6.コウタは如何にして、ユニコーンと出会ったか
コウタはこの異世界と、自分の置かれた状況を受け入れつつあった。
日中はクレアの労働を手伝い、夜は酒場に繰り出して、この世界の人々と親交を深めるよう努力をした。
たまに暇があれば、街に出かけ、城下への門をくぐることもあった。
彼が、”農場の外”での仕事を見つけたのは、そんな折だった。
それは、城下に貼られた求人の張り紙だった。”伝令、供給部隊、志願者求む”と書かれていた。
コウタは、そのまま南門詰め所に顔を出し、「あのー、張り紙見て来たんですがー」と言った。
簡単な乗馬の試験がその日のうちに行われ、即時採用の流れとなった。
それもそのはず、コウタはクレアの農場の手伝いをする傍ら、乗馬の手ほどきを受けていた。
そして、バイク便で鍛えた反射神経は、この世界において、抜きん出たものがあった。
「え? 仕事?」クレアは聞き返した。
「うん。雇われ兵士。つっても馬で走り回るだけみたいだけどね」
ここはクレアの住む小屋だった。コウタはあれ以来、ここからすぐの農場内の離れに暮らしていたが、夕食はクレアと二人でするのが日課になっていた。
「なっ、なんでよ? ここの仕事が不満なの?!」
「いや、そういうわけじゃない。ただ、給料だって俺はクレアから貰っているわけだろ? だったら俺は自分の分は外で稼いで、家賃をクレアに払う。その方が色々といいだろ?」
「そりゃあ、まあ、言いたいことはわかるけど……」
クレアは、コウタが自分から離れて行ってしまう気がした。それが、なんとも言い表せないモヤモヤとした不快な気持ちだった。
「大丈夫。農場の手伝いも、できる限りはするから」
「そういうことじゃなくて……」じゃあどういうことだろう? クレアは自分の発した言葉の裏側を自分でも探りかねた。
伝令の仕事は、コウタにとって、楽勝。それに尽きた。
バイク便の経験を活かせばこんなのはいとも容易い。
城下を抜け、街を抜け、西の港、東の防衛線、北の見張り塔、南の平原。点在する帝国軍の駐屯地に、指令書の配布や、補給をするのが仕事だった。
しかし、難点もあった。
まず、城下と、その周りを囲む街に、正確な地図が存在しないこと。
この街は、戦災復興の折り、いくつもの種族、民族が城下に寄り添うように闇市を開き、そして発展していった。東京都と同じ規模の都市だった。しかし、文明の発達はコウタの元いた世界よりはずっと遅れている。地図を描き、出版するという概念は存在していなかった。
これについては、コウタが自ら地図を描いた。行商人が独自に持つ地図を買い集め、足りない部分は実際に走ってみて書き足した。
元の世界にあった、交差点や幹線道に名前をつける文化がないこの世界だ。コウタが独自に名づけた交差点名、街道名を地図にしたためていく。
そして、元の世界にあった地図の上にひしめく名も、案外こうやって思いつきのまま名づけられたのかなぁ、とコウタは先人達に思いを馳せた。
野菜や薪を売る行商が行きかうメインストリートを”行商通り”、隣国との交易が盛んになり、港から続く道の上に宿場が乱立するようになった一角を”新宿”。ドワーフが刃物や工芸品を売りに来る橋がかかる交差点を”鍛冶屋橋”。
そうして、コウタが描いた地図が、町人や商人が買い求め、”地図”というものが帝国での一大ベストセラーとなるのはもう少し先の話である。
そして、もうひとつの難点は、馬にあった。
バイクと比べると燃費が悪い。そして、コウタの感覚では、スピードが遅すぎるのだ。
それでも、コウタは伝令兵の中では、すでに”伝説”のような速さを誇っていた。普通の人間なら一往復かける時間で、城と東の駐屯地との間を二往復してみせたのだ。
それでも、コウタは考えていた。
(バイクさえあったらもっと速いのになー)
その不満を解消してくれたのは、クレアだった。
「だったら、ユニコーンに乗ってみる?」
「ユニコーン? あの、一角獣ってやつか」
「そう」
クレアに連れて行かれたのは、普段はあまり訪れない、森の中の納屋だった。
「ここにいるのか? ユニコーンが?」
「そう。静かに……、臆病な子だから」
「クレアはそっと戸をあけた」
まず、コウタの目に入ったのは、柔らかな日の光を受け、鈍く輝く角。
そして、その根元にある、力強く、しかし優しげな瞳。
赤毛のユニコーンはそっとコウタを、その瞳を見つめていた。
なぜか、コウタにはわかった。
(ああ、お前、走りたいんだな。風のように、何者よりも速く)
「相性はいいみたいね。あなた達」
「え?」
「今、会話をしたでしょ?」
「いや……、ああ、でもなんというか。そう」確かに、コウタは赤毛のユニコーンの気持ちを感じた。
「この子はね、”先祖返り”なの」
「”先祖返り”?」
「バランタイン家の馬はね。ユニコーンとの交配で生まれたと言われているの。だから、こうして、極まれにユニコーンの血を濃く受け継ぐ馬が生まれる」
その時、赤毛のユニコーンが確かにコウタに語りかけてきた。
(走りたい! どこまでも。風のように)
「そんなに立派な角があるんだ、この柵なんてぶち壊して、思う存分駆け回ればいいじゃないか?」コウタは優しく語りかけた。
「この子はね、人間に育てられたの。でも、人間はこの子を必要としなかった。誰も乗りこなせる人がいないの。速すぎてね……。何人もの猛者が挑んだわ。でも誰もが、彼の速さに怖気づく……。でも、もしかしたら、あなたなら」
「もし、俺が、お前を必要としたら、お前はどれだけ速く走ってくれるんだ?」
そのコウタの声に、赤毛のユニコーンの目に、炎が宿った。