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おきのどくですが……

もし、あの時こうしとったら。

もし、あの時、ああ言っとったら。


冬の寒さをダンボールハウスの中で耐えながら男は考えていた。

その夜、どこかで拾った薄いジャンパーなど何の役にも立たない強烈な寒気が男を襲っていた。


あかん

これはあかん

ほんまに死ぬかもしれん


生きるも自由、死ぬのも自由。などと強がってきたが、いざ死神の足音が聞こえてくると怖くてたまらなかった。


惨めや……。


男は最期の時を迎え、初めて自分の人生に向き合うことができた。

そうや、俺は何も最後まで成し遂げてへん。こんな惨めなことあるやろうか?そうや、俺の人生は惨めやった。俺には生きてる価値なんてなかった。この人生にも意味なんてなかった。

結局「生きる」って一体どういうことなんや?

でも……、もし、あの時に戻れるんやったら一つだけやりたい事がある。俺にもやり残した事があるんや。それさえできれば俺の生きた意味が分かるかもしれへん。


「おきのどくですがあなたはしんでしまいました」


暗い闇の底で、何処からか声が響いてきた。初めて聞くような、どこかで聞いたことがあるような。男か女か、子供か大人も分からない全てを足して割ったようなそんな声。


男はその声にすがるかのように願った。

「頼む、もう一度やり直させてくれ。俺は、俺には一つだけやり残した事があるんや」

「おきのどくですが、きまってしまったじんせいはかえることができません」

「それでもええ!一つだけ、一つだけでも成し遂げられることがあるんやったらどんな惨めな人生でもかまへん。俺の生きた意味を見つけたいんや!後生やから。頼んます!!」

男は切に願った。ただ一途に、一つだけでもやり遂げたい、そして人生の意味を見つけたいと。




気づくと、男は地面に立っていた。

太陽の日差しが眩しい。


なんやこれは。

俺は生き返ったんか?

神さんが俺にチャンスをくれたんか?やってこいっちゅうことか。


「なぁ、忠洋ただひろくん」

突然の若い声に、男の頭はさらに混乱した。目の前にはどこかで見覚えのある顔。

男の混乱を余所に、少女はかまわず続ける。

「なぁ、忠洋くん。今日はバレンタインやろ。だから……、あっ、あのっ、これ」

差し出された綺麗にラッピングされた赤い包み。恥ずかしそうに顔を赤く染める少女の顔。


あぁ、そうや。これは中一のバレンタインデーや。俺の名前は高橋忠洋。この少女は、幼馴染みの山田美代子。確かに俺はあの日、間違いを犯した。そうか。ここからやり直せ、っちゅうことやな。


「うわっ!キッショ!」

背後から聞いた事のあるセリフが聞こえた。振り返ると、あの頃俺をパシリにしていた上級生のグループがいる。

「パシリとビンボー人とはいいコンビやなぁ。お前ら結婚して不幸な家庭でも築いてくれや!」

「ビンボー人」と呼ばれた美代子は擦り切れた制服の袖を身体の後ろに隠し、恥ずかしそうに下を向いた。

それを見たリーダーはニヤニヤしながら忠洋の方を見る。

「あれ?忠洋ちゃん。挨拶はないんかぁ?今から遊びに行こうや。忠洋の奢りでぇ」

周りの取り巻きが一斉に笑う。


そう、俺はこの誘いを断ることが出来んで美代子を置いて行ってしまう。それ以来美代子と話すことは無くなってしもたんや。


あの頃はこのグループが怖くて堪らなかった。何も言えず、ただ言われるがまま、親の財布からお金を盗み、彼らに貢いでいた。

しかし、今、忠洋の前に立っているのは、ただその辺にいる、不良になる勇気もない連まなければ何もできないただのガキどもだった。


あほくさ。


忠洋は、キッとリーダーの顔を睨み、そのまま一歩前に出た。

普段とは違うパシリの態度にたじろぐリーダーから目を逸らさず、さらにもう一歩近づいて忠洋は怒鳴った。

「おんどりゃあ、舐めとんのか!ビンボーで何が悪い!親の脛かじって弱いモンから金取って、そんなイカ焼きの腐ったような奴に何も言われとないわ!その臭い口閉じて喋んなや!!」

リーダーは何が起こったのか理解できないように、口をポカンと大きく開けている。


こんな奴に、こんなしょーもないアホに俺の人生狂わされたんか。


「何も言われへんのやったらだーっとれ!そのアホみたいな口閉じて、帰ってセンズリでもこいとけ!!ボケが!!」


忠洋は興奮して怒鳴り続けた。人生を狂わせた一人を目の前にして、今にも殴りかからんばかりだった。忠洋のあまりの変わりように、彼らは慌てて走って逃げていった。去り際に何か言っていたようだが、忠洋の耳には何も聴こえていなかった。


「あっ、あの、忠洋くん?」

一人残った美代子がオズオズと話しかけてきた。

忠洋は、改めて美代子を見た。

擦り切れだらけの制服。手入れされてない髪、ダサい眼鏡に隠されてはいるが、その内に秘めた溢れんばかりの美しさに忠洋はしばし見惚れていた。


そやけど、コイツは確か……、


ドンッ

忠洋は美代子が立っていた後ろの壁に勢い良く手をつき、彼女の目をじっと見つめた。

「あのっ、あのっ。忠洋くん?」

美代子はアタフタしながら真っ赤に染まった顔を背けようとする。そんな彼女の顎をクイッと持ち上げ、自分の方を向かせた。


「美代子、ええか。ビンボーなんかに負けたらあかん!お前はまだ若い。何でもできる。お前がベッピンなんは俺が一番良く知っとる。化粧して綺麗にしとったら男なんて腐る程寄ってくるわ!そやから……」

「あっ、あの、忠洋くん……、何言って……」

「そやから!あんな家早よ出ていくんや!その足はその為にある!この手はドアをぶち壊す為にあるんや!分かったな!!」


先ほどのリーダーと同じくポカンと口を開け、美代子は忠洋を見ていた。


そして、しばらくの沈黙の後、美代子はコクリと頷いた。


「よっしゃ!約束やで」

忠洋は満足そうにはち切れんばかりの笑顔で笑った。

忠洋には全て分かっていた。今、彼女が虐待を受けていること。そして数年後に美しく成長した彼女は父親に犯された後、売春を強要されること。やがて、精神を病み、自殺してしまうこと。


もし、あの時こうしとったらコイツは死なんで済んだかもしれへん。


「おきのどくですが、おわってしまったみらいをかえることはできませんよ」

頭の中で、あの耳障りな声が聞こえる。


じゃかしいわ!!

忠洋は心の中で悪態をついた。




お読みいただきありがとうございます!

後編はただいま手直し中です。近日中にアップします。どうぞよろしくお願いします。

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