最終話 流れいく時の中で
俺は白い息を吐きながら、時々ズボンの右ポケットに手を入れ、それがちゃんとある事を確認しながら家に向かっていた。
仕事が終わったのは一時間程前で、ついさっきまではとある宝石店に居た。今日は俗に言うクリスマスだ。
町にはイルミネーションが、それこそ宝石のように光り輝いている。
そして同時に、今日十二月二十五日は俺の誕生日でもある。
今年で俺も二十八歳になる。
高校を卒業した後、俺は近場の会社に入る事になった。
最初は失敗も多く、しょっちゅう上司から叱られていたが、今では俺が新入りに教える立場だ。
時が経つのは早いなぁと、しみじみ思う。
そう、時が経つのは早い。
だから…………俺が刹那と一緒にいられる時間も残り僅かなのだ。
だから、俺は決めたんだ。
アパートに着き、俺は階段を一段ずつ上がる。
俺の部屋の前まで来ると、俺は再び右ポケットを確認し深呼吸をする。
「良し、行くか」
俺はドアノブを回しドアを開ける。
「ただいま」
俺が言うと、いつもの返事が返って来る。
「お帰り~」
俺は靴を脱ぎ、ネクタイを緩めながら部屋に向かう。
部屋には、いつも通り刹那の姿が。
刹那はこの数年間、服も見た目も変わっていない。
まあ幽霊だからなのだろうが。
だが今、俺の頭は別の事でいっぱいだった。
脈が速まり、顔が熱を帯び始める。
いかん!落ち着け俺!大丈夫だ、練習はバッチリ出来たんだ!
俺は自分に言い聞かせ、もう一度深呼吸をする。
そして自分の目的をしっかり明確にする。
――俺は今から、刹那にプロポーズをする。
俺は夕食を食べ、本題に入る事にする。
俺は宙にフワフワと浮いている刹那に声を掛けた。
「な、なあ刹那、話があるんだ」
不味い。緊張で上手く喋れ無い、頭がどんどん真っ白になる。
落ち着け!落ち着け!
「ん?何~?」
そんな俺の気持ちなど知らない刹那は呑気な顔で言う。
全く、俺がこんなに緊張してるってのに気楽な奴だ。
俺は刹那に気付かれ無いようにポケットからそれを取り出し、後ろに回してスタンバイする。
そして、緊張でガチガチになりながらも、何とか考えていた言葉を紡いだ。
「刹那。俺さ、お前と会えて良かったよ」
「……え?」
刹那は急な俺の言葉に驚いている様だった。
「この広い世界の中でお前と出会えた、それは奇跡だと思う」
「未来?」
刹那の言葉が聞こえるが、俺はお構い無しに続ける。
勘違いしないで欲しいが、無視では無く緊張で余裕が無いだけだ。
「俺はお前が居たからこそ笑ってこれたし、辛い事も乗り越える事が出来た。改めて礼を言うよ、ありがとう」
そして俺は、右手に握り締めたそれを前に差し出す。
刹那に向かって箱を開けて見せる。
そして伝える、俺の想いを。
「刹那、愛してる!これからも宜しく頼む!」
流れる沈黙。
不安で一杯だった俺に、不規則に漏れる吐息の音が聞こえた。
俺は顔を上げて刹那を見る。
刹那は、両目から大粒の涙を流して泣いていた。
「刹那?どうしたんだよ?……そんなに嫌だったか?」
すると刹那は首を激しく横に振りながら答える。
「違うよ、ただ、嬉しくて……!」
刹那は袖で涙を拭い、満面の笑みで言った。
「こちらこそ、宜しくね?未来」
「……あぁ、宜しくな、刹那」
俺も、今出来る限りの笑顔で答えた。
「――懐かしいよな?俺にはつい先日の事みたいなんだ」
俺は独りで語りかける。
ちらっと腕時計を見ると、時刻はもう五時半を回っていた。
空は夕焼けに染まり、セミの鳴き声が溶けていく。
「そろそろ時間だ。また今度な?」
そう言って俺は墓を後にする。
……刹那が消えてしまうまで、本当にあっと言う間だった。
刹那がいなくなって、最初はただただ孤独で辛かったが、今は何とか元気でやっている。
あれからもう二十年が経とうとしている。
時間が経つのは本当に早い。
もうちょっとゆっくりでも良いと思うがねぇ。
そう思うだろ?
誰に言う訳でも無く言って見る。
セミの騒々しい鳴き声が、俺に共感してくれている様でちょっぴり嬉しかった。
ふと立ち止まり、夕焼けの空を仰ぎ見て、呟く。
「お前も元気でやってるよな?――刹那」
はい、どうもお疲れ様でした。
今回で完結です。
今までありがとうございました!




