12.裁きの女神
ある日、城下でちょっとした事件が起きた。
サーベルタイガーに跨り、猛スピードで疾走していた子供が事故を起こしたのだ。
その子供は、一命をとりとめた。といっても、怪我はたいしたことが無く、かすり傷程度だったことが不幸中の幸いだ。
問題なのは、被害者の方だ。被害者といっても、これは、いわゆる”ブッソン”事故だった。壊れたのは牛車に積まれた水樽。その水樽は、軍が所有する、街の火災の備え、消火用のものだったのが、話を少々ややこしくした。
帝国軍の裁定所にコウタは呼び出された。
この事件について、意見を聞きたいと、軍の裁定官から要請があった。
重い扉が開かれる。コウタはその部屋の中へ歩み入った。
コウタの想像していたとおり、その場所は、コウタの世界でいう”裁判所”と同じような雰囲気だった。
(だとすると、あれが”被告”か……)
被告席にあたるであろう場所に座っているのは、幼い少女だった……。
透けるような白い肌、光を七色に反射させる艶やかな髪、そして特徴的なのが、その尖った耳。
間違いなく、その少女はエルフだった。
その傍らには彼女の母親だろうか、にしては随分若く見えるが、それもエルフ族の特徴だった。
「忙しいところすまない、コウタ殿」裁定官がその威厳のある声を発した。
「いいえ。構いません……、といっても暇ではありません、なるべく手短に、単刀直入にお話いただければ幸いです」
「うむ。よかろう……、まずは事件の概要だが……」
「それはすでに知っています。”カワラバン”にもありましたからね」
「ふむ。では、コウタ殿の率直な意見をお聞きしたい。城下において危険な暴走行為をし、軍の設備に甚大な被害をもたらした罪。如何様に思う」
「許されるべきでない、重罪です」コウタは容赦なく言った。
それを聞いたエルフの少女は、目に涙を湛え震えている。
「ふむ……、あるお方の推薦で、この裁定に於いてコウタ殿の意見は最重要されることになっておる。それをわかっていての発言かな?」
「重々承知しております」
「そうか……」裁定官は続けて、困ったのぅ、と小さく呟いた。
「事件の概要は存じておりますが、その少女がなぜ、暴走行為を行ったか、その背景は存じておりません。できればお聞かせ願えますか?」
「ふむ……。リン・ミッチェル。発言せよ」
その声にビクっと身体を震わせると、リンと呼ばれた少女は弱弱しく立ち上がった。
「……あの、私も……MQ<モンスターキュウビン>みたいに……、走れるかなぁ……、って」
「はあ……」コウタはため息をついた。
やはり。コウタの想像していた通りだった。だから、コウタが呼び出されたのだ。
「それを聞いて、いかがかな? コウタ殿」
「やはり許されることではありません……。子供とは言え、街中でモンスターを走らせるのが、どれだけ危険なことか……、知らなかったでは済まされません」
リンはボロボロと涙を流しはじめた。「ごめんなさい……」小さく呟く。
寄り添う母親はリンを支えるようにその小さな身体に両手を添え、不安そうにコウタを見る。
「規定どおりの裁定を下すとしたら。それは”もっとも重い罰”になるぞ」
「故意、過失に関わらず軍の設備に被害をもたらした物は断頭台送り」コウタは頭の中にある条文を口にした。
それを聞いたリンもその母親も真っ青な顔になった。
「ふむ。それで……、私はこの木槌を叩いても構わんのかね?」
「それには早いでしょう」コウタは言った。
リンが顔を上げた。すがるようにコウタを見る。
「何故かな?」
「被害にあった水樽。あれは本当に軍の設備だったんですか?」
沈黙。
裁定官、書記官、憲兵、そして、リンとその母親。コウタが何を言い出したのか、理解ができていない様子だった。
しかし、何故かそこにいる全員が、コウタに何か”期待”の篭った眼差しを送る。
「あれは間違いなく帝国軍が街の火災に備えた消火用の水樽だ。何を申されるか?」
「でも運んでいる途中だったんでしょ? それも軍ではなく、民間の牛車屋が」
「それはそうだが……」
「それに水を入れる樽の方も、軍の物ではなく、牛車屋が用意した物だった。そして、その樽と運び賃、それらを含めて、支払がなされる前に事故が起きた」
誰もが目を見開いた。
「つまり。あの水樽は、事故が起きた時は軍の物ではなく、牛車屋の物だった。ということなんです」続けてコウタは言った。
憲兵などは、「よし!」と思わず手を叩いたほどだ。そう。誰もがコウタに期待していた。彼ならこの悪い流れをひっくり返してくれるに違いないと。
誰もが、幼い少女が断頭台に上るところなど、見たくはなかったのだ。大戦も、反乱も、血生臭い全ては過去。今は平和な世なのだ。
それでも裁定官は慎重だった。
「確かなのかね?」
「あの牛車屋の若旦那とは、同じ運び屋のよしみで、仲良くしてるんだ。ここに来る前に寄って事情を聞いてきた」
「そうか……」
「ついでに……、水樽一個分の金は払ってきた。なので、そこのお嬢さんと、被害を受けた牛車屋との間で、事件は解決したことになっている。まあ……、これを俺のいた世界では”ジダン”っていうんだが……」
「わかった……、それでは木槌を打つことにしよう」
裁定官の打つ、乾いた木を叩く音が、場内に響き渡った。
「リン・ミッチェル。この場で釈放! ただし、コウタ殿が弁済した水樽の被害額を必ず返済すること。もしも、返済が難しい場合にはコウタ殿が経営する<ユニコ・メッセンジャー・ワークス>に於ける労働で、これを返済すること。以上!」
歓声があがった。
リンと母親は抱き合い、喜びを表現していた。
「待ってください!」コウタは叫んだ。
「なんだ?」
「今回の事件は、誰もが乗り物としてモンスターを駆ることができる、このせか……、この国の体制に由来するところが大きいと思います」
「……どういうことか?」
「俺のいたところでは、乗り物は一定の訓練がなされ、その能力が充分と判断されたものだけが、その運転を許可される。免許制度というものを採っています」
「ほう。”メンキョセイド”とな?」
「城下とその周辺の街の人口は増え続けています。今後、うちのような同業他社も出てくるでしょう。今回のような事件、事故はこれからも増えていきます。その時に、今の法でそれらを裁いていけば、断頭台の前には行列ができます」
「ふむ。それは想像に難くない」
「なので、免許制度と、それに伴う新たな法整備を、MQ<モンスターキュウビン>第一人者として、ここに進言いたします」
「なるほど……。書記官、今のコウタ殿の言葉、書きとめたか?」
「しかと記しました!」書記官の声は力強かった。
「ではコウタ殿。忙しい中ご苦労であった」
コウタは、くるりと踵を返し、出口へ向かう。
「あの!」リンの母親がその背中に声をかける。
「悪い。急ぎの仕事がある。皇女様依頼なんだ。礼はまた後日聞く。じゃあな!」
皇室のベランダには煌びやかなドレスをまとった、麗しき少女の姿があった。
彼女はそこから見える、裁定所の中庭を見下ろすのが好きだった。その中にはこの帝国の治安維持の象徴となるものが置かれている。
彼女の名はメアリー・ヴァン・キャロライン。若干二十歳にして、この帝国を治める皇女。
その背中に声をかける者がいた。
「よう」そう言ったのはコウタだった。
「あら。さすがに遅れましたか?」
「まったく。無理な依頼はよしてくれ。ほらよ」コウタが差し出したのは、城下で売られる人気の焼き菓子だった。
「ありがとう。時々、こうして無性に食べたくなるのは何故でしょうね?」
「知らねーよ! それより……、裁定所に俺を推薦したの、あんただろ?」
「あら。なんのことですの?」
メアリーは焼き菓子の包みを開きながらとぼけてみせた。
「まあ、いいけどよ……」
「うふふふふ」
皇女は小さな口を精一杯開き、がぶりっ、と焼き菓子を頬張った。
「はしたないぜ。皇女様だろ?」
「こう食べるのが一番美味しいの!」
二人はベランダから裁定所の方を見下ろした。
裁定所の中庭には、断頭台があった。
何年も使われていないそれは、風に吹き晒され、朽ち果てていくだけの運命を、静かに受け入れているように見える。
かつて多くの血が流れたであろうその場所には、血のように赤い花々が、風と共にその頭を控えめに躍らせているだけだった。




