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永花  作者: あめい あかね
第一章:ファトゥス
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星空の下でもういちど

 ルースお手製の温かいスープやら、新鮮な野菜のサラダ、焼きたてのパンを食べてお腹が膨らむと、安心したのか、先ほどの睡眠がちゃんとしたものでなかったのか、僕は急に眠くなり、ルースとシキミに一声かけて自分の寝室へと戻った。

 もどる直前にルースが「旅に必要最小限のものは揃えておくよ、なんせ僕はいい男だからね」と自信満々に言って僕を寝室へ送り出してくれた。

 僕はすっかり安心しきって、布団の中へ潜りこむと、すぐに眠りについた。



 次に目を開けるとまたあの白いキャンバスのような空間にいた。

 ただ、今回は前回と少し違い、なぜか以前父さんが立っていたあたりの地面に、ぽつんと植物が一本植わっていた。

 思い切って近づいてみるとまだその植物はつぼみの状態のようだ。ほんのりとつぼみに色がついていた。

「これは、なんの花だろう? うちの庭に咲いているものとは少し違うし……」

 自分の脳内の花の図鑑を引っ張り出して、ぺらぺらとめくっているうちに、ふと後ろに何かがるのを感じた。

 まさかと思って振り返ってみるとやはり、そこに父さんが立っていた。突然の登場に心の中ではとても驚いていたが、前回よりもはるかに落ち着いて父さんと向かい合うことができた。

 それでもやはり隣にいることを嫌に感じて、数歩の距離を開けてしまったのだが。


「……なんでここにいるの? 夢の中に出てくるんじゃなくて、言いたいことがあるのなら直接僕のところへ来て言ってくれよ」

 僕のそっけない問いかけに、父さんは現れた時のまま、そこから一歩も動かずに、昨日会った時と同じように、全く何も言葉を発することはしないようだった。そして変わらず父さんの体からはひらひらと花びらが舞っている。

 その以前の父さんとは全く違うような、しおらしい様子に僕は苛立ちが募り、つい口調が荒くなってしまう。

「だから、なんでそんなに父さんは黙りこくっているんだよ、父さんじゃないみたいだ! だいたい、言いたいこともないのに勝手に僕の夢の中に出てくるのをやめてくれないか! 役立たずの父さんとは違って、僕は明日から母さんを助けるために旅に出る。それだけ言っておくよ。……もう父さんの顔なんて見たくない、さっさと僕の夢から出て行ってくれ!」

 力任せに言いたいことをすべて父さんにぶつけて、父さんを睨むと、やはり悲しそうな顔をしたまま立っていた。まるで「ごめんな」とでも言いたげな顔だった。

 その顔にやはり苛立ちはしたが、さっき言ったことをふと考えるとじわじわと罪悪感が僕の胸の中にしみこんでくるようだった。

 一瞬目の前の風景がぶれたように感じたその瞬間、父さんの姿は花びらへと変わり、キャンバスの風景と、小さなつぼみのついた花とともにまた僕の前から消えていった。

 また僕は暗闇の中へと吸い込まれていくのだった。



 暗闇にのまれてしばらく意識がなくなった後、僕は目を覚ました。あたりは暗くなっている。もう夜半過ぎだろうか。

 とりあえず寝床から体を起こして、僕は少しの間物思いにふけっていた。昨日はシキミの話を聞いた、母さんが助けられる可能性が見つかって勢いで「助けられるなら何でもする!」なんて大口をたたいてしまったが、よくよく考えると僕は今まで家の中に閉じこもってばかりいたただのぱっとしない一人の男子だ。

 シキミがいくらしっかりもので、ホエに立ち向かうことができたとしても、結局自分は大きなことには立ち向かえる気がしない。そもそも女子のシキミにばかり助けてもらってばかりの旅なんて、恥ずかしい…………。

 考えれば考えるほど僕の考えは暗い底に沈んでいき、しまいには「もう旅に出るのは諦めてしまおうか」なんて思い始める始末だった。

 考えている間に、部屋の中も昼間のようにまた重い空気が溜まってきているようで、少し外へ出て気を晴らそうと思った僕は、上着をさっとはおり、静かに、なるべく音を立てないように外へとふみだした。



 恵みの季節真っ只中の僕の村は果物の収穫期も迎えていた。村の外にいると、いろいろな方角から風に乗って果物の香りがふんわりと漂ってくる。今も、たぶん知り合いのおばさんの家の果樹園からであろうリンゴの甘酸っぱい香りが辺りを包んでいた。その空気を感じながら、家の裏側にあるちょっとした丘の頂上に僕は腰を下ろした。

 昔からこの丘は僕のお気に入りの場所で、暇さえあればすぐに寝ころびに来るほどだった。ここには、父さんとの思い出もなかった。

 全部をほっぽり出してしまうように、手足を投げ出して僕は少し足の長い草が青々としている原っぱに転がった。

 しばらく目をつむっているとさっきの甘酸っぱい香りに合わさって、原っぱから漂う地面と草の匂いが僕の鼻をくすぐってゆく。暗闇に慣れた目を開けると、たくさんの星の光が落ちてきた。久々にみる満天の星空に思わずため息が出た。

「やめようかなぁ」

 ほろりと、心から出た言葉だった。

「やめたいの?」

 突然頭の上から降ってきた言葉に僕は驚いて上半身を起こした。そばにあった木の下に、いつの間にかシキミがひっそりと座っていたのだった。

「ここ、良い場所ね」

 驚いて声が出なかった僕にシキミは続けて僕に話しかける。顔は無表情に見えたが少しだけ、少しだけこわばっているように見えた。

「……行くの、やめたいの?」

「……ベッドに寝転んでいる間にちょっと考えてたんだ。僕たちってさ、結局はただの子どもだろう? 母さんを助けられるなんて夢みたいな話、そりゃやりたいけど、けどさ、僕は変な特技があるにもかかわらず何にもできないし、君の役にも立てないんだよ。君だって僕みたいなただの男子にそこまでやる義理もないだろ?」

 普通にかんがえてさ、と自分に言い聞かせるようにも呟いた。

「確かに、私たちはただの子どもかもしれないけど、それでもやろうとしない子どもよりも、少しでも進めようと自分から動く子どもなら、それはただの子どもにはならないんじゃない?」

 それに、とシキミはさらに続ける。

「確かに私はあなたのために旅をともにする義理なんてこれっぽっちもないし、普通なら、はいはい、残念ですね、元気出してくださいね、頑張ってね、それじゃあ。で終わるかもしれない。でも、そんなことじゃないの。……私にも理由があって、あなたについてきてほしいの。ライル」

 急に一緒についてきてほしい、なんて言い出すシキミを見て、僕はまだよく意図が読めずぼんやりと彼女の髪が風でふわりと揺れているのを見つめていた。

「なんで、僕についてきてほしいんだ?」

 シキミになんにも役に立てない僕がついていくよりも、彼女一人で行動した方がよっぽど物事はうまくいくだろう。

 僕の質問に対してシキミは少し考えた風な顔をした後、少しつっかえるように話し始めた。

「ううん……その、はっきりとは言えないんだけど、私の故郷がウルペシアなのは知っているわよね? 私たちの一族は昔から守り続けてきたことがあって、それを続けるための約束事として、ウルペシアに住む人以外に手伝ってもらわないといけないの。手伝ってもらう人って、ちょっと条件があって、まあそれを満たしているのならだれでもいいんだけども……それで、今回あなたに会って、あなたがちょうどその条件を満たしているってことなの、かな」

 自分でもうまく説明ができないらしく、シキミは眉間にシワを寄せている。

「その、ちょっとした条件ってなんなの?」

「ごめんね、それは言えないんだ」

 シキミの方にもそれなりに理由があったらしいことはわかった。その手伝いとしての僕の必要性も、でもやはりなんだかぴんと来ないのだ。

 そんな僕の考えを読み取ったのだろうシキミがついにこらえきれない、といった感じで僕の方へとずかずかと歩み寄ってきた。

「ああ、もう! だからなんにせよ、今回私はあなたとルースに出会って、ライルが適役だと思ったの! だから私と一緒についてきてほしい、あなたに手伝ってもらえる代わりに私もあなたのお母さんを助ける手伝いをしたいの、私がしたいの!」

 最後の方は無茶苦茶になってやけくそで言ったらしかった。そんなシキミを見て、僕は面白くなって吹き出してしまった。吹き出すにとどまらずこらえきれなくなって笑い出した僕を見て、シキミもつられて笑い出してしまった。

 ひとしきり二人で笑った後、大きく息を吸い込むと先ほどよりも強い甘酸っぱい香りを乗せた風が体の中で広がった。

「ははっ……シキミって面白いね」

「笑わないでよ……自分でもさっきのは少し恥ずかしかったんだから! ああ、でも久々に大笑いしたような気がする」

 まだ笑いの余韻が残っているのか隣でくすくすと笑う声が聞こえる。

「でも本当に僕なんかで良いの?」

「もう! 思ったけどライルっていじいじし過ぎ! 優柔不断?」

 母さんにもよく言われるので、言い返せない。

 シキミが何か思いついた顔で僕を見る。

「じゃあこうしましょう、ホエに食われるすんでのところで、私はライルを助けたわよね? だから私はあなたの命の恩人様なの、だから、あなたはお礼として旅路の途中で困っている私を助けるために一緒についてくる! それでいい?」

 そういえば僕は一度ホエに食べられそうになったところをシキミに助けてもらったことがあったのだった。

 目の前にいるシキミは目が慣れてきたからか暗闇の中でもほんのりと微笑んでいるのがわかった。

「命を助けてもらった人のお願いは聞かないといけないね」

「やっと決心できた?」

 うん、と軽く頷くとシキミは星がはじけるように微笑んだ。その笑顔を見ると、自分の心もいつの間にかすっかり晴れて、胸の内はきらきらしたものが充満したように感じるのだった。

 一章終わってませんでした。次から二章です。

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