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ヤバイ!

翌日の午後、前日と同様、部活も休みで一日家にいた江海。

昨夜は別れ際までみんなはゴメンって謝ってくれていて、家に帰っても健吾となんとなく気まずくて顔を合わせられず、真っ先に自分の部屋に入ってしまった江海。

何気ないことで怒ってしまった自分に後悔をし始めた江海は、一人でベッドに突っ伏して寝ていたところに、まだ起きていた河代がホットミルクを持ってきてくれたのだった。

そして、しばらく河代と話すと気が楽になり眠りにつく事が出来たのだが、河代の口から気になる言葉を聞いたのだ。

それは健吾が最近、あまり元気がないというのだ。

江海はその言葉が気になりながらも朝を迎えたのだった。

(健吾君が最近、元気がないかぁ…。そう見えなかったけど、やっぱり河代ちゃんは妹だからそういうのわかるのかな? でも、どういうことなんだろ? 私のあの予感が当たったのかな? 私の気持ちが負担になってきて、健吾君から優しい笑顔がなくなって、だんだん変わっていく。健吾君が変わってきてる…?)

そう思った時、江海の中で何かが弾けた。

言葉では言い表せないくらいの何かが弾けた。

(最近の元気は空元気だったの? もし、私の気持ちが負担になったとしたら、私とんでもないことをしたのかもしれない)

江海はどうしようもない気持ちに胸が痛んだ。

その時、江海の部屋のドアがノックされた。

「江海ちゃん、中入っていいかな?」

部屋の外で健吾が声をかける。

「いいよ」

江海がそう言うと、ガチャっと音を立ててドアが開いた。

「昨日の事、気にしてるかなって思って…」

健吾は江海の顔色を窺いながら言う。

「いいの。急に怒ってしまった私が悪いんだから…」

「オレのほうこそゴメンな」

「気にしないで、健吾君」

江海は気にしていても仕方がないというふうに言う。

健吾はいつもの笑顔になる。

(いつもの優しい笑顔。確信してもいいんだよね? 健吾君が元気ないっていうのはウソだってこと…。大切な人だからこの恋を失いたくない。愛しい人…健吾君)






ライブから四日が経った日の夜、江海は自分の部屋でゆっくりとしていた。

未だにライブの余韻が残っている。

夏子から借りてきたサファイアのCDをそんなに大きくない音で聴く。

最初に『ウィング』という夏ソングが流れてくる。

心地よい水の音から始まるこの曲は、慣れない生活を送っている江海の心を癒してくれるようだ。

(やっぱり良い曲だよね。『HAPPY END』も良い曲だけど、一曲一曲丁寧に作っているって感じだよね)

江海はソファにもたれ掛かり目をつぶって聞き入る。

そこに江海の部屋のドアをノックする音が聞こえた。

慌てて江海は返事をする。

「江海ちゃん…」

「あ、健吾君…どうしたの?」

「部屋からサファイアの曲が聴こえてたから…」

健吾は笑顔で答える。

「うん。夏子からCD借りたんだ」

「そうだったんだな。サファイアって良い曲ばかりだよな」

健吾はサファイアの曲を聴きながら呟く。

「私もそう思ってたところ。ここまで人の気持ちをわかるアーティストっていないんじゃない?」

「そうだな。色んなアーティストがいて良い曲ばかり書いてるけど、サファイアだけは違うんだよな。江海ちゃんが言った人の気持ちがわかるっていうのもあるけど、ちゃんと胸に響いてる」

健吾はいつになく真剣な表情で語る。

そんな健吾を見ていると、江海は好きなんだと再認識してしまう。

「そういうのがあるからサファイアってファンが多いんじゃないかって思うんだよな」

「健吾君はいつからサファイアのファンなの?」

「中学の時かな。ちょうど中一の夏に『ウィング』が流行って、そこからファンになったんだ。デビュー前に出したCDも聴いたぜ」

健吾は嬉しそうに答える。

「ホント、健吾君ってサファイアを語る時って嬉しそうにするよね」

江海は自分まで嬉しくなるといった表情をする。

「当たり前だろ。好きなものはとことん突き止めたいからな」

「それもそうか」

江海は頷くようにして呟く。

(健吾君とこんなに話したのって始めてかも…。健吾君の側にいると色んな事が知れる。これからもたくさん健吾君の事を知っていきたい)

江海の中でそんな思いが膨らんでいく。

「あのさ、江海ちゃんって好きな人ってオレだよな?」

健吾の急に表情を変えて聞いてきた。

「うん、そうだけど…」

健吾がなぜそんなことを聞いてきたのかわからないでいる江海はドキドキしてしまう。

(そんなこと聞いてなんなんだろう? もしかして、期待してもいいのかな?)

色んな思いが駆け巡る。

「オレも好き…かな」

健吾も江海と同じ気持ちであることを示す。

「ホント…に?」

「好きっていってもなんとなくって感じかな。本人目の前にしてこんなこというのは失礼なんだけどな」

健吾は笑顔で答えてくれる。

(なんとなくでもいい。健吾君の笑顔が見れたらそれでいい。見れるっていってもあと二ヵ月半なんだよね。この二ヵ月半の間にやりたいことはたくさんある。その中の一つ、健吾君に告白。健吾君に気持ちが気付いてるけど、自分の口から好きですって言いたい。自分の口から言わなきゃ意味ないもん)

江海は自分の気持ちを言わなくては、というずっと思いがあった。

「オレ、そろそろ寝るな。その前にトイレ行くけど…」

健吾は立ち上がる。

「私も行くよ」

江海はそう言いながら、CDの停止ボタンを止める。

健吾が廊下の電気をつけている間に、江海は階段のほうに向かう。

階段までくると、江海は足を踏み外していまい、下に落ちていく。

(え…? 私、下に落ちてる…? どうなってるの…?)

わけがわからなくなって、目の前が全然わからなくなって、ただ単に落ちていく江海。

「江海ちゃん!!」

健吾が大きな声で呼ぶ。

(健吾君の声が聞こえてるけど…ヤバイ!! このままじゃ、怪我しちゃうよ! ホントにヤバイ!)

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