの整理を述べていきます。
まず山田所長。事情を調べてみると、上田君に仕事を投げっぱなしでした。まだよくわかっていない彼に対し、処理の重要性やら、そのあとどうするのかといった説明を一切行った形跡がない。最悪なのは、命じた山田本人がその後指示も手当てもしていなかったらしい(状況からの推察ですが)のです。忘れてしまったのか、あとは上田か他の社員がやってくれると思ったのか、このあたりはわかりませんが。上田社員がまだ未熟であるのを承知しておきながら指導も教育もせず、かつ命じた仕事の管理もやっていない。あえて言いますが、この事案でもっとも罪が重いのはこの人だと私は解釈しています。いかがでしょうか?
それから上田君。いろいろ事情があるのはやむを得ないのですが、彼の問題点は「やりっ放し」だったというところにあるかと思います。命じられた業務が完了したのなら、命令元である上司のところへいって「できました」と報告するのが筋です。しかしながら彼の悪いところは「山田所長から言われたのでやっておきました」で終わってしまっている。彼は入社して日が浅いためにその業務の重要性を認識できておらず、あるいはやり方について指導教育がなされていなかったという弁護すべき点もあるにはあります。しかし、やりっ放しで半年間放置し続けたというのは仕事の姿勢として決して了とされるべきではありません。この点「新人に対してそれは厳しいのでは?」という意見もありましょう。あえて割引をするならば、新人の責任感を確実なものに育て上げていくのは上司先輩の常日頃の指導にある、ということもいえるかと思います。
一つ補足しますが「新人が話しかけにくいような雰囲気が山田所長にあったのでは?」というような、人間関係の問題点は該当しませんのであしからず。山田は人格者ではありませんが、しかし上田君との関係が良好にあったことは確認しています。
最後に、阿部と伊藤。彼らは免罪と言いたいところですが、まだよく理解が及んでいない上田君が業務を命じられており、かつそれが期限付きのものであることを認識しながら捨て置いたのはいただけません。直接業務命令を受けていない二人に対して酷ではないかという見方もありましょうが、問題が大きくなるのを知りながら見て見ないふりをしたというのは多少の責任を伴います。
以上、事象が起きた当時の全員について考えられる問題点を指摘しましたが、しかし繰り返しますが問題の根本は職場のあり方、仕組みにあります。列挙しますと
・職場の管理者が業務管理を怠っている(これは山田本人に帰せられる問題点ですが)。
・責任をもって遂行する業務担当者を割り振っていない(=仕組みの問題)。
・特定の担当者を設けない場合、粗漏なきように引継を行えるような体制、仕組みが設けられていない。あるいは、発生している業務を職場全員で認識共有できるような状態になっていない。
・経験の浅い社員に対する業務上の指導、教育が不十分である。
といったところでしょうか。今回のケースは職場としての仕組み、ルールを明確にしていくことで防げるものです。そういう修正をしないで社員個々の責任にすり替えていたのでは、いつまでたってもミスやトラブルをなくすことはできません。特に、職場全員に何らかの責任が認められるような場合、それはそもそも職場や仕事の仕組み、ルールに問題があるから起きるのです。だから、全員に問題点があるということになってしまう。
今回の一件を受けて、私は上記四点の課題を解決すべく対策を考えているところです。
阿部、伊藤、上田、それぞれ仕事に対して熱心ですし、各自個性と能力を十分に具えている。それらがきちんと歯車のごとく組み合わさることによって組織としての実力は発揮されていくのです。個々が一騎駆けでばらばらにやっていたのでは、いつまでたっても職場はいいものにならない。
そしてそのように持っていくべく成案を整え、実行するのが長であり管理者である私の役割なのです。