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22.切り札を待つ夜

 勝負事になると目の色が変わる人種がいる。

 特に”人間”とは因果なもので、歴史そのものが”争いに関する歴史”と言っても過言ではない。

 それは、歴史の教科書に載る年号には、その節目節目に戦争があることでもわかる。それに、種の保存や、生存競争といった、根源的な防衛本能、それ以外での争いを好んでしてしまうのが、悲しき人間の性だ。

 だとしても、槍や銃弾を用いて、相手の生命を奪うことを目的とした戦いよりは、今ここで繰り広げられているモノは、ずっと平和的な筈だ。

 しかし、”それ”を目の当たりにした今、コウタは自分の考えを否定せざるを得ない。

 なぜなら、ここで繰り広げられているのは、まさに弱肉強食の世界。

 弱き者をおとしめ、他者を蹴落とし、出し抜き、騙し、奪い、貪る……。

 その様はまさに、けだものそのものだ。いや、それより酷い……。

 コウタは、ある種の恐怖さえ感じた。

 

 場末のパブ。

 夕食の賑わいを過ぎた頃、隅のテーブルでは異様な雰囲気を漂わせる一団がいた。

 「来たぜ、来たぜ、来たぜ! そりゃ! 火竜サラマンダーだ!」そう怒鳴ったのは平原に住む狩人の男だ。

 彼は、手札のカードを三枚、場に開札オープンの状態で叩きつけた。

 「なるほど。三十点は確実なものになりましたね……、だが、こちらも……。来ました! エクスカリバーです! これで私も三十点!」

 そう言って、手札のカードを三枚、場に開札オープンの状態を見せたのは、隣国の貿易商の男だ。

 「ふん。功を急いてもいいことはないぜ。戦いはこれからなんだ。戦術の基本は、仕掛ける時を待つことさ」

 そう言って、まだ一枚も開札オープンにしていないのは、”帝国の鬼神”アレックス・ベイレフェルトだ。

 「どうかな? 確実に点数を稼ぐなら、時間など関係ないんじゃないかな。……おや! 僕も来たようだね、ふっ……ただし僕は伏札クローズド場落ドロップします」

 そう言ったのはクローウェル一族の次期当主、ルドルフ・クローウェルだった。

 「きったねーぞ!! ボンボン! そうやって小役クズばっか稼ぎやがって! 男なら正々堂々勝負しやがれー!!」

 人が変わったように相手をけなすのは、<ユニコ・メッセンジャー・ワークス>の配送員ライダー、エドだった。

 「何……、あの組み合わせ?」クレアが聞く。

 「気にせんでくれ……、放っておいてやってくれぬか……」

 ジャンネは額に青筋を浮かべて答えた。

 クレアが気になるのは無理もなかった。いつものメンバーの中に見慣れない男が混じっているのだ。

 「確かあれ、ジャンネのお兄さんだよね?」

 コウタが気づいてしまったことで、ジャンネは葡萄酒を吹き出した。

 (そうであった。あの”負の恩恵”騒ぎの時、コウタは兄上と会っておった)

 「うむ……、まあ、そうじゃ……、腹違いのな……」

 自分の浅はかさを呪いながら。なぜこうなったかを思い出していた。


 話は少し遡る。

 夕刻より少し前、城下のレストランでジャンネは兄、ルドルフと待ち合わせていた。

 どういう風の吹き回しか、兄の方から夕食の誘いを受けたのだ。

 もしや、父の差し金か何かかと、ジャンネは訝しがったが、どうやらそうではないらしい。

 クローウェル家のメイドの一人にそっと聞いてみたとこによると、最近、ルドルフは”外の世界”に興味を持っているらしい。

 なので、一足先に一人立ちをした腹違いの妹、ジャンネを頼ることにしたらしい……。

 兄、ルドルフは、クローウェル家の次期党首として、筋金入りの”箱入り息子”として育てられた。

 そのせいか、世間の常識というものが欠落していた。

 なので、待ち合わせたレストランでは少々の恥を、ジャンネがかくことになる。

 ウエイトレスを従者のようにコキ使おうとするは、注文には無理難題をいうは、おまけにナプキンをよだれかけのように首に巻く始末。

 おかげでジャンネは、いつもなら水のように進むはずの隣国産の高級葡萄酒の味が、まったく分からなかった。

 時を見計らって、ジャンネはこう切り出した。

 「この店はどうにも舌が合わない。良い店を知っているので場所を移そう」と……。

 店を出るとき、兄に気づかれぬよう、ウエイトレスにそっと迷惑料としてのチップを多めに渡したのは、〈ユニコ・メッセンジャー・ワークス〉ですでに三年もの社会経験を積んでいるジャンネの方に、常識人としての一長があったからだ。

 いつものパブを選んだのは、ジャンネはそこしか知らない。という理由もあるが、”余所行きの客”を相手にしているわけではない、ざっくばらんな店主の接客態度にある種の期待をしたこともあるし、あの喧噪の中でなら、この”常識知らず”が少々おかしなことを言い出しても、目立たないだろうと踏んだからだ。

 ただ、ひとつ。重大な懸案事項があった。もし、あそこに〈ユニコ・メッセンジャー・ワークス〉の同僚達がいたなら……。

 ジャンネは、自分の中に流れる魔族の血を信じ、世界の深淵で眠る魔王に祈った。

"今夜だけは同僚に会いませんように"と……。

 ところが、

 殊勝なことに、魔王は”混血魔族ハーフブリード”なる半端者を許す気はないらしく、

 いつものパブの扉を開いて、ず目に飛び込んで来たのは、愛すべき同僚達の姿だった。

 ジャンネは再び心の中で呟いた。

 ”我が半身を生み出せし偉大なる魔王よ。そなたが我を同胞である魔と認めたもうことを期待したワラワがバカであったわ! 二度と貴様を頼りはせん! クタバレばよいのじゃ!”

 と……。

 ジャンネはそそくさとテーブルに着こうとした。

 しかし、よりによって”バカ兄貴”は、ジャンネの同僚の一人、エドとその仲間達が興じているカードゲームに興味を惹かれたようだった。

 「ほう! カードか? 庶民や兵士の中で流行っているのは聞いたことがあったが……」

 「ん? なんだ、あんちゃん? はじめて見るのかい?」そう聞いたのは平原の狩人だった。

 「ねえ! なんならさ、一緒にやらない! いつものメンバーが揃ってなくて、ちょいと場に盛り上がりが欠けるんだよねー」そう言ったのはエド。

 (ああ、エドよ。いつの間にやらそんなに気さくな人格者に成長したのじゃ……)

 目を細めたくなるような親心と、幼い同僚の成長を呪いたい心とで、ジャンネはわけがわからなくなった。

 「いや、でも……。なんだか難しそうだなー」ルドルフは少々たじろいだようだ。

 「いやいや、そんなことはありません。私も今日がはじめてなんですが、このルールは単純です。しかし、単純にして奥深い……、そこが面白い!」貿易商の男も誘う。

 「そうか……、ではワラワも参加しようぞ!」ルドルフは高らかに宣言する。

 「ワラワ……?」聞き覚えのある、否、”聞き馴染み”のある一人称を聞いた誰もが、思い当たった。そして、その誰もが魔術師の少女を見た。

 ジャンネは、いつかコウタが教えてくれた、異世界の言い回し。

 ”穴があったら入りたい”を思い出していた。


 今宵はいつものエドの独壇場とはいかなかった。

 何故なら、初心者が二人もいるからだ。普通ならいい”カモ”になるはずが、このゲームはそうはいかない。

 単純ながら、それは”運”。このゲームに勝つにはその要素が多いからだ。

 そして、”場”の経験を積んでいない者は、欲求が顔に表れ難い。いつ勝負を仕掛けるか、どんな手札を持ってるかが読み難い。

 さらには”北方戦線の玄人ばいにん”の異名をとる(エドははじめて聞いた)アレックス・ベイレフェルトが、何故かそこに参加を表明した。

 意外だったのが、隣国の商人だ。

 彼は口が達者で、相手の心を巧みに引き出してくる。そして、何よりもその勝負勘、手の内を開かすタイミングの絶妙さにあった。その為に、他の者は小役を出しにくくなり、勝負は自然と消耗戦に持ち込まれる。 

 流石は口八丁こそが売り物の商人と、誰もが閉口した。

 そして、

 最も意外なのが、ルドルフ・クローウェルだった。

 幼き頃より叩き込まれたであろう帝王学と、クローウェル家にふさわしい知性とで、”場”を大いに乱す。

 この者こそが、今夜の”伏兵ダーク・ホース”になる! と、エドはふんでいた。

 「来たぞ! ”女神の誕生”!」

 アレックスが、開札オープンで大量得点を決める。

 「なに?! 通れば六十五点だぞ?」狩人は驚いた。

 「……伏札クローズドを含めて同じ役が場に出ていなければ、七十点ですね……」貿易商は言った。

 「うぬー!」ルドルフは呻いた。

 アレックスの目が光る。

 ハッ! と、ルドルフが気づいた時には遅い。

 「クローウェルの兄ちゃん。その様子じゃ、その伏札クローズドは”女神の誕生”じゃないな?!」

 「くっ!」悔しそうにルドルフは顔を背ける。

 読まれてしまった……。その後悔に、アレックスはさらに追い打ちをかける。

 「更に言えばだ、”女神の誕生”の札の内、一枚は俺が持っている、それは次のターンで捨てることになるな。残るは場に一枚だ! これで”二枚一組ペア”を作ることも出来ない! これ以上の得点は貴様等にはないんだよ!」 

 まさに、目だけで人を射殺さんとするほどの鬼の目だった。

 その場にいる、誰もが背中に冷たいものがつたうのを感じた。

 その気迫、その”引き”の強さ。

 数々の戦場を生き抜き、死線ををくぐり抜け。帝国中の駐屯地のギャンブル狂いの兵士達を”すってんてん”にしてきた。そうして、誰が呼んだかその名は”鬼紳”。

 その実力こそが、”北方戦線の玄人ばいにん”、アレックス・ベイレフェルトの真の実力だった。

 はじめて”場”が揺れた。

 勝負の時は今! 卓につく誰もがそう感じた。

 その”場”を、少々冷めた目で見ている一団がいた。ジャンネを含めた、〈ユニコ・メッセンジャー・ワークス〉の面々だ。

 「なんだか……、今夜は白熱してるね……」コウタは言った。

 コウタもこのゲームの愛好家であった。コウタの世界でいう、麻雀やポーカーに似ていることで、コウタはこのゲームに親しむハードルは低かった。しかし、いつのまにかエドにその実力を追い越されてしまった。なので、この店ではコウタは参戦しないようにしている。

 「いつものみんなじゃない……」リンは泣きそうだ。

 「あら! みんな仲良くなっちゃって!」クレアだけは暢気だ。

 「なんか……、なんか兄が失礼して……、申し訳ないのぅ」

 ジャンネは、ただただ申し訳なさそうだ。

 暗雲漂う中、一人安堵している者がいた。

 それは、エド……。

 残す一枚、”女神の誕生”を隠し持っているのはエドだった。

 ヤバそうだとは勘付いていた。誰かが隠し持っていると……、長年この店で培った勝負勘がエドにそう告げていた。

 これで”直撃”は防げた。あとは頃合いを見つけて捨てるだけだ。

 いつの間にやら、”場”は泥沼の様相を呈してきた。

 店の中にいる客達も、固唾を飲んでその勝負の行方を見守っている。

 その中で一人、憤りを隠せない者がいた。

 「なんだこれは! ウチはいつから賭場になった!」

 店主はたまらずそう叫んだが、誰も聞いていない。

 「ふっ、どうやら最後の一枚のようだね。この”場”は僕が貰ったよ」そう言ったのはルドルフだった。

 山札の最後。それを引く、

 「うん?」どうやら、期待したカードではなかったようだ。「これは”捨て”だ。じゃあ、一位は誰だい? 計算しよう」そう言った。

 ルドルフの手から”場”に捨てられた最後の一枚、それは、”ユニコーン”のカードだった。

 「計算する必要はない」力強く言ったのは、

 「僕だよ! 一位は!」エドがそう宣言した。

 手札を場に投げ出す。

 「まさか! これは?!」狩人が飛び上がった。

 「まさか、そんな……」貿易商も固まる。

 「そんなの、アリかよ……」アレックスも、それ以外なにも言えない。

 エドは、すーっと息を吸う。

 「ユニコ・メッセンジャー・ワークス!」

 それはこの店に集う、カードゲーム愛好家達だけのルール。

 いわば”ローカル・ルール”だった。

 誰もがエドの隠し続けた手札を覗き込んだ。

 それは、”翼竜”、”戦馬”、”カタツムリ”、”魔術師”、”サーベルタイガー”。そして、”ユニコーン”。その二枚一組ペアの”役”。

 この店に集うギャンブラー達が冗談半分で決めた、しかし、未だそれが”場”に現れたことがなかった、幻の”役”。

 それを、エドは狙っていた。

 しかし、この”役”を完成させる為には、今夜はあまりに不向きだった。それは、この面子。

 どういう因果か、やけに熱量の多い輩が卓についてしまった。

 折角の”幻”を目の前に、みすみす諦めるほどエドは”素人”ではなかった。

 エドがとった作戦。

 それは、”演技”。

 窮地に立たされているフリをして、敵の子役を乱発させた。

 そこで、読めた。

 切り札である、”ユニコーン”は、まだ”場”に現れていない。と……。

 そして、エドは待った。

 水場を捜し求め、何日も荒野を彷徨い歩くバッファローの後をつける”ハイエナ”のように、”その時”を虎視眈々と狙っていた。

 そして、エドの作戦通り、この”ボンボン”、ルドルフ・クローウェルは、見事に”直撃”を喰らったのだ。

 「すげー!」「出たー!」「まさか本当に出ることになるとは……」観客達も感嘆の声を漏らす。

 歯軋りしながら、自分の”負け札”を握っているのはルドルフ・クローウェルだった。

 カードを乱暴に卓に投げ捨てる。

 「まだだ! まだ勝負はついていない! 夜は長いぞ、ガキめ! それくらいで調子に乗るんじゃない!!」

 取り乱すジャンネの兄に対して、エドは静かに立ち上がった。

 「夜は長いだぁ? お月様が真上に来る頃にはな、お前は身ぐるみ剥がされて城下への帰り道を歩いてるよ、ボンボン。その覚悟がなきゃ出直しな!」

 エドはふてぶてしく言い放つ。

 「やってやろうじゃねーか! もう一勝負だ!」

 どうやら、勝負師ギャンブラー達の夜は、まだはじまったばかりのようだ。

 「んじゃ、俺達はそろそろ帰るか……」コウタは呆れながら言った。

 「ワラワも帰ってよいかの……」ジャンネも賛成のようだ。

 「エドとジャンネのお兄さん、いい友達になれたみたいね!」クレアは少々暢気のんきなことを言った。

 「いつものエドじゃないけど……、今のエド、ちょっとカッコよかった!」どうやら、案外リンも暢気なようだ。


 その夜の激戦が、その後どうなったのか?

 それは当事者と、その勝負を最後まで見守った者達しか知り得ない。

 ひとつ確かなことは、ルドルフ・クローウェルはその夜を境に、このパブに足繁く通うようになったということだ。

 そして、クローウェル家がその後、〈ユニコ・メッセンジャー・ワークス〉のお得意様になり、”ギョウムテイケイ”を結ぶ間柄になる。それは、どうやらこの店で夜な夜な開かれるカードゲームの席が何か関係しているようだった。

 さらには、そのことがきっかけで、ジャンネ・クローウェルと、その父の間に燻る”確執”さえも氷解していくことになるとは……。誰も想像できないことだった。


 今宵、また”場”が開かれる。

 いつもの店、いつもの席、いつもの面子……。

 パブの扉が開く。

 エド達はその方向を見る。

 また一人、勝負師ギャンブラーがあらわれた。

 「やあ! 久々だね」エドがそう声をかける。

 「誰さ?」ルドルフ・クローウェルがエドに耳打ちする。

 「あの人もこの卓の仲間だよ」

 「本当か! あのような可憐なお嬢様とお手合わせできるとは……」ルドルフの鼻の下が伸びる。

 「ふんっ、あんたじゃ歯が立たねーよ」狩人が言った。

 女は卓に近付いてくる。この店に相応しくない、気品と知性を兼ね備えた、優雅な佇まい。

 「御免あそばせ。私も良いかしら……?」女はそう聞いた。

 「もちろん! また僕に”負けに”来たの?」

 エドは軽く相手を挑発する。

 「ふっ」女は薄く笑う。

 そう、勝負はすでにはじまっているのだ。

 「笑止! 負けるのは貴様ですわ、”ガキンチョ”。泣きながら帰ってママに”ヨシヨシ”して貰うことになりますわよ!」

 メアリーはそう言い放った。

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