プロローグ
それは、僕の知る限り最も美しい死体だった。
色素の薄い金髪がベッドからこぼれ落ちる。細い髪が幾重にも、さながら滝のようにシーツの大地を流れて、床にまで広がっていた。その隣に、美しい金とは真逆の毒々しい赤色が、同じように流れ落ちている。人形のように無機質な美しさと、生々しい人間の内部とが、まるでお互いを引き立て合うかのように。
磨かれた大理石の床。そろえられた簡易的な靴は、眠る少女が自らの足で外を出歩かなかったことの証明のようで、すこしだけ物悲しくなる。まるで儚さの根拠だ。
ベッドの上に眠る少女は、手を組んで天蓋を見上げ、まるで神に祈るように目をつむっていた。寝顔にでも見間違いそうな、安らかな顔。そこに呼吸している人間独特の気配がないことを、僕は正しく認識していた。そして、呼吸を読む必要もない。
組まれた手が乗っているお腹の、さらに上。そこに、十字架のようにも見える立派な造りの鍔の、銀色の装飾剣が突き立っていた。かすかに傾いでいるが、けれどまっすぐに少女の胸に突き立てられただろうことに疑いの余地はない。あれは多分、刺されてから、その後ですこし傾いただけだ。そこから流れる血はおびただしい量に及んでいて、その少女が死体であると、見る人全員に理解させた。
息を飲む。僕だけではない。踏み込んだ全員が。
「おい、どうして……なんで……」
男が悲しみに暮れた声で訪ねる。けれど、答えを持っている人はいない。誰もその問いに答えられない。
未雨月。閉ざされた島で、僕はこうして、美しい死体に遭遇したのだった。
———— 破れた毒膿 #13