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20.リンは如何にして、”主役”となり得たか

 <ユニコ・メッセンジャー・ワークス>のおさ、リン・ミッチェルは相棒の翼竜、”ジョセフィーヌ十六世”に跨り旧都に向かっていた。

 本日最初の超特急便プレミアム・ラッシュは、東の新都市にある私立クローウェル大学の入試試験の答案を、旧帝国学舎へ運ぶものだった。

 この百年で帝国は様変わりした。

 帝都を中心に衛星都市が建設され、それらの都市を結ぶ蒸気機関で走る列車の鉄道網が敷かれた。かつては、皇族のみが政治や財政、国に関する全ての決定権を有していたが、現在は違う。帝国議会が運営する各省庁が、役割分担をすることで、帝国を運営している。

 いわゆる、”ミンシュシュギ”の国となった。

 今でも皇族であるキャロライン家は存在こそはするが、彼らは帝国の象徴というだけの、つまりはお飾りとなった。

 旧都の再開発計画が持ち上がったのが三十年前だ。

 それにより、一時的に政府機関を周辺の衛星都市に移すこととなった。しかし、一箇所にまとめればいいものを、土地や賃料の問題で、それらはバラバラの都市に建てられた。

 そのことで思わぬ恩恵を受けたのが、<ユニコ・メッセンジャー・ワークス>をはじめとする、MQモンスターキュウビンだ。

 かつてはこの帝国に一社しかなかったそれも、現在は何十社もあるらしい。街を見れば、そこかしこで配送員ライダーの姿を見ることが出来る。

 人間の何倍もの寿命を持つエルフだからこそ、この街の変化を見続けることができたことは、リンにとって嬉しいことであり、同時に少しの寂しさもあった。


 リンは旧帝国学舎の教務官に答案を渡す。

 「お待たせしました。三百六十九人分、ご確認下さい」

 「うむ。すまないが数えるのに時間がかかる。大丈夫だとは思うが、念のためな……、しばし待って頂いてもよろしいか?」

 「かしこまりました。では私は外におりますので」

 そう言うと、リンは教務室を出た。

 学舎の外は冬にしては威勢のよい日差しが降り注いでいた。気まぐれの陽気に誘われたであろう学生達が、芝に座り弁当を広げている姿もある。

 リンは、ふと玄関の脇に立てられた彫像を見上げた。

 「……あんたは、いつまでも変わらないな」

 それは、この学舎の卒業生であり、偉大な医者。隣国にも渡り最先端医療を身に付け、幾つかの名誉ある賞を受賞した。彼は、晩年、南方の小国で人々を苦しめる難病を研究するため海を渡り、遠い異国の地で病に犯され、その生涯を閉じた。

 ”ドクター・エド。医療にその生涯を捧げ、幾億もの尊い命を救いし功績をここに讃える”

 碑にはそう刻まれている。

 「じゃあ、またね」

 若かりし姿のままの、かつての同僚であり……、そしてかつての夫に、リンはそう告げた。


 ヴァランタイン商会の一室、そこは<ユニコ・メッセンジャー・ワークス>の”ジムショ”だった。

 ”ジリリリリリン”

 虹色貝の殻に魔力を込めた”ヨリシロ”が鳴る。

 「はいよ! こちら<ユニコ・メッセンジャー・ワークス>。お急ぎの荷物ですか?」

 それに答えたのは魔術師の少年、スタンリー・クローウェルだった。

 クローウェルの一族には魔族の血が混じっている。なので、稀に彼のように強力な魔力を持って生まれて来る者がいた。それらは、例外なく物心つくと<ユニコ・メッセンジャー・ワークス>で働きたがる。

 無理も無い。彼らは幼い頃より、偉大なる先祖、伝説の魔術師。ジャンネ・クローウェルが書き残した<ユニコ・メッセンジャー・ワークス>の業務録を、おとぎ話のように読み聞かせられて育ったのだ。

 『まずいことになった! すぐに飛んでもらいたい』

 相手は帝国議会の防衛大臣だった。

 「といいますと?」

 スタンリーは嫌な予感がした。しかし、同時にワクワクもしていた。


 「何? 指令書が盗まれた?」

 リンは港湾都市から新都市に帰る途中だった。

 『そうらしいよ。何でも、西方湾ウエスト・ハーバーの防衛費の増額に関する資料だとかで』

 「なんだそれは? 何かまずいのか?」

 『大いにまずいねぇ。なんてったって西方湾ウエスト・ハーバーの向こうは、あの隣国だ。表面上の仲良しはしてるが、未だに燻っている問題もある。それで隣国に対しての喧嘩の準備をしてることが漏れたら。これは、ちゃっとどころじゃなく、まずい!』

 スタンリー・クローウェルは”ヨリシロ”の向こうでそう語った。

 「バカが! こんな時代に、何をやってるんだ。まったく!」リンはそう吐き捨てた。

 『仕方ないよ。時代ってのはね、世の中を覆う薄っぺらい表面だけの薄皮なんだ。肝心の中身は、そう簡単には変わらないのさ』

 スタンリーという少年はこういう大人びた言い方をする。

 それが、先祖のジャンネと似ているのか似ていないのか、リンにはわからなくなる時があった。

 「それで、状況は?」

 『ベイレフェルト私団が、西方湾ウエスト・ハーバーで網を張ってる。犯人もそれを知っているね。大きく迂回をはじめた』

 スタンリーは念視が使える、恐らく”ジムショ”の机の脇に水桶を置いて、そこに犯人の姿を映し、その様子を確認しているのだろう。

 「相手は翼竜か?」

 『ああ。それも”ジョセフィーヌ十六世”より大型の……』

 「まずいな……、武器は?」

 『しっかり持っているよ。大刀を腰に差してる』

 「ますますまずいな……」

 『リンの方は?』

 「ミスリルの短刀が一本。どう思う?」

 『充分じゃない?』

 「ふっ、言ってくれる……」

 リンは思わず薄く笑った。

 『それより、準備して! 接触はすぐだよ。このコースだと……、リンのちょうど正面!!』

 「ああ、もう見えている」

 相手もリンに気づいた。

 大刀を抜く。

 切り結ぶのはマズイ。力負けすることは目に見えている。

 リンは翼竜を急降下させる。

 追ってくる相手、リンはチラリと後ろを見た。白い肌に、フードを被った男。やはりダーク・エルフか……。

 地上すれすれで転回。相手の翼竜は小回りが利かない、一度ドン! っと地面に足をつけると、すぐに飛び上がる。

 そう。リンは相手の体力の消耗を狙った。

 こうして時間を稼げば、ベイレフェルト私団の翼竜部隊が応援に駆けつけるはずだ。

 しかし、相手は思いのほか早く痺れを切らした。

 その圧倒的な羽ばたきで、リンに迫る。

 急激な転回、リンはミスリルの短刀を抜く。相手は目の前。

 相手は大刀を振りかぶる。

 すると、リンは相手に向けて、左の手のひらを向けた。そこに火球を作り出す。相手の驚く顔が見えた。

 そう、リンが得意とする攻撃魔法。短刀を抜くことで、相手を油断させ、懐に誘い込んだのだ。

 リンは火球を放つ。相手に向かい一直線に飛んでゆく。

 ダークエルフに直撃……、のはずがその寸前で火球がはじけ飛んだ。

 相手の魔力も並ではないらしい。

 仕方なく、正面から切り結ぶ!

 案の定、リンの短刀は弾き飛ばされてしまった。

 双方離れてゆく。先に転回に入ったのは、ダークエルフだった。またしてもリンが追われる形になる。

 高度をとる。そして、水平飛行に入った。相手は後ろ。

 そして、リンは信じられない行動に出た。

 クルリと翼竜に後ろ向きに跨る。そして、翼竜の背中の上で、立ち上がったのだ。

 熟練の翼竜部隊ですら、このような曲芸が出来るものは少ない。

 相手に向かい、両手を向ける。

 相手は仕方なく、急降下をする。高度を上げてしまっているので、リンの真下にしか逃げ道はない。

 ダークエルフの直上に影が過ぎる。

 次の一手を考えていたダークエルフは、自分の跨る翼竜がドンと急に重くなる衝撃を感じた。

 ダークエルフは振り返る。またしても信じられないものを見た。リンがいたのだ。

 そう、リンは翼竜から翼竜に飛び移ったのだ。

 そして、ダークエルフの背中に両手を押し付ける。

 「や! やめろー!」それが最後の台詞だった。

 リンは、ありったけの魔力を、ダークエルフの背中に、叩き込んだ。

 「ぎゃー!!」断末魔の叫びを上げ、ダークエルフは燃え上がった。

 驚いた翼竜は背中の二人を払い落とした。

 リンも落ちてゆく。

 これで帝国は救われたのだろうか?

 これで自分は死ぬのだろうか?

 ああ、惜しい……、惜しいけど、悔いはない。そう……、楽しい人生だったのだから。

 魔力を使い果たし、薄れ行く意識の中、リンはそんなことを考えた。

 凄まじい風が下から吹き上げてくる。

 ”リン!”

 誰かが自分を呼んだ気がした。誰だろう? 懐かしい声だ。

 ”リン!”

 また聞こえた。

 リンはうっすらと目を開けてみた。

 太陽が見える。

 その中から、影が急降下してくる。

 「リーン!!」

 それは、羽の生えた赤毛のユニコーンに跨る。あの人だった。

 「コウター!」リンは叫んだ。

 やはり、来てくれた。

 やはり、助けにきてくれた。リンは心のどこかで、それを信じていた。

 時空を超えて、世界を超えて、彼ならきっと来てくれることを。

 リンは手を伸ばす。

 コウタは、その手をガシっとつかまえてくれた。


 「はっ!」そう叫んで、リンは目を覚ました。

 見渡すと、皆のきょとんとした顔がある。

 そこはクレアの農場の中、<ユニコ・メッセンジャー・ワークス>の”ジムショ”だった。

 いつの間にか、テーブルに突っ伏して眠ってしまったようだ。

 皆は、食事会の準備の手を止め、リンを見ていた。

 「どうした?」エドが聞いた。

 「……なんだか、怖い夢を見た。……いや、怖いのかな……、なんだか凄くはっきりした夢で」

 リンは額の汗を拭った。

 「魔力の高い者は予知夢を見やすいというぞ。いずれ起こるであろう、未来を見たのではないか?」ジャンネはその知識を得意げに披露した。

 「未来……」するとあれは……、リンは考えた。「やっぱり、怖い夢だった気がする……」

 リンは泣きそうになった。

 「おいおい。夢くらいで……。主役がそんなでどうする?」アレックスが言った。

 そう。今日の主役はリンだった。今日はリンの百一回目の誕生日なのだ。

 仕事を早く切り上げ、これからここにリンの母親も呼んで、食事会を催すのだ。コウタによると”タンジョウカイ”というらしい。

 「ジャンネも、怖がらせるようなこと言わないの」クレアが言った。

 「別にワラワは嘘を申してはおらん。ワラワだってたまに予知夢をみるぞい」拗ねたようにジャンネが言った。

 「……やっぱり……、そうなのかな?」リンは不安そうに呟く。

 ふっ、と笑いコウタは運んでいた皿をテーブルに置いた。

 「いいか、リン。未来っていうのはな。まだ何も決まっていないんだ」

 「でも……」

 「例えばな、そうだなあ……例えば明日アレックスが仕事中に怪我をする予知夢を、リンが見たとしよう」

 「なんで俺なんだよ!」

 構わずコウタは続ける。

 「でも、今日これからアレックスが飲みすぎてしまって、二日酔いで明日仕事ができなくなったら?」

 「え?」

 「わかんないかな。つまりはね、明日を作るのは今日なんだ。今を変えていけば、未来を変えることができるんだよ」

 「今を変える……」

 「さすがはコウタ殿じゃ! いいことを言う!」ジャンネが言った。

 「そう。リンのその能力は、間違って暗い未来に向かわないための素晴らしい能力なんじゃないかな?」

 「うん……、そう。そう思うことにする!」リンはやっと晴れやかな笑顔になった。

 皆は、また準備に追われ動き出す。

 あ! でも……、夢の中の私……。凄くかっこよかったなー。そうリンは思った。

 自分の手のひらを見る。

 思わずそれを、真っ直ぐに前にかざす。

 夢の中でしていたと同じように、

 しかし、火球は生みだせなかった。

 「何してるの?」クレアが聞いてきた。

 「あ! いやー、あの別に……」リンは赤くなり、慌ててその手を背中に隠した。

 「リンー。そろそろお母さんを迎えにいっておいでよー」コウタがキッチンからそう叫んだ。

 「あ、はーい。いってきまーす」

 リンは駆け出し、”ジムショ”から飛び出していった。

 コウタは農場で採れた野菜をふんだんに使った料理を運んで来た。肉を食べないエルフであるリンとその母親のために作ったものだ。

 それをテーブルに置くとき、あることに気がついた。

 「おい! 誰だよ、もうロウソクに火をつけちゃったのはー?」

 「ワラワは知らんぞ」

 誰も思い当たる者はいない。

 コウタは卵を使っていない焼き菓子、そのバースデイケーキから火のついたロウソクを抜き、

 吹き消した。

 

 

 

 

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