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気にしないと決めた江海の気持ち

健吾やクラスメイトに江海の気持ちがバレた日の午前中の授業は、あまり教師の話が耳に入ってこなかった江海。

午前中の授業の間にあっという間に噂になってしまい、他のクラスの生徒にもジロジロと見られるハメになってしまった。

(私の気持ちが健吾君にバレちゃったよ…。田崎さんなんて大っ嫌いだぁぁぁ。これからイジメられるよ。神様がいるならすがりたい気分だよ)

昼休み、渚と夏子と中庭でお弁当を食べる事になった江海は、ボーっとしながら今朝、教室に入った時の事を思い出してしまう。

(どうしたらいいんだろう? そうだ! 私、人魚だったんだ! みんなに言ったら私はここから消える。でも、消えたら健吾君に会えなくなってしまう。それに渚や夏子だって…)

江海は自分が人魚だって言って消えたいと思ってしまうが、そうすると健吾達に会えなくなるのが辛く思う。

「江海」

夏子が心配して江海に声をかけて来てくれる。

「大丈夫? さっきからボーっとしてるけど…」

「うん、大丈夫」

「やっぱり気になるよね? 田崎さんって嫌な人でしょ?」

「まぁね」

「でも、あまり気にしないほうがいいよ。気にしてたら体壊しちゃうよ」

「そうよ。私達はいつでも江海の味方なんだから…」

渚と夏子は江海に精一杯の言葉をかけてくれる。

(二人共、優しい。こんな私のために…)

涙を堪えるために、思わず、下を向いてしまう江海。

「教室、戻ろうか。もうすぐで五時間目始まっちゃうからね」

渚は何も気にしていない様子で催促する。

江海は泣くのを我慢して教室に戻るのに立ち上がる。

(なんか、とんでもないことになっちゃったな。これから健吾君に会わせる顔がないよ。ホントに…。会わせる顔がないっていってもクラスが一緒だし、家でも一緒だから嫌でも会うんだけどね。このまま消えてしまえばどんなに楽だろう…? あーあ、なんとかしてほしいよ…)

江海は大きなため息をついて教室に戻った。








「江海ちゃん、オレの事好きだったんだ」

健吾がポツリと呟くように言う。

夕食後、健吾が江海の部屋に話があると来たのだ。

「うん…」

自分の気持ちがわかっているせいか、正直に返事をする江海。

「オレも江海ちゃんの気持ちわかるよ」

「わかるって…?」

江海は健吾の言葉がわからず首を傾げる。

「中学の時、好きな子にオレの気持ちバレた事あるんだ。その時、焦ったしどうしようって思ったぜ」

健吾はその時の事を話しながらふっと笑う。

「オレは学校でいつもどおりにするから、江海ちゃんも気にするなよ」

健吾は何も気にしていないというふうに江海に言った。

(良かった…。私の気持ちがバレて、健吾君が態度を変えたら…って思ってた。だけど、毎日過ぎていく中で私の気持ちが負担になってきて、健吾君から優しい笑顔がなくなっていったら…。そんなの嫌だよ。健吾君が変わっていったら、きっとそれは私のせいなんだよね)

江海は今後、自分の気持ちを知っている健吾に負担をかけるのではないかと考えてしまったのだ。

「健吾君、私の気持ちが負担にならないの?」

江海は不安な気持ちを健吾にぶつけてみた。

「負担? なんで?」

「私の気持ち知ってて一緒にいるなんて嫌じゃないのかなって思って…」

江海は部屋に置いてあるクッションを抱くようにして言う。

「そりゃあ、負担の思う時が来るかもしれないけど、その時はその時で考えるよ。今、そういうことを考えても仕方ないからな」

健吾はあっさりとした口調で答えてくれる。

「そっか。ありがとう」

答えを聞いた江海はホッとしていた。

(負担に思った時が来てもその時になったら考えてくれる、今、考えても仕方ない、か…。健吾君の言うとおりだよね。今からそんなこと心配しててもダメなんだよね)

江海はクッションを抱いたままそっと健吾の思いを受け取っていた。











翌日、江海は登校して、正門の前まで来ると海夏がいた。

江海を睨むようにしてジッと見ている。

海夏を気にせず通り過ぎようとすると、

「山岡さん、転校早々、やってくれるじゃない。健吾が好きだなんて私に対抗してるつもり?」

嫌味のように言ってくる海夏。

「な、何よ!? 関係ないでしょ!?」

江海は思わずムッとなって大声を出してしまう。

江海の大声に登校中の同じ学校の人が驚いて二人をジロジロ見てくる。

「何? その口に聞き方は…」

海夏は江海をバカにするように言う。

落ち着いた言い方といったほうがいいのかもしれない。

「そんな大声出すと健吾に嫌われてしまうわよ」

更に江海をバカにする。

「嫌われたっていいもん」

意地になる江海はそのまま校内に入っていく。

海夏はその私の態度にムカッときたみたいで何か言いたそうに江海を見ていた。

(田崎さんのような美人か…。私には縁がないよ。健吾君は田崎さんみたいな人が彼女だったら…って思ってるのかなぁ? ううん、そんなことない。絶対にないよ)

昨日の健吾の言葉を胸に否定する江海。

教室の中に入る江海は一人だけ笑顔ではない。

(田崎さんに何言われても頑張る。私、きっと大丈夫だから…)









放課後、短い間だけど部活に入ることにした江海。

入っている部活はバドミントン部で、気分転換になるし、少しだけ気分が変わるかな、と思った江海は、今日の部活を思いきり頑張ろうと思っていた。

渚と夏子も一緒の部活で、一緒にやっている部活の人も面白い人ばかりで江海にとってはかなり心強い。

初めてやったバドミントンは江海に合っていた。

そんな中、部長がみんなを呼び出す。

「もうすぐで試合です。気合を入れて下さい。今から試合に出る人と出ない人に分かれてやってプレーして下さい。試合に出る人は本番と同じようにプレーしたいと思っています」

部長は白熱した口調で部員達に言う。

「はい!」

江海達は大きな声で返事をする。

部長の言うとおり、もうすぐで試合がある。

江海は応援係だが、渚と夏子は選手に選ばれている。

選手に選ばれている二人を見ていると、自分も頑張ろうと思ってしまう江海は、試合にに出ない仲の良い部員達とバトミントンをすることにした。

部活が終わって、部室で制服に着替える江海はやっと終わったという表情をしていた。

「疲れたね」

夏子はタオルで汗を拭きながら言う。

「汗ダラダラだよ~」

渚もタオルで汗を拭いている。

「二人共、試合に出るからある程度の厳しい練習は仕方ないんじゃない?」

「そうだけど、あんなに厳しいとは思わなかったな」

渚は部長の力の入りようが気になっていたようだ。

「今度、試合する対戦学校って部長のライバルがいる学校らしいよ」

部員の一人が江海達の会話を聞いて中に入ってくる。

「ライバル…?」

「うん。なんでも部長の中学の時に一緒のバトミントン部にいた子なんだって。その子は一年からずっと選手に選ばれてて、高校に入ってから部長とは練習試合とかで対戦した事あるけど負けてばかりだったらしいから、それで部長はあんなに気合い入ってるのよ」

中に入ってきた部員は事細かに教えてくれる。

「なるほど…。ライバルが通う学校だから負けられないってわけね。それだったら私達も文句言ってられないよね。頑張らなきゃ!」

夏子は一人で気合を入れている。

「そうだね。部長も選手で出るからぜひ勝たなきゃね」

江海も試合には出ないのに勝手に気合を入れる。

「そうそう、今日、ケーキ屋さん寄って行かない?」

渚は甘い物が食べたいといった表情で提案する。

「賛成!」

夏子は嬉しそうな声を出して言う。

学校からすぐのところにある小さなケーキ屋さん。

全部のケーキが美味しいけど、中でもアップルパイが美味しいと学校中でも噂になっていて、雑誌でも取り上げられるくらいなのだ。

江海も渚と夏子から聞いていて知っていて前を通った事はあったけど、まだ中に入った事はない。

学校を出て三人でケーキ屋さんに入る。

江海は噂のアップルパイとオレンジジュースのセットを頼んで、席に着く。

(人魚の世界ではみんなどうしてるかな? 元気にしてるかな? シーナ女王はどうしてるんだろ?)

部活で疲れているせいか、急に人魚の世界が恋しくて心配になってきた江海。

(この広くて澄みきった空の下。なんで私はいるんだろう? なんで私は健吾君に恋をしているんだろう? 早く人魚に戻ったほうがいいの…? 私は人間の世界に来なくても良かったの…? 私、人間の世界に来てなんか変わったよね)

深いため息の中、ふと思う。

「江海、大丈夫? だいぶ疲れてるみたいだけど…」

「大丈夫よ」

江海は二人に気を遣って笑顔で答える。

渚と夏子はチーズタルトのセットにしたんだけど、それも美味しそうに見える。

(アップルパイ食べて、私が変わった分、取り戻すエネルギーになったみたい。大丈夫。きっといつもの私に戻ってみせるよ)

江海は人魚の世界にいた今までの自分に戻るように決心していた。





渚と夏子と別れてバス停で一人、バスが来るのを待っていた江海。

そこに誰かに肩を叩かれて振り返った。

「よっ!」

健吾が笑顔で声をかけてきてくれた。

「健吾君…」

「部活の帰り?」

「うん、そうだよ」

「オレもなんだ」

疲れた表情を見せずに江海と一緒だということを言う。

健吾は走る事が大好きで陸上部に所属している。

(健吾君に私の気持ちバレれるけど、なんか健吾君に思い切り飛び込んでいく事が出来ない私がいるよ)

健吾の前になると素直になれない江海がいた。

「朝聞いたんだけど、田崎の事は気にするなよ。色々、江海ちゃんの事言ってるって聞いて気にしてるんじゃないかって思ってな」

健吾は友達から正門であった出来事を聞いたらしく、江海を気遣う。

「ありがとう。気を遣ってくれて…」

江海は驚いてしまったけど気遣ってくれた健吾に礼を言う。

(嬉しいよ。そんなこと言ってもらえるなんて…。信じてなかったな)

一人で舞い上がってしまっている江海がいた。





江海と健吾が家に帰ると、河代が勢いよく玄関まで来た。

「河代、なんだよ?」

健吾はウザったそうな言い方を河代にする。

「お兄ちゃんに用はないの。江海ちゃんに用があるんだよ」

河代は生意気な口調で健吾にあっかんベーをする。

「生意気だよな…」

健吾はそう言いながら、家に入って行く。

「河代ちゃん、用って何?」

江海は兄妹の仲の良さを眺めながら、河代に聞く。

「宿題教えて欲しいなって思って…いいかな?」

河代は上目遣いでお願いしてくる。

「勉強苦手だけどいいよ」

「ヤッタ!」

河代は小さくガッツポーズをする。

「部屋まで行くね」

家に入りながら、カバンを置いてから河代の部屋まで行く事を約束する。

(私、いつまでこの家にいるつもりなんだろう? 三ヶ月間いるつもりなの? 迷惑かけてるのはわかってる。でも、今の私には行くアテも行く場所もない。健吾君の家にお世話にならなきゃいけない。出ていけば消えるつもりだけど…それじゃあ、後悔してしまう。健吾君と出会った時、たくさんウソついたけど、自分の気持ちにウソはつきたくない)

自分自身で葛藤してしまう江海がいた。

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