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過ちは繰り返される

 業務から少し逸れますが、アフターに関するお話です。

 少し前までは「飲ミュ二ケーション」などという造語があり、勤務時間外にも職場の人間関係の円滑化を図ることが大切だ、みたいな主張が世の中に多くはびこっていたように思います。これは特定の世代といいますか、特定の年齢層がよく口にしていたような印象がありますが、このあたりは私個人の見解です。もっとも、それらの意見を要約すれば十中八九は「仕事の後の飲み会にはみんな来るべきだ」という言い分に落ち着くかもしれません。遠慮のない(肯定派の)人などは「せっかくの交流の場を断る社員は自分勝手だ」というような、たいそうな主張をしていたりしましたね。ちょっと暴論に近い。

 ただ、火が消えたようにしてめっきりと聞かれなくなったことから察しまするに、やはりこの種の主張には世代的な支持が裏打ちとしてあったと考えていいと思います。その世代の大多数がリタイア(=退職)してしまったがために、世間一般からこの意見が風化しつつあるのでしょう。そしてまた、このごろは頓に「パワハラ」が取りざたされておりまして、飲みの席に参加するよう強制することは立場や年齢を笠に着た一種の暴力であるとみなされつつあります。女性ならセクハラにあたりますね。ひと昔前なら暗黙の了解視されていた事柄が、現代では通用しなくなっている。こういった事情も背景として考えることができましょう。

 私も入社して間もなくのころですが、飲みに関する強烈な思い出があります。

 まだ新人研修期間中、一日の教育が終わって新人同期がみんなで集まって飲みに出たまではよかったのですが、帰宅後に「明朝は早く来るように」と同期の間で連絡が回ってきたのです。何事かと思って訊いてみれば、招かれなかった研修の担当講師が激怒しているから全員で謝罪をするという。それで翌朝、全員で整列して一斉に頭を下げた我々にその担当講師は言いました。

「こういう時は世話になっている担当講師を誘うのが礼儀だ。やってしまったことは仕方がないが、私は君たちと飲みに行きたいと思えなくなった」と。

 どうなんでしょうね。そうであるような、そうでないような? やや不貞腐れたコメントであるような気がせぬでもないのですが。計画的なものであるならともかく、突発の飲み会ならやむを得ない部分もあると考えるのは甘いのでしょうか。

 もう一つ。

 それから二か月ばかり経って配属先で業務に就き始めて間もなくでした。職場の人間で飲みに行くことになり、二軒目では私はあまり具合がよくありませんでした。アルコールはきついと思い、ウーロン茶を注文したところ、それを耳にした上司である職場の長は不愉快そうに

「上司が酒を飲んでいるのにソフトドリンクとは何事か」

 今ならこれ、完全にパワハラ事案ですよね?

 加えて、その人は言います。私が若い頃は、吐いてでも飲んだものだ、と。

 いやはや、ひどい時代だったなぁと思います。

 まあ、これらの思い出も割とろくでもないのですが、もっとも悪質だと思えるのは、私の直属の管理者であった人物です。この人はセクションが同じなので業務が終わる時間も同じということもあり、たびたび飲みに引き摺られていきました。で、酒が回ってくると毎度だいたい同じ話をするのです。自分の若い頃の(かなりどうでもいい)思い出話か、もしくは仕事上の説教。

 閉口しますよね。無理矢理飲みたくもない酒を飲まされた挙句、そこからまた仕事の話でぐちぐち言われなきゃならないのですから。

 歳月が流れそういう苦行(?)を経て中堅とよばれる年齢になった私に後輩ができました。

 ある職場で一緒になったC君は非常に頭が良くて仕事が早い。その彼は、仕事上の相談ごとができると何かと私のところへ来ます。無駄とか建前で業務を飾るということが嫌いだった私の突き刺すような主張や意見が、合理主義的なC君にはことのほか心地よく聞こえていたようです。自然と仲が良くなり、週に一度は一緒に飲みに出るようになりました。

 頭の良いC君は聞き上手です。まずはうんうんと耳を傾けていて、一定のところで「それというのは、こういうことなんですね?」と、相手に確認するのですが、これが実に的確。喋っているほうは気持ちがよくなります。

 そしてある晩、いつものように居酒屋に入って仕事のことでなんじゃかんじゃと話していた私は、ハッとしました。

 気が付けば――自分の過去の話を延々と聞かせているではありませんか。

 これというのは、かつて私が直属の管理者からされてもっとも嫌なことだったはずです。

 そういうことを自分は決して後輩に対してするまい。誓ったはずなのに、いつのまにやら同じ愚行を繰り返してしまっていた。非常に衝撃を受けました。C君は「私にはとても参考になっていますので。神崎さんとその管理者の方とは違うと思いますよ」と、これまた泣けるような絶妙のフォローを入れてくれました。が、私はその言葉に甘えることはできませんでした。酔って後輩に(一方的に)昔話を聞かせるなどというのはものすごく嫌な行為でしたし、まして同じことを知らぬ間にやってしまっていた自分自身に嫌悪感を抱きましたね。

 今は改善されているのかどうか、自分で自分のことはよくわかりません。

 まあ、酒の席で仕事の話はしないようにしていますけれども。

 いろいろな人の事情を耳にする限り、やはり昔話を聞かせたがる上司先輩というのは多く、そしてそれにうんざりしている若い人たちは同じくらい多いようです。

 求められて喋るのは別として、酒の場での昔話は最大限に慎んだほうがいいように思えます。

 さらにやめたほうがいいのは――部下後輩を無理矢理酒の場に連れていくような行為でしょうか。

 飲みに行かない若い社員が悪いんじゃないんです。

 魅力ある上司なら、黙っていても「この人となら飲みに行ってもいい」と思ってもらえるものです。つまり、一緒に飲みたいと思ってもらえない、魅力を感じさせない上司先輩が悪いんです。

 これは間違いない。

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