31.forget-me-not blue ep.6
雲一つない深く晴れ渡った空は、あまりに青すぎて、痛いほどに悲しかった。
それがその日、その場にいた誰もがの記憶に残された、ある少女に関する僅かな記憶だ。
誰もが何も言えず、何を言うべきか分からず、ただその場にいた。
「皆さん、本当にありがとうございました!」青い空に負けないほど清々しい笑顔で、彼女はそう言った。
「……ごめん、……なにも力になれなくて……」コウタが言った。
このような永遠の別れがあるのだろうか?
コウタは何年も前に死んだ、祖父の最期を思い出していた。その時、祖父は意識はすでになく、病室のベッドで、静かにその時を迎えた。
命の終わりというものは、不運にもある日唐突に訪れるか、祖父のように意識のない状態でそれを迎えるか、どちらかだと思っていた。
しかし、目の前にいる少女は、そのどちらでもない。
「いいえ。皆さんは本当に良くしてくれて……、感謝しています」
「まだ……、やはりまだ諦めるのは早いのではないか?! まだ調査を続ければ……!」ジャンネはそう叫んだ。
「いいえ……」少女は静かな笑顔で答える。「今、この時が最期なの。それは自分でよくわかっている」
「そんな……、そんなの……」ジャンネは大粒の涙をボロボロと流す。
「……悲しまないで、ジャンネ……。私は死ぬわけじゃないの。還るべき所に向かうだけ……。それは摂理なの。誰もがその摂理の中にいる。それは”虚無”とて同じ、世界の均衡の一部。人間も世界の一部でしかない、そしてそれに逆らうことはできない。忘れてはいけない。世界はヒトだけが作るものじゃないの」
「しかし……、しかしな……」
「ジャンネ……、正直、私だって悲しい! ジャンネと会えなくなるのが……!」
誰もが涙を流していた。
ある者は何かを呪い、ある者はヒトの不甲斐なさを嘆き、ある者は決意をした。
それは、繰り返されてきた歴史の一部であり、大いなる摂理を前にしてとても些末な出来事だ。
「お主の生きた証は、かならず。かならずワラワ達が隣国に届けるからの!」
それは、最期の最期までクラウディアが行っていた、”虚無”に関する研究資料だ。それを今朝、〈ユニコ・メッセンジャー・ワークス〉が預かったのだ。
そう。そこには”虚無”の成り立ちも書かれているだろう。だとすれば、帝国と隣国で再び争いが起こるかもしれない。”虚無”の原因が、帝国の成り立ちそのものに由来するという事実、そしてそれを隠し続けてきたという事実は、隣国との間に軋轢を生みかねない、重大な不祥事といえる。
しかし、例えそうなろうと。ヒトは戦うしかない。前を見て、光を目指し、ヒトとヒトとが解りあう努力を諦めず……。ジャンネをはじめ、皆がその覚悟を胸に秘めていた。
「ジャンネ、あなたに会えて、本当によかった……。皆さんも……、コウタさん、みんなで食べた夕食、すっごく美味しかったです」クラウディアはその場にいる皆に礼を述べてゆく。「メアリー様、クレアさん、アレックスさん、エドにリンちゃん。親切にしてくれて、本当に感謝しています。私、皆さんにもっと早く会いたかった。もっともっとお喋りしたかった、私も皆さんと一緒に働いて、一緒に飲んだり、一緒に騒いだり……、そうしたかった……」
クラウディアの中に急に喪失感が溢れだした。自分自身が失われる恐怖や悲しみ、そういった感情はすでに”虚無”の中に奪われた。今、彼女の中にあるのは、ここにいる友人達と離ればなれになってしまう。という、とても単純で、あまりに深い喪失感だった。
「クラウディア」ジャンネは呟く。
「ごめんね……。じゃあ、私そろそろ行くから!」無理に笑顔を作り、クラウディアはにこやかに言った。
大きな漬け物石に繋がれた、太い紐を腰から解く。
フワリと彼女の体が舞い上がった。
天使のように、
「ありがとう……。私のこと――」誰の耳にも聞こえた。
透き通る空に、彼女は落ちてゆく、
どこまでも、どこまでも……。
【虚無の実地調査、及び帝国に於いての文献調査における結果報告書】からの一部抜粋――。
この星を覆う、魔力層の局地的収束を観測することで”虚無”の発生予知は可能。各地に専属の魔術師を配備し、随時観測を続けることが望ましい。また、発生条件を観測した際に、その早急な伝達と必要機材の運搬には、MQが有効と思われる。
”虚無”の発生原因、成り立ちについては、現段階では不明――。
後世、”クラウディア・レポート”と呼ばれるその報告書は、”虚無”を研究する魔術師達にとっての聖書のような存在となった。
”虚無”の発生予知が可能となり、その被害は最小限に食い止めることが可能になった。しかし、
命を賭して”虚無”と戦った少女。彼女の人生と共に語り継がれるそれは、ヒトが背負う業、そして……、命とは何か? を、多くの者に問いかけ続けることとなる。