3.クレア・バランタインは如何にして彼と出会ったか
クレア・バランタインは町から少々離れた農場で一人暮らしをしていた。
流行り病により両親を三年前に亡くした彼女は、若干十三歳にしてバランタイン一族を継ぐことを決意した。
バランタイン一族とは、先の大戦に於いて、優秀な馬を幾頭も帝国軍に収めた、彼女の曽祖父にあたるヴォルトハス・バランタインが、その功績を称えられ”騎士”の称号を得たことに由来する。
しかし、遠方より伝え聞く小さな紛争や、モンスターの討伐を除けば、帝国において軍はもはや”お飾り”も同然の平和な世になった。
クレアの従兄弟にあたる、ヴォルトハスの孫達は、早々に商人に転職していたり、気ままな吟遊詩人になった者までいる。
ヴォルトハスの直系にあたるクレアが営むバランタイン農場も全盛期の、その半分以下の規模に縮小せざる得なくなっていた。
しかし、クレアと数人の従者とで運営していくにその規模は丁度よいと言えた。”お飾り”に成り果てた帝国軍といっても、まだ一番大きな取引先であるし。復興景気で小金を手にした商人の中には乗馬を嗜む者も珍しくなく、お得意様には事欠かない。経済的には裕福な方といえた。
それに、不慣れな農場の仕事は、クレアにとって、両親を亡くした悲しみを忘れるのに、ちょうどよかった。
馬の世話をし、お得意様を回り、競売会を主催したり。
そんな日々を送る彼女に転機が訪れたのは、彼女が十六歳の時だった。
クレアはその日、月に一度の農場の柵の点検に出ていた。全盛期の半分以下といえども、その全てを点検して回るのに半日はかかる。
ちょうど昼時、東の山の雪解け水が流れる小川に、喉を潤す為に立ち寄った時だった。
春先だけ、その微かな流れを作る小川の淵に、小さな花々が控えめな蕾を持ち上げているそこに、一人の男が佇んでいたのだ。
クレアは少し警戒しながらもその男に近付く。
「どうなさったのですか?」
男はゆっくりと振り返る。
男は、クレアが今まで見たこともない、異国の文字が書かれた、恐らく羊か牛の皮で作ったであろう、変わった上着を着ている。
「なあ。ここって、やっぱり、あの世……ってやつなんだよな?」気弱そうな声を発した男。
「はい?」
男の目はどこまでも怯えていた。
その目を見たクレアは、この男が危険な者ではない。と信じ連れ帰った。
話を聞いてみるにはみたが、男が話すこと全てがクレアの理解を苦しめた。
「やっぱり、俺、死んだんだな」
「え? いや、こうして生きてるじゃないですか?」
「だって気が付いたら、お花畑に倒れてて。それでこんなにカワイイ金髪のねえちゃんがあらわれて……」
「え! あの、カワイイ……、なんて、そんな……」クレアは赤面してしまった。
クレアは男に慣れてはいなかった。しかし、容貌が悪いわけではない。彼女を口説こうとする男は今まで何人もいた。
帝国軍の仕官であったり、商人の若旦那、豪農の屋形の倅など……、しかし彼らの口説き文句はいかにも特権階級らしいウィットに富んだ……、つまりは回りくどいものだった。それだけに、目の前で”カワイイ”などというシンプルな言葉を掛けられたのは生まれて初めてだった。
「あきらかに外人のねえちゃんに、なんで言葉が通じてるかもわからねーし、っていうか俺、自分が何語話してるかもわからねーし。なんだよ。俺なんでこんなわけのわからねー言葉話せるんだよ」
クレアは、きっとこの人は遠い異国からの旅人で。きっと何かか事故があって頭を打ってしまったんだ。
そう考えた。
クレアはしばらく男を農場に置くことにした。
最初の三日、彼は朝起きて夜眠るまでを、まるで死んだように呆けて過ごした。
四日目の朝、クレアが目覚めると、男は小屋の外で薪を割っていた。
「九十九! よっしゃー! ひゃああくー!」
男は上半身裸になっていた。
「なにを……、なさってるんですか?」
その汗だくの背中にクレアは声を掛けた。
「なにって、労働だよ。タダ飯食うわけにはいかねーだろ? それにこれほら見ろよ」
男は斧を置き、両の手のひらをクレアに見せた。
「え! 大変!」
男の手のひらにはいくつも豆ができ、それが破れ血が滲んでいた。
「ああ! これがさ、すげー痛ぇーんだよ。つまりさ、俺は死んでねーってことじゃねーのかなー!」
そう言って男は高笑いを上げた。
この人初めて笑った……、クレアは嬉しくて、思わず男の痛々しい手を握った。