とある娘の転生録
むかし、むかし、ある所に、
何処にでも居そうで居ない、一組のカップルがおりました。
「愛しているよリーゼ、ずっと一緒に居よう?」
「私も愛しております。ガレット様……。
ですが、私はずっとガレット様とご一緒に居る事は出来ないのです」
すりすりと、リーゼはガレットの胸に頬を寄せて甘えてみせる。
ガレットもそんな娘の頭を優しく指先でなでた。
互いに愛し合っているのに、このカップルにはあまりにも障害が多すぎて、
リーゼは彼と恋人になってからというものの、その現実を常に受け止めていた。
周囲の猛反対を他所に、この愛を貫こうとしているのだから無理も無い。
地位や家柄ならば、まだ乗り越えるだけの気概はあったかもしれない。
けれど、リーゼも……そしてガレットも変えられない宿命があったのだ。
そう、生まればかりは、どうしても抗えない事実で。
「――私、ハムハムなので、短命で2年の寿命です。
ある日、ぽっくり逝くかと思いますよ?」
「うああああああっ!」
リーゼがそう淡々と現実を突きつけると、
ガレットの綺麗なルビー色の瞳が潤み、涙腺が崩壊した。
そんなガレットをリーゼは慰めるように小さな手でぽんぽんと叩く。
「ちいちい、ガレット様、イイコイイコ……」
そう、リーゼはハムスター……いわゆる、ハムハム種族。
対するガレットは魔族の男であり、かなり長命の持ち主だった。
男からしてみたら、リーゼは瞬きの間ほどにしか生きられない存在で、
力を込めてしまえば、あっけなく奪われるその命……。
弱者の中でも下から数えた方が早い。
下手をしたら、害獣駆除の対象にでもなってしまうほどの存在である。
「君はこの俺を置いて居なくなってしまうのか……っ!?
そんなの、俺には到底受け入れられない!!」
「ガレット様。これは既に決まっている事なのですよ?」
頭に角を生やし、背中にコウモリに似た翼を持つ黒髪の青年。
その彼の手に、ちんまりと乗るジャンガリアンハムスター……。
しきりに鼻をぴくぴくとさせては、ガレットをつぶらな瞳で見つめている。
そう、彼らは、まさに種族の垣根を超えすぎた恋人同士だったのです。
超越しすぎて、理解者などこの世に居ませんでした。
居ようものなら、「お前、直ぐにでも病院へ行け?」と言われるレベルでしょう。
同性愛者は理解されつつある昨今、
それなのに種族を超えた愛は、どうしてこうも理解されないのか、
ガレットは悲しみ、リーゼは自分の立場を深く理解し、しょんぼりとするものの、
目の前のガレットの差し出す小さな指に、そっと小さな手で触れてみる。
時間が経てば解決する……普通ならそう言うかもしれませんが、
その前に、リーゼの寿命の方が先に終わってしまうのです。
こればかりは何の解決策もありませんでした。
「神様が私にお与えになった運命ですもの、
私はそれに従うのが道理という物でしょう」
リーゼは短命なせいか、妙に自分の人生……いや、ハム生について、
達観した意識を持っておりました。
二人の……いえ、一人と一匹の出会いは遡る事、三ヶ月前、
ガレットが気まぐれに人間の町にやってきた時の事でした。
リーゼがペットとして飼われていた家に、新しく猫が飼われる事になり、
その猫に自分のケージを壊され、あわやリーゼは食べられてしまいそうになった。
飼い主の家から泣く泣く逃げ出したものの、外の世界はもっと天敵だらけ、
街中へ出ても、野良猫や野良犬に狙われることとなり、
しまいには、遠い親戚である筈の野良ネズミにも襲われそうになった。
だから、リーゼは泣きながら必死に助けを求めた。
『ちゅーっ!?』
其処へ、偶然通りかかったガレットは、気まぐれを起こして彼女を助けてあげた。
それが、運命の出会いになるとは知らずに……。
『ああ、ありがとうございます。貴方は私の命の恩人ですね?
このご恩は忘れません……ありがとうございます』
その手に乗せた彼女のなんと小さい事か、生きているのが本当に不思議なくらいで、
ぷるぷると体を震わせながら、鼻をひくひく、目をぱちぱちとさせて、
ちーちーと鳴く、その姿に……。
『……っ、か、可愛い……っ!!』
――ガレットは一瞬にして、心を奪われた。
そのままガレットは、リーゼを自分の家へと持ち帰った。
いや、連れ去ったと言う方が正しいのかもしれません。
欲しい物は惜しみなく奪え! ……が、モットーの魔族社会である。
当然、ガレットはひと目で気に入った愛らしいハムスターをさらって来たのでした。
『な、泣いても、もう帰してやらないからな?
お前はもう既に俺の物になったんだ!』
そう言って、いそいそとリーゼのお部屋、もとい小屋を用意するガレット。
傍らには、正しいハムスターの飼い方と書かれた本や、
好物であるひまわりの種、ハムスター用のフードとビスケット、
水を飲むスタンドと寝床となるワラのベッド、運動用の滑車台まである。
ガレットが自分の宝石を売り、即座に人間界で買い揃えた品だ。
『いいえ、丁度、行く当てが無かったのです。
これからは、貴方様が私のご主人様なのですね?』
『……あ、ああ、そうなるのかも……な』
『不束者ですが、どうぞ可愛がって下さいませ』
そんなこんなで、リーゼとガレットは一つ屋根の下で暮らす事になった。
傍目から見ても、飼い主とペット以外の何ものでもない。
リーゼはお仕えすると言っても、自分では何も出来ない身、
それどころか、ガレットの世話になってばかりだったのだが、
リーゼはとても幸せに過ごしていたのだった。
一方、ガレットは殺伐とした魔族社会で暮らしていたので、
リーゼのこの愛くるしい姿は実に癒しだった。
ふくふくとお腹いっぱいになって幸せそうに眠る姿、楽しそうに滑車を回す姿、
自分が外出から帰ってくると、物音を聞きつけてお出迎えをして来たり、
胡桃の実をクッションのように抱いている姿や、
一日の殆どをお腹を見せて眠るという、無防備極まりないその姿に……。
『か、可愛い……っ!』
すっかりと心を奪われてしまったのだった。
それが、どう捻じ曲がったのか、ガレットの恋に発展したのである。
もしかすると、この殺伐とした世界に嫌気が差していたのかもしれません。
『ガレット様……お疲れなのでしょうか?』
最初はリーゼも、ガレットの頭の中を心底心配したものだ。
けれど彼が本気であると分かった後、彼の求めに応えた。
リーゼは最初から助けてくれたガレットが大好きだったのだから。
こうしてガレットは、リーゼと晴れて恋人同士になった。
周りからは、頭がいかれたと散々言われ、家族からは白い目で見られていたが、
ガレットもリーゼも幸せだった。
ただ、この恋は永遠には続かない、何時かは別れというものが来る。
リーゼはハムスター。どんなに頑張っても寿命が2年の生き物。
「私……一生分の恋をしました」
……という言葉を言った次の日に、リーゼは冬眠に入り……。
そのまま、静かに息を引き取ってしまいました。
2年所か、半年も持たない薄命でございます。
ひまわりの種を持ったままと言う姿が、実にリーゼらしい最後でした。
ガレットは彼女の死を悲しみました。
悲しみまくって暴れまくり、彼女を返してくれないのならば、
人間界を恐ろしい目に遭わせてやるという発言までしました。
別にそれは魔族の本能から言えば、ごく当たり前の事なのですが、
ガレットはそれに気付けないほどに、リーゼが居なくなった事を悲しみました。
たかがハムスター、されどハムスター……。
どこにでもいる可愛いハムハム一匹(約千円相当)の為に、
人間界は恐怖のどん底へと落とされようとしていました。
はた迷惑も此処まで行くと、感心すらしてしまいそうです。
「ガレット、新しいハムスターを飼ったらどうだ?」
ガレットの父が見かねて、嘆き暴れまわるはた迷惑な息子に提案するも、
本人はリーゼじゃなければ意味がないと拒否しました。
「俺のリーゼより、勝るハムハムはいない!」
このお方、なんと毎日リーゼをくまなく愛でて、愛でまくりすぎて、
ハムスターの群れの中から、一匹のリーゼを瞬時に見分けられるほどに、
リーゼに関してのみ目が肥えすぎてしまったのです。
当然、他のハムハムなど眼中にはありませんでした。
そのリーゼ自身は、
『自分が亡くなったら新しい恋人を見つけて下さいね?
うさぎさんでも、りすさんでも、きっとガレット様をお慰みして下さると思いますから……』
そう言って置いた筈なのですが、ガレットにはそれが出来なかったのでした。
リーゼ、マイラブ。
そう言って、はばからなかったのです。
※ ※ ※ ※
そんな変わった1人の魔族の存在を、雲の上で神様は見ておりました。
あの魔族が要求するのは、今、目の前に居る小さなハムスターなのです。
「――……と言う訳なんだが、どうする? リーゼ」
魔界で生まれたものと、神によって生まれた命……。
例えガレットが死んだとしても、亡きハムハムの後を追う事などできず、
あの世での再会なんて事もできないので、ガレットは人間界にごみを撒き散らしたり、
公共物に大きな落書きをしたりと、子供かよとツッコミどころ満載の、
低レベルの嫌がらせを人間界でしまくり、
ずっとず~っと神に向かって脅し続けているらしいのです。
……脅しているつもりのようです……と言った方が正しいでしょうか?
「あほらしい事をしているので、放って置くと言うのも考えたのだがな、
それでエスカレートして、人の世に災いをもたらされても困るんだが。
あれは、よっぽどお前の事が気に入っていると見える」
あきれ返った神は、手のひらの上でほえほえとしている娘に聞きます。
「あの男はああ言っているが、お前はどうしたい? リーゼ。
お前の意思を尊重しよう、俺に遠慮せずに言うと良い」
リーゼはその時、天国にあるヒマワリの種をむぐむぐと頬張っておりました。
ありがたくも神様が、手ずからリーゼに食べさせてくれていたのです。
「ちい……」
ここはいつも温かくて、お腹も空かなくて、
動物達は皆仲良しで、リーゼを苛めたりせず、彼女はとても幸せなのですが、
雲の合間から見える、大好きなガレットがずっと泣いている姿にリーゼは心を痛め、
頬袋をくるくると触りながら応えます。
「ガレット様が望んで下さるのでしたら、
直ぐに生まれ変わっても宜しいでしょうか?
人間界の皆様に、ご迷惑はお掛けできませんから」
リーゼはそう、神様にお願いをしました。
人質ならぬ、ハム質となったリーゼ。
人々の安寧の為に、魔族の生贄として転生させて貰う事になりました。
生贄には、今まで色々な動物や人間が捧げられて来たものですが、
まさかハムスターを要求するものが、この世の中に居るとは思いませんでした。
「ああ、では気をつけて行くんだぞ?」
「はい、短い間でしたが、お世話になりました。
こちらのヒマワリはとても美味しかったです」
けぷんと息を吐き、お腹いっぱいになった後、
小さな手……もとい前足で、神様と握手を交わすリーゼ。
「ガレット様、直ぐに参りますね~?」
雲間から見えるガレットにリーゼは話しかけると、
とてとてと転生する為の光の中へ飛び込みます。
リーゼは神様の許可を頂いてから、もう少し長命の生き物にして貰い、
神様は生まれ変わったばかりのリーゼを自身の部下に使いを頼み、
はた迷惑なガレットの元へ届ける様に命じました。
「リーゼ……?」
神から無事に届けられた小さな生き物に、ガレットは目を輝かせます。
例え姿は変わってもガレットはリーゼを本能で嗅ぎ分けました。
変態もここまで行けば、もう誰もツッコミを入れる事は出来ないでしょう。
「ああ、リーゼだ。確かにこの子はリーゼだ」
ふわふわの毛並みをうっとりとした目でなで、その温もりに頬ずりし、
つぶらなその瞳を見つめて、リーゼの柔らかな耳に囁く。
それは待ち望んでいた幸せな時間の再来です。
「ああ、リーゼ……会いたかったよ。おかえり」
「……ガレット様、私は7、8年の命ですが、
それまで、どうぞ宜しくお願いしますね?」
「うわあああああっ!」
今度は真っ白な毛並みに赤い瞳の可愛らしいウサギになって、
ガレットをそれはそれは喜ばしたのですが、
リーゼは7、8年しか共に居られないと聞いて、彼はまた絶望しました。
彼にして見たら、あくびをしている位の瞬間でしかない。
またもあっけなく別れの時は訪れて、キュウキュウ鳴く愛らしい恋人は、
彼を残して再び神様の元へと帰ってしまったのです。
「おのれ……神、許さん。ハゲろ」
悲しみはやがて怒りへと変わり、その矛先は神様へと向けられました。
「……何だか俺は、とばっちりを受けている気がするんだが?」
神様は逆恨みの末に、ガレットに相当恨まれているようです。
あの男からすると、神は恋の障害に立ちふさがる恋敵も同然でした。
これは流石に神様も口元を引くつかせます。
こういう輩は執念深い事を、神様はとてもご存知のようでした。
本当は、リーゼの様な小さな生き物の場合、
もっと長い年月を経て、徐々に位の高く、寿命の長い生き物へと転生を繰り返させるのですが、
今回は特例として、リーゼを人間の娘に生まれ変わらせる事にしました。
別に人間界にある神様の神殿で、散々飲み食いを働かせ、
神の像に「はげ」と書かれた事を気にした訳ではありません。
そのうち、レインボー色のアフロのカツラを像に設置されそうな気もしましたが、
余りに低レベルな嫌がらせの数々なので、これで一旦様子を見る事にしました。
「リーゼ、嫌になったら直ぐに戻ってきてもいいからな?」
「大丈夫です。神様。それでは行って参ります」
今度のリーゼは、ふわふわの栗毛の髪に青い瞳の人間の女の子へと転生します。
施設へ送られる予定の貧しい家の子供として生まれた事で、
周囲の問題を最低限に配慮しての事でした。
そして、三つになった頃にガレットはリーゼが転生した娘と再会します。
「ああっ、リーゼ、こんなに可愛くなって……っ!」
「がれっとしゃま、またおあいできて、うれしいでしゅ」
「ふふっ、お帰り。何だか凄く長い時間を感じたよ。
会いたかった……もう少し大きくなったら、俺の伴侶にするからね?」
種族を超越したガレットには、リーゼがハムハムだろうが、うさ耳だろうが、
幼女であろうが、最早どうでもよい些細な事のようです。
家族にはロリコンにまで堕ちたのかと散々嘆かれて、目を覚ませとまで言われたのですが、
ガレットは家族の反対もなんのその、漸く取り戻した恋人を腕に抱き、
大事に大事に育てる事にしました。
小さな生き物の時は、あまりにか弱い命の為に、
魔族へと引き入れえる事が出来ませんでしたが、
人間の娘であれば、ある程度成長した折にでも仲間に引き入れる事が出来ます。
これでようやく一緒に居られると、ほくほくと恋人を抱きしめると、
ガレットは天に居る神様に、下らん事でリーゼをもう連れて行くなよと脅し、
リーゼの為にブリュレを作り食べさせてやるのでした。
さて、これで人間界への嫌がらせ行為が、ようやく無くなったかと思いきや、
実はリーゼがらみでガレットはまたも暴走していました。
魔族の婚約者候補として、恋人の家に迎えられたリーゼですが、
人間の娘である為に、力関係や種族の差で、他の魔族にいじめられていたのです。
勿論、それに怒ったのはリーゼ至上主義である恋人ガレットでした。
俺の嫁(仮)に何をすると言わんばかりに、力を見せ付ける必要が出てきたのです。
あいつを怒らせたら怖いから、リーゼに何かしようとするのはもう止めよう。
そう周囲に悟らせる為、ガレットは魔族世界の天下統一を目指し、
その余波で戦いに敗れた魔族達が、人間界へと逃げて来る事態に陥りました。
ガレットは一度決めたら執拗に報復をするタイプのようです。
この情熱をもっと別の事に費やせばいいのにと、
家族が思っても止めることはできません。
リーゼマイラブ、邪魔する奴は誰であろうとみんな敵。
それ以外はどうだっていいことなのです。
「リーゼ……あいつを鎮められるのはお前だけだ。
悪いが頼まれてくれるか?」
「あい、がんばりましゅ」
神様の要請で、リーゼはガレットにお願いをすることにしてみました。
彼の加護を受けて、魔族達の放つ攻撃をまるっとスルーして貰うと、
牙をむき暴走するガレットの元へと急ぎ、両手を組んで、頭を横にかしげて、
うるうると上目遣い攻撃です。
いえ、実際に身長差があったのですが、
その姿はガレットにとって、計り知れない効力を発揮しました。
「ガレットしゃま、おうちへ……かえりましょ~?」
「ぐはっ!? リ、リーゼ?」
「もうゆるちてあげて、くだしゃい?」
瞳を潤ませる愛らしいリーゼのお願いを、ガレットは直ぐに聞き入れました。
彼女が自分にお願いをして来る事なんて、滅多にありません。
これを無視すれば、リーゼが深く悲しむと分かっていたからです。
感動で打ち震え、最早、他の事などどうでも良くなりました。
それはまさに、嵐が過ぎ去ったような静寂に満ちた光景です。
ガレットはすぐさま小さな幼な妻(仮)に頷きます。
「ああ、そうだね。一緒に帰ろうか? リーゼ」
「あい、がれっとしゃま」
荒れ果てた魔界の大地に、微笑み合う一組の異色なカップル。
これまでの暴走は嘘のように静まり返り、
彼女を抱き上げて、仲良く鼻歌を歌いながら帰る二人の後姿を見送って、
魔王様よりも怖い魔族がこの世にいる事を知った者達は、
その魔族を鎮めたのが、一人の幼い人間の幼女だったという事に驚き、
以後、リーゼにちょっかいを出すものは居なくなったという事です。
「リーゼ、愛しているよ。ずっと一緒に居ようね?」
「あい、がれっとしゃま」
終わりよければ全てよし。愛する二人に永久の祝福を……。
めでたし、めでたし。
~FIN~