若い奴の思考回路は理解できん
お酒が回って、いい気分になりながら、主任に愚痴を零す。
「うち、1人は寂しい人なんです。実家で暮らしてた時は、お母さんがずーっと家におったし、こっちで暮らしてもいっ君との2人暮らしじゃったけー気付かんかったけど、誰かの気配がないと落ち着かんのんよ……」
うちが1人で暮らす部屋をなかなか決められなかったのも、完全に1人になるのが寂しかったから。かと言って、実家から通うには距離がある。
「宇田、酔ってるだろ? さっきから口調が標準語と方言入り交じってるぞ」
「んー、酔っちょーよ? でも、ちゃんと全部覚えちょるけぇー大丈夫。それでね、主任うちの事、飼うてぇーね」
身体を揺らしながら言えば、まだ少しだけ残っているあんず酒のグラスを主任に奪われた。
「あぁん。うちのぉー」
「五月蠅い、酔っ払い。マスター、こいつに水出してやって」
おじちゃんもカウンターの向こうで苦笑しながら「ほら、お嬢。かぼす絞ってあげるから、水飲みぃ」って、グラスを手渡された。
「どうせなら、焼酎に絞って欲しいんじゃけど?」
「宇田はこれ以上飲むな」
「ケチんぼ」
「はいはい。ケチで結構」
適当に流す主任を横目に、ぐびぐびと果汁入りの水を飲み干す。
「……でも、いい案やと思うんですよね? 主任の家って会社から近いんでしょ? お部屋余ってるって言ってましたよね? うちの事、置いてくれません?」
「あのな。普通は成人した男女が一つ屋根の下ってなると、同棲ってなるんだぞ?」
「違いますよ。ルームシェアですよ。た・だ・の同居です」
「世間的にはそうは思わないだろ」
「主任、古い。大体、そう思いたい人には思わせとけばいいんです。……あっ、もしかして彼女さん居ます?」
彼女が居るんだったら、流石にうちが転がり込むのは気が引ける。
でも主任の回答は「あのな、俺の会社拘束時間は宇田も知ってるだろ? 付き合う暇なんざ、どこにある?」ってものだったから、特に問題はない。
「それに、ルームシェアしたいなら女を探せ」
「うち、知らん女子と同居なんて無理やもん……。スイーツ(笑)な女子やったら無理やし……」
スイーツ(笑)な女子とは、女性誌の特集に習った服装、行動をする女子の事。
うちは、ブランドの新作バッグがどうの、化粧品がどうのって話には、あまり興味がないから、そーゆー系の人種は苦手。
「せめて『鯖やナスで美味しい自炊生活』って言って料理を連想しない女子なら……」
「いや、お前なぁ……。せめてってレベルか? それ」
鯖はサーバーの事で、ナスはファイルサーバー。自炊は本をスキャンして、デジタルデータ化する事なんだけど、うち的には一般的やと思うのですが、どうやら違うみたい。
ちらりと手元のグラスに視線を落として、「なら、『かぼす』って聞いて『P2Pの?』って聞き返せる子は?」って聞くと、主任は「……条件が偏ってるな。もっと他に会話あるだろ? それかお互い干渉しないとか」って呆れ口調で返す。
「んー…。1から関係を構築するのが面倒臭いです、主任……」
「知るか」
頬杖をつきながら、ぐずぐず言ううちに主任は相変わらず冷たかった。
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「じゃあね、おじちゃん」
「気ぃ付けて帰りーや」
「だいじょーぶ。ばいばぁーい」
おじちゃんに手を振って、主任と道に出る。
「それで、今からチェックインできるホテル探すのか?」
「ん~、まぁ、てきとーに」
主任やおじちゃんに構って貰えて楽しかったから、ホテルで1人になるのが嫌だった。
――ファミレスで時間を潰そっかなぁ。あー、でもちょっと寝たいんだけど……。
――早めに出社して、仮眠室で寝ればいっか。
――7時には鍵空いてるはずだから、後5時間切ってるし、ファミレスGo~。
「では、主任、また数時間後にお会いしましょう! ノシ」
行き先を決めて歩き出したら「ちょっと待て」って止められた。
「なんですか?」
「宇田、ホテル取るつもりないだろ?」
「ありませんよ?」
それが何か? って見たら、溜息を吐かれた。
「……今晩だけ泊めてやる。来い」
――おおっ! 本日の宿ゲットぉ~。
「今日だけなんですか? そのままうちの事飼いましょうよ?」
「宇田……。一応、女なんだから危機感持てよ」
「危機感ですか? だって、主任は安全牌じゃないですか」
「若い奴の思考回路は理解できん」
主任は、右手で自分のこめかみを押さえながら首を振る。
「そうですか? あまり深く考えてないだけですよ?」
「ちょっとは考えろ」
「そーですね」
「……考える気ないだろ」
「ん?」
「ん? じゃない、ん? っじゃ……。まったく……」
頭痛でも起こしそうな雰囲気の主任は、うちの顔をじーっと見た後、目を細めた。
何か考えているみたいなので待つ。
とりあえず、見られてるので見つめ返してみた。
先に反らしたら負けって気がするから。うち、結構、人の事じーっと見るの平気。
見過ぎて「その癖、やめなさい」って言われた事は何度かある。
諦めた溜息を吐いた主任は「分かった。俺が飼ってやる」って言うと、うちの事を抱き寄せ……って違った。伸ばした右手で首の後ろをガッと掴んで「とりあえず帰るぞ」って歩き出した。
主任がやっと「飼ってやる」って言ってくれたぁ~。
1番初めは、残業中に「飼い猫になりたい~」って言う純玲に「飼ってやろうか?」って主任が言う流れだったのに、書き換えてたらなんかこんな事に……。
次回は鯖とかナスとかP2Pとか解説予定です。
2015/04/19 文頭にスペースを挿入しました。




