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永花  作者: あめい あかね
第一章:ファトゥス
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おじさん

 ここからウルペシアへと向かうにはこのファトゥスの内海からウルペシアへとのびる半島へと向かい、そこから船に乗って東側へと海を渡るだけだった。

「うーん、きっと間に合うはずよ。一応時間に余裕をもって設定したから!」

 シキミのその言葉通り、半島へと至るまでは特急の馬車を使いなんとか順調に進んでいるようだった。初めて乗る特急の馬車は何とも最初は乗り心地が悪かったが、慣れると案外、面白いものだった。

 特急の馬車以下のランクは普段僕たちが見慣れているような普通の馬なのだが、この特急は違うらしい。前窓から見える馬は、普通の馬よりか幾分か大きく見えた。見慣れない馬にも心ひかれたが、僕はそれよりどんどん後ろへと流れていく外の風景に目を奪われたのだった。

 僕の住んでいた村では見れないような、名前も知らない植物や、どこまでも続く長い道、たまにすれ違う人の衣装や、馬車……。

「すごい……」

「ライルって本当に引きこもりなのね……あんまり乗らないとは言っても、私でさえ年に数回は乗るものよ? そんなにはしゃぐとは思わなかったわ……」

「そんなに言われるほどはしゃいでないさ」

 そういってる顔がすでに輝いてて十分はしゃいでいるわよ、とシキミがつぶやいた言葉は僕の耳には届かなかった。外の風景を眺めているとあっという間に時間が過ぎ、目的の場所へとついていたのだった。

「ありがとう、おじさん! またいつか乗せて頂戴ね」

「あいよ。きれいなお嬢ちゃんを乗せられて楽しかったよ、今後ともごひいきに!」

 ここまで僕たちを運んでくれた愛想のよい老人に礼を言い、僕たちは少し離れたウルペシア行きの船がつく港へと向かっていった。

「今度は船に乗るんだろ? どのくらいかかるのかな」

 船は初めてなので、少し不安だ。

「うーん、そうねえ……だいたいの時間を考えると六時間くらいはかかるかしら」

「えっ、そんなにかかるのか……めんどくさいなあ、客室で休もうかな」

「それよ、引きこもり癖! そんなんだから世の中に疎いのよ? せっかくなんだし、甲板に出て海の風でも感じたらどう?」

「海なんて自分の庭からいくらでも見ることはできたよ……飽きるくらい」

 引きこもり癖とはひどい言われようだ、大方ルースが今までの僕の生活をぺらぺらと話したのだろう。帰ったらルースに一発げんこつを入れてやらないと気が済まない。

「どうせ、客室なんかにいたってすぐに飽きるわよ? 海を見ている方がよっぽど楽しいわ!」

 シキミのニコニコとした笑顔を見ると「海を見るのもいいかもしれない」と思ってしまった。実際海は飽きるほど見たが、それぐらい見るのが好きだというのもある。

 ただ、自分の家から見える以外の海を見てしまうのはなんだか怖い気がした。

「うん、まあ、考えておくよ」

 曖昧な返事をしてその場は抑えることにした。

 船に乗ってからどうするかの話が終わるころには、風に交じって潮の香りがするようになっていた。だいぶん港が近いようだった。


「うーんなんだか様子がおかしいわね」

 港がある方に目を向けるがどう考えても人気があるようには見えなかった。潮の香りは漂ってくるが、人の声のざわめきは聞こえてこない。

「どうしたんだろ、船もう行っちゃったとか? いやいや、それはあり得ないしなあ」

 シキミもだいぶん焦っているのか、きょろきょろとあたりを見回してしきりに唸っている。とりあえず港へ向かうことに決まった。


 港の入口に到着するといよいよ雰囲気がおかしいのが感じてとれた。 まばらに人はいるが、みんな鞄を片手に途方に暮れているようだった。

 そんな様子を脇目に、僕たちが船が到着しているはずの方向へと向かおうとすると、どこからか声が聞こえてきて、僕たちを制したのだった。

「こらこら、お前さんたち! 船に乗ろうとしているのかい?」

「ええ、まあ」

「それは残念だったな、今は港がほとんど使用できない状態だ、今どころかこれから使えるかどうかも怪しい」

 僕たちを呼び止めたのは、どうやらこの港に努めているらしい大柄な男性だった。普段はきびきびと働いているのだろうが、今ではすっかり意気消沈して先ほど見た客たちと同じように困り切っている様子だった。


「あの、何があったんですか」

「これから私たちここから船に乗って、ウルペシアへと向かわないといけないんです」

 男性は気力なさげに僕たちに教えてくれたのだった。

「ああ、何があったって、言っても信じてはくれないだろうが……今朝この港にホエが現れたんだ、突然。そう、あのおとぎ話のホエさ。俺たちは何にもすることができなかったよ。ただホエが海から出てきたのをあっけにとられて見ていただけだ」

「ホエが? なんでこんなところに……いや、それでも、現れただけなら船に乗っていけるはずでしょう? 動かせない理由があるんですか?」

「無理だ、奴は港に現れたかと思ったら、そこに泊まっていた船を船員たちごと海の中に沈めっちまったのさ……俺たちが何をしたっていうんだ、おれたちの仲間は、これから生きるはずだった未来を一瞬で奪われちまった」

 まだ若いやつもたくさんいたのになあ、と男性はうつむきながらぼそりとつぶやいた。僕たちはどう声をかけたらいいのか分からず、教えてくれたことに対して男性に礼を言い、その場から離れた。男性はうつむいたままだった。


「どうしよう……まさかこんなところにホエが現れるなんて、やっぱりホエにはある程度意識が……」

 シキミの言葉はよく分からなかった、それよりもここからウルペシアへ行くにはどうすればよいのか、それを悶々と考えていた。

「うーん、ホエの件は置いておくことにして、これからどうしよう」

「この近くにほかの港はないのかな? ほかの港なら船も無事だし、行けるんじゃ」


「残念だけど、この辺りにはここの港しかないの。次の港に行こうとすれば、そこへ向かうまでで時間がかかってしまう」

 珍しくシキミの額にはしわが寄っていた。


「あのう、すみません」

 突然かけられた声にびっくりしてシキミと二人で振り返ると、そこには優しげな笑みを浮かべた背の高い男が立っていた。潮風で、肩を越すあたりでゆるく結えた長さの色素の薄い髪の毛が揺れる。声をかけてきたのはきっとこの人だろう。いつ僕たちの後ろにいたのか全く気が付かなかった。服装はきっちりとしていて怪しくはなさそうだが。


「ええっと、あの、私たちに何か用で?」

 シキミも驚いたのかしどろもどろになりながら相手に返事する。

 彼女のそんな態度を見て相手はふふふと笑うのだった。

「いやあ、そんなに怖がらないでください。私もちょうどここの船からウルペシアへ行こうとしていた者です。話がちょうど聞こえてしまって……」

 ああ、そうなのか。とりあえず安堵して、まじまじとその男を見た。 服はどうやらどこかの制服らしく、なんとなく見覚えがあるのだが、思い出すことはできなかったが考え込んだら思い出すかもしれない。

 顔はそこらにいる人よりも何か際立つものがあり、きっと女性に人気なのだろうと推測できる。目は優しげに細められており、物腰もやわらかで、人のよさげな印象だった。

 年齢はいまいちわからない、若いと言われればそれで納得するし、中年といわれても、雰囲気からしてわかるような気がした。実は老人だと言われても納得してしまいそうだ。

「おや? 私の顔に何かついていますか?」

「い、いや、いくつくらいなのだろうと少し疑問に思って……」

 思わずぽろっと言ってしまった。

「ああ、私ですか? そうですねえ、恥ずかしいのではっきりとは言えませんが、あなたの二倍は生きていると思いますよ?」

 言いたくないなんてお前は女か、と心の中で突っ込んでしまったが、本当に中年だとは思っていなかったので、彼の年齢に驚いた。

 僕の年齢から考えると彼は三十路過ぎである。

「それで、あの、」

「ああ、私のことは“おじさん”と呼んでくださったら結構ですよ、通りすがりのおじさんですので」

 おじさんがにっこりとほほ笑む。 ついつい相手のペースに流されてしまう。

「ええっと、おじさん、それで行く方向が同じってだけで私たちに声をかけたんでしょうか? ほかに何か……」

 ああ! そうでした! と、おじさんが軽く手を打合せた。黒革の手袋をしているせいだろうか、音はほとんどしなかった。

「ちょうど先ほど、私の知り合いに連絡が付きまして! フルゴール経由でウルペシアへ行けそうなのです。どうでしょう、よければご一緒しませんか?」

 こちらからすれば願ってもない申し入れだが、なんだかあまりにもことが良いように運びすぎているような気がする。

 世の中をあんまり知らない僕でもわかる。

「あ、とても素敵な申し出なのですが、私たちにはあいにくそんなに持ち合わせはないのです」

「そんなことを気にしていたのですか? お金を取ろうなんて全く思っておりませんよ、ただ、今日ここであなたたちと話しているのはきっと偶然です、あなたたちがウルペシアへ向かうと言う話がたまたま私の耳にはいってきたことも、ね。せっかくのこのめぐりあわせじゃないですか、私が個人的にお誘いしているだけなのですよ」

 だんだんこの、おじさんが怪しく見えてきた。この話はあまりにもおいしすぎる。

「私たちにとってはすごくありがたいのですが、あなたには何にも得はありませんよ?」

「貴女はなかなか聡明なお嬢さんのようだ。ですが、そんなに考えてしまっては反対にまわる頭も回らなくなってしまいますよ?」

 ただ、あなたたちとフルゴールまでの間、一緒にいるのも楽しいかな、と思いまして。と、相変わらずおじさんは笑みを絶やさずに話しかけてくる。


 シキミがくいっと僕の服の袖を引っ張った。

「なんだい、シキミ」

「ライル、私はこの……おじさんの誘いを受けても良いと思うわ。あなたはどう?」

 思わず拍子抜けした。あんなに警戒していたように思えていたのに、あっさりこの男についていくという。

 偉そうに言えないが、僕は今回の旅についてはシキミの考えを尊重しようと思っていたので、多少は迷ったが了承し、結局このおじさんと道中をともにすることになったのだった。

 不安なこともあるが、旅とは、こんなに初めてだらけだとは思わなかったのでそれなりに疲れるが、この感覚が僕には新鮮で少しだけ楽しいと思えた。

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