はじまりの夢
遠い昔、僕が幼い頃の思い出。もう、ぼやけてしまった遠い夢。
…………ほらほら! 父さんまだまだ戦えるぞ、来いよ!
ぼんやりとはしていたけれど、確かに自分の家の中庭。
…………うっ、うるさいなあ! 今から行くの!
幼い僕は体の大きさとはずいぶん不釣り合いな木刀を握りしめて、目の前にいる大きな父さんに向かって行く、が、やはり体格差もあって簡単に僕はさっきいた場所まで戻されてしまう。
余裕綽々な父さんを睨みながら、僕は悔しそうに木刀を握り直す。
…………あ――すこ――ら―――――さい! ――――――? も―――、―――
…………あーあー、少しくらいはね! 勝たせる気もないけど!
どこからか聞こえてきた母さんの声は、なぜかもやがかかっているみたいに聞こえにくい。父さんの声だけ、ハッキリと聞こえる。
僕が睨んでいるのに気付いた父さんが、面白いことを思いついたかのように、僕に提案をする。
…………お前、今日父さんが勝ったら言うこと一つ聞けよ!
全く大人げない父さんだと思う。
結局、いつものようにこの日も僕は父さんにぼろ負けしてしまった。
悔しくて泣いてしまった僕を見下ろしながら、父さんはニヤリと笑ってこう言ったのだった。
…………お前今日から始まる余花祭で永花取って来い
…………ヨカサイ? エイカ?
聞きなれない単語ばかりで僕の頭はこんがらがってしまった。
…………そ、ウルペシアでやる余花祭だよ、永花ってのは見晴らしのいいところに咲いているんだ。きっときれいだぞ?
小さい僕でもウルペシアくらい知っていた、僕たちが住んでいる大陸から少し離れたところにある、大きな島国だ。
ただ、永花なんて花を僕は知らなかったし、父さんの言うことを聞くなんて絶対に嫌だったから、僕はムキになって言い返した。
…………そんな、ぼく、この村以外知らないよ! エイカなんて取ってこない!
…………いいか、永花だぞ、永花
僕の話をちっとも聞かずに父さんは自分の要求だけを僕に押し付けた。
そして、次の日旅に出たのを境に父さんは、僕と母さんの前から姿を消した。
父さんは昔からこうだった。子供っぽくて、すぐどこかへ行って、全然変わらない……。
そういうところが、僕は嫌いなんだ……。
「――――! ――イル、――っもう、ライル!」
「わっ!」
居心地の悪い夢から僕を目覚めさせたのは母さんだった。いきなり視界が開け、朝の眩しい日差しが嫌でも僕の目に刺さる。
「……母さん」
息子の顔を見ながら母さんは怪訝な顔をした。
「また父さんの夢でも見たんでしょう。まったく、父さんは十年前に旅に出てそれっきりなのに、今でもそんな夢を見るなんて本当に父さんのこと好きね」
「違うって……」
あの父さんが好きだって? 冗談じゃない。僕はどちらかと言うと父さんのことが嫌いだ。
むすっとした僕を見ながら、母さんは「またか」といった風に苦笑した。
「まあそんなこといいわよ、明日から収穫祭! しかも十年に一度の玉響祭よ、さっさと準備しなさい」
色々と大詰めなのよ、と母さんがはりきった様子で腕まくりをする。
そうか、家にいて聞こえにくいけど、外からはいつもよりにぎやかな声が聞こえてくる。きっとたくさんの料理の下ごしらえが始まっているのだろう、起き上がるとそよ風に乗っておいしそうな匂いもしてきて、明日からだというのに僕のお腹は従順に反応している。
「でも準備か……めんどくさいなあ」
「そんなこといわないの! 今年は特別な祭りなんだから、ほかの国の人もたくさん来るわよ、ウルペシアとか、フルゴールとか……」
あ、そうだ、と母さんはなにか思い出したかのようにつぶやく。
「玉響祭のある年にウルペシアに行くと空を飛べる、って父さんが言っていたわね……」
さっき夢の中にもウルペシアが出てきたっけ……父さんが出てきてあまりよく眠れていないことを思い出し、今度は気持ち良く眠るために布団へ戻ろうとしたが、母さんが浮遊の呪文を唱えて毛布を外に運んでしまった。
ぼうっとしている僕を見て、母さんがまくし立てる。
「ほらほら、早く着替えて手伝いなさいな、あの森からやってくる悪い怪物のホエに連れていかれてしまうよ」
「もうそれ聞き飽きたよ……」
昔から伝わる子供に言うことを聞かせる決まり文句を言いながら、僕に今日着るための衣服を押しつけると、母さんは足早に部屋から出て行ってしまった。
この収穫祭ばかりは、めんどくさいからと言って部屋から出ない、というわけにもいかないし、母さんにあんまり負担をかけたくない。
ホエが住むと言う遠くの森から視線を外し、とりあえず服を着ることにした。
はじめての投稿ですので、色々と至らない点があるかと思います。後々改善して行けたらと思います。
この世界で少しでも、なにか心に残ることがあれば、嬉しいです。よろしくお願いします。