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爪先の境界線シリーズ

爪先の境界線 ―シュウト―

作者: 壱宮 なごみ

安心してください。きっと、何も起きませんよ。

 夢を見た。


――「何をしてるの、シュウト」


 何を、と言われても何とも答えられない状況だった。なぜならその夢の中、俺はただ四方を美しいステンドグラスに囲まれた教会の中心に佇んでいるだけだったからだ。俺に質問をしてきたのは幼さ残る少年の声で、応答のない質疑は続く。


――「どうして動かないの、シュウト」

――「何か後ろめたいの、シュウト」


 いや、わかんねぇって。教会なんて実際入ったこともねぇのに、何かこの夢やたらリアルだし、ステンドグラス綺麗すぎて逆に不気味だし、つーかそもそも声の主どこだ?


――「このままだと、また同じことになるよ」


 一体何なんだ、俺は何かをすべきなのか? それとも……これが悪魔の囁きで、俺は動かないべきなのか? まぁ動くとか動かないとか、よくわかんねぇけど。ふと、右手側のステンドグラスに目を向ける。それは、聖母マリアを(かたど)ったもので、どうしてか俺の中に「魅了」という感情が湧き起こった。



「……え、ねえ、シュウト?」

「あっ、え、次、俺?」

「そうだよ、引いて」

「引いて、って……コレ引いたらナズナあがりじゃね!?」

「うん。さっきペア揃った」

「おいマジかよカズキー」

「俺のせいじゃないぜ。ナズナの引きの強さは阻止できるとかそーゆーんじゃないだろ」


 ご近所で幼馴染みの俺たち4人、その恒例行事が、ジュースのおごりを賭けたババ抜きだ。今日も勉強会(=ファミレスに寄り道)ついでにドリンクバー代を賭けている。こないだカズキん家では負けたけど今日は負けねぇ。

 いつからだったか、確か小学生の時、アサミが勉強会にトランプ持って来て、息抜きに始めた。ポーカーやスピード、七並べに神経衰弱……色々やったけど、やっぱババ抜きが一番単純で面白ぇなって定着した。ジュースの奢りを賭けるようになったのは、多分中学入ってから。

 小学生の頃からナズナは圧倒的に強くて、ホント、守護霊とか憑いてんじゃねぇかなって思うくらいだ。カズキもそこそこ強いけど、それは多分だけどアイツ、涼しい顔してめちゃ頭使ってっから。高校でも将棋部だし、こっそり燃えるタイプってヤツ。俺と、まぁ恐らくアサミも、純粋に運任せで勝負してる。負けんのは悔しいけどナズナが小細工なしで勝負してっから、俺も同じ姿勢を貫いて、その上で勝ちたい。


「さあ勝負よ! シュウト!」

「結局またお前とドベ決定戦か……」

「何よ、文句あるの?」

「ねーよ、今日は勝つからな!」


 アサミの持つ2枚のカードをジッと見て、向かって左を選ぶ。引き抜いた瞬間、アサミの眉が下がって、俺は勝利を確信した。見れば、引いたカードはクラブのK。


「よっしゃ! あがりー」

「うそでしょー! シュウトのバカぁー!」


 ジョーカーを持ってうなだれるアサミを、カズキが「まぁまぁ」と宥める。ナズナはちょうどアイスティーを飲み終わって、「連敗しなくて良かったね」と俺に微笑んだ。


「……おう」


 ナズナは昔から無気力で、表情もあまり変わらない。あまり変化しないそのトーンに慣れているせいか、急に微笑まれて言葉が詰まってしまった。つーかナズナって、何でもないことのように調子狂わせることするんだ。だからその……困る。

 今日の席だってそうだ。俺が最初に奥の窓際座ったら、普通に隣座ってきたし。理由聞いたら「気分」とか答えるし。無表情かと思ってるとさっきみたいに突然笑うし、「どしたの?」って聞くときは必ず顔覗き込んできて、割と近いし……


――「どうして動かないの、シュウト」


 夢の中でされた質問が、脳内再生された。背筋がゾクッとして、考え事をやめる。ナズナもアサミもカズキも、ババ抜きが終わったことで宿題をやり始めていた。

 ああ、やっぱりあの声は、悪魔の囁きなんじゃねぇのかな。俺は動くべきじゃないだろ、明らかに。だって俺、この空間が好きだし。


「あっ、カズキ、数Aの教科書持ってねぇ?」

「ある。はい」

「サンキュ!」

「てか数学教師って全員鬼じゃない!? 高校生の時間が無限にあると思ってんの? みたいなー」

「でも私、数学けっこう好きだよ」

「えーっ、じゃあコレ教えてよーナズナぁー」

「うん」


 勉強そのものが嫌いなアサミに、ナズナが正面から解説する。その横顔はやっぱり無気力で、さっきの微笑は幻なんじゃないかと思うくらいだった。


 ファミレスからの帰り道。俺はふと、ブロック塀の上に乗るロシアンブルーを見つけた。前を歩くアサミとカズキは気付かず通り過ぎる。俺も通り過ぎようとした、その時。


「にゃあ」


 猫が鳴いて、俺の隣を歩いていたナズナが立ち止まる。


「あれ? この猫……」

「知ってんのか?」

「前も見た、と思う。同じ種類だった」

「この辺の飼い猫なのかもな。首輪してるし」

「うん」


 再び歩き出したナズナに、俺も続く。


――「どうして動かないの、シュウト」


 まただ。またあの声。同じ質問。妙な圧力を感じさせる、少年の声。行動を起こさなければ罪に問われてしまうような、重たい質問。

 咄嗟に振り向いたが、もうブロック塀の上にロシアンブルーはいなくて。


「シュウト?」

「ああ……いや、何でもない」

「そう?」


 ナズナは怪訝な顔で俺を見つめる。あ、ヤバい。見抜かれる。


「……何だろう。今日のシュウト、危なっかしい」

「んなこと……」


 俺は、俺には、ナズナに見抜かれちゃいけない感情がある。とっくの昔に自覚はしてたけど、やっぱ表に出すのはムリで、ナズナ以外にも気付かれちゃマズい感情だって思ってる。

 ずっとずっと、しまっておいたんだ。そしてこれからも、しまい続けるんだ。じゃないと崩れちまう。俺にとって一番居心地の良い空間が、関係性が……


「危なっかしいのは、ナズナだけど」

「えっ?」

「そーよ! ウチだって気付いたんだからねっ!」


 気付けば、前を歩いていたカズキとアサミがこっちを向いてて。きょとんとするナズナの額に、カズキがコツンと拳を当てる。


「最近また眠れてないだろ」

「何で……」

「クマ! 分かりやすすぎ!」

「昼頃から反応鈍かったしな、今日は早く休めよ」

「……うん」

「あれ? ナズナめっちゃ素直。めずらしー」

「だってカズキとアサミ、怒ってるから」

「別に俺は怒ってない」

「ウチもちょっとしか怒ってないもーん」

「……やっぱりアサミ、怒ってる」

「ちょっとだってば! ほんとにちょっと! 心配してんの!」


 ウチも夜遅くにメールするの控えるから、とアサミ。ナズナは小さく頷いてから、恐る恐るカズキを見る。


「……カズキ、ごめん」

「だから怒ってない」


 歩き出すカズキに、アサミとナズナはそっと続く。その後ろから、俺も。溜め息をつくナズナに、アサミが「大丈夫だよ、カズキも心配性なだけだから」と笑いかける。それでもナズナは、ぽつりと言った。


「カズキがああする時は、怒ってる時だし」

「デコパンチ?」

「うん」


 小さい頃からそうだった。いわゆる「デコパンチ(アサミ命名)」がされる時は、困りごとも悩みも必要以上に隠そうとするナズナに、カズキが呆れやら怒りやらをぶつける時。もちろん本気のパンチじゃねぇけど、ナズナにしてみれば結構こたえるらしく。4人の中で一番ブレないナズナが、この時だけは素直にヘコむ。


「……ったく、しょーがねぇなぁ」


 一番後ろを歩いていた俺は、一番前を歩くカズキの横まで足を速めて、声をかけた。


「カズキ、後ろ、反省してるぞ」

「だから怒ってないって」

「だったら、また安眠法でも伝授してやれよ」


 カズキは数秒俺を睨んで、大きな溜め息をついた。そう、許してやれよ。みんなうまくバランスが取れないだけなんだ。

 表に出さないことに長けすぎてるナズナ、問題を解決するのに全力出そうとするカズキ、退屈や陰鬱は晴れ晴れさせたいアサミ、そして……【最善】ばかり見つけたがっちまう俺。


――「どうして動かないの、シュウト」


 動けるワケねぇだろ。表情をほとんど変えないナズナがたまに見せる喜怒哀楽に、俺は振り回され過ぎてんだ。おかげで、ナズナ自身の微妙な変化に気付けない。気付けるのはいつだって……



 ******



――「何をしてるの、シュウト」


 また、この夢か。これからだって、特に何もしねぇよ。俺が頑張って何かする必要がねぇからな。


――「本当は、嫌なクセに」

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