13.木原孝太の元同僚の証言
「木原孝太? ああ、孝太ね……。そういや、あれから何年になるかな……、一年? 二年? え? もう三年も経つのか……。
元気でやってるといいんだが……。え? まさか。俺はあいつが死んでるなんて思ってないぜ。何より、死体が上がらなかったのがその証拠だろ?
警察だって必死でお堀を探してただろ? あの竹橋の交差点は、あの事故の後もよく通ってたから、何週間も、ヘタすりゃ何ヶ月も捜索活動してるのを見たよ。
確かに、お堀の方に吹っ飛んでいったライダーを見た。って証言があるのは知ってるよ。でもあいつは生きてるよ。あくまでも勘だけど、間違いないと思うんだよなー。
あいつとは、そんなに仲が良かったわけじゃない。かと言って悪いわけでもないけどな……。つまり、仕事が終わってから一緒に飲みに行ったりするような、そういう仲じゃないだけで……、
ああ、よく話すことはあったよ。バイク便のライダーっていうのはさ、まともに会話をできるような奴は少ないんだ。社会不適合者、っていうのかな。集団で右向け右みたいな一般企業に入れない奴、入りたくない奴っていうのがほとんどだと思うよ。
それに引き換え、孝太は”マトモ”だったよ。”マトモ”っていうより、確実に頭はいいね。少なくとも俺よりは……。だからあいつはライダーの中では数少ない、マトモな会話ができる奴だったんだ。
あいつと俺は営業所は違ったんだが、担当している出版社が一緒だったから、待機中なんかによく”だべって”たよ。
確か、えーと……、なんていったっけなー。”ワセダ”じゃないし、”ケーオー”でもないし。とにかくそういうちょっと名の知れた大学出で、営業職をやってたけど”一身上の都合”でバイク便に転職したんじゃなかったっけな……。まあ、少なくともバイク便のライダーなんかやってていい人種じゃないね。あいつならもっと稼げる仕事があろうに。と、いつもそう思っていたよ。
え? いや。わかるだろ? ちょっと話しをすればさ、相手が頭のいい奴なのか、バカなのか。もしくは頭のいいフリしてるバカなのか。話し方っちゅうかな、言葉のチョイス、っちゅうかなー。そういうので大体わかるだろ?
待機中なんかにさー、あいつは”政治”だの”経済”だの小難しい話をしてくるわけ。普通ならさ、なんだか頭のよさをひけらかしてるようで、嫌な奴だなと感じる筈なんだが、あいつの話は何故か面白いのよ。わかりやすいのなんの……、ああ、そうだなー。あいつは教師なんか向いてるかもな。もし俺の高校時代の先公があいつだったら、俺も留年せずに済んだかもなー。
ああ。そういあ何の話だっけな? まあ、いいか……。
え? あいつが”消えた理由”?
そうだなー。あいつの家庭の事情とか、経済状況とか、よくは知らないけど、何か問題があって、そういうことから逃げ出した……。
まあ、普通ならそうだよなー。例えば借金とか? 女房以外の女がいるとか? でもあいつに限ってはそうじゃないね。そういう奴じゃない。よくは知らないけど、そういう風に無責任に投げ出すような事はしないね。
一度こんなことがあったんだ、
編集者の自宅から東京駅の改札に届ける。って仕事だった。
受注を受けたディスパッチャーは間抜けなことにド新人にその仕事を振ったんだ。東京駅の改札に届ける、ってことはだ。間違いなく切迫してる状況なわけよ。っていうのは、届ける相手はこれから新幹線に乗るという可能性が高い。そして、自宅から荷受ということはだ、こりゃ間違いなく荷物は”忘れ物”だわな。
その新人ライダーは急いで荷受の住所に向かった、
住所は新宿区白銀町だけど着いてみたら指定されたマンションがない、探せど探せどない。
ディスパッチャーに連絡をしても『そこで間違いはない』の一点張り。途方にくれたその新人は孝太に電話をしたんだな。というのも、孝太はその時には新人研修の担当だったんだ。一般企業での職務経歴を買われて当時の所長が孝太を新人研修担当に推薦した。
それで孝太もディスパッチャーに連絡を入れてみた。そしたら、そのディスパッチャーの口から信じられない言葉を聞いたらしい、
『間違いなく、”ハクギンチョウ”ですよ』だとさ。
それで孝太は気がついた。ハクギンチョウじゃなくて、新宿区百人町なんじゃないか? ってな! そう。ディスパッチャーが聞き間違えたのさ。そもそもハクギンチョウじゃなくて、”シロガネチョウ”と読むのが正しいんだ。ディスパッチャーがアホだったんだ。
もちろん荷物は間に合わず。依頼主からはクレームが入る。案の定、荷物は編集者がこれから大阪で使う会議の資料だったんだ。
しかも、その”アホ”ディスパッチャーの奴、あろうことかその新人に責任を押し付けようとしやがった。どういうやりとりがあったかは、俺も聞いてないがな。
でもな、孝太は諦めなかった。
孝太は依頼人に連絡を取り、何時までに大阪に届ければいいかを尋ねた。もちろん、遅れたのはこちらの責任だから、配送料はこちらが持つということでな。
新人のかわりに孝太が荷受に向かい、東京駅に向かって奴はかっ飛ばした。それを見た他のライダーによると、そりゃあそりゃあ凄かったらしい。具体的には言えないけどな、なんたって道交法違反の可能性があるからな……。
孝太は編集者が乗った、一本後の大阪行きの新幹線に乗り込んだ。それでめでたく大阪駅でお届けを達成することができた。
もちろん事情が事情だ、本社業務課はこの配送に関しては会社が運賃は持つということでかたはついた。
しかしな、八重洲口に乗り捨てるように置かれた孝太のバイクが駐禁を切られるというオチがつくんだけどな。
と、まあ。孝太はそういう奴なんだ。いくらのっぴきならん事情があるにせよ、全部投げ出して”フケ”ちまうような奴じゃないってことは確かだ。
え? じゃあなんであいつは”消えた”かって?
うーん。もしかしたら、事故の影響で記憶喪失にでもなっちまって、放浪しているところをどこかの農家にでも拾われて、日々野菜や馬の世話をしながら生活しているうちに、その農家の娘と恋に落ちて、自分が何者なのかを思い出せずとも、幸せに暮らしている。っていうのはどうかな?
へへ……、俺ってば案外ロマンチストなのよ!
でもな。そういうことだと思うぜ。あいつは消えたんじゃない。必ずどこかにいる。多分あいつを必要とする奴らも周りにいて、案外のほほんと上手くやってるんじゃないかって、そんな気がしてしまうんだよな。何故か……、
随分長話しちゃったかな。実は、話の途中から携帯がポケットの中でビービーいってやがるの。ディスパッチャーにサボってることがばれたかな。
んじゃあ、コーヒーごちそうさん。
っていうか、あんた刑事さん? いや記者かな? もしかして探偵とか? はは……、ドラマの見すぎかな。
ああ、それとな。
関係ない話なんで、すぐに忘れて欲しいんだがな。
俺、昨日ちょうど孝太の夢を見たんだ。
あいつさ、走ってやがるの。それもすげースピードで!
乗ってるのはさ、バイクじゃなくて、なんとユニコーンなの。
そう! しかも赤毛のユニコーン。
花畑があって、遠くにはゲームによくでてくるようなお城があって……、
間違いなくあそこは”この世界”ではなかったな。
まあ、でも、うん。案外楽しくやってるように見えたな……」




