時間なくても、顔は作っていくんだな
頭上でマリンバのメロディーが流れる。
「うぅ?」
呻き声を上げつつ、iPhone画面に表示された名前を確認してスライドする。
「……もしもしぃ」
『おはよう、純玲。今日、約束したの覚えてる?』
「覚えちょーよぉー。……今、何時ぃ?」
目覚ましの音が鳴ったような気はしないから、9時半前だろうと思っていたら、11時って返ってきた。
「うへぇ?!」
慌てて布団から起き上がって、時間を確認して事実だと知る。
「ごめん! ニコ! 目覚まし気付かんで寝ちょった!」
びっくりしたせいで、いつも起動に時間がかかる頭と身体が一気に動き始める。ついでに心臓がドクドクしてて気持ち悪い。
『うん、大丈夫。予想通りだから。待ち合わせ時間12時半に変更でいい?』
「12時には行ける。ごめん、ニコ!」
『いいよ、適当にやっとく。ゲーセンに居るから』
「了解!」
通話終了したiPhoneを布団の上に放って、だぼっとしたカットソーとレギンスを脱ぎ捨てて、モノクロのチェックシャツとデニムのショートパンツ、赤のロングカーディガンに着替えていく。
メイクポーチとティッシュを1枚掴んで和室を出ると、主任がキッチンでコーヒーを淹れていた。
「おはようございます」
「おはよう。珍しいな、宇田が午前中に起きてるなんて」
バタバタと洗面所に向かいながら「11時に友達と約束してたんです」と、主任に向かって叫ぶ。
洗濯機の蓋の上にメイク道具を置いて、しゃこしゃこと歯磨きを始めたら、主任がマグカップを持ったままキッチンのシンク横に凭れかかって呆れたような視線を向けてきた。
「11時って、もう過ぎてるぞ?」
「ひふってまふ」
歯ブラシを咥えたまま答えて、残りの歯も磨いて口を濯ぐ。
「待ち合わせ時間、変更してもらえたので、30分ぐらいに家を出たら大丈夫です!」
顔を洗って、ポシェットを開く。マスカラを取り出して胸の谷間というよりブラに差し込んでから、オールインワンのクリームを手に取って顔と首に塗っていく。
「時間なくても、顔は作っていくんだな」
「一応、女子ですから」
手の甲にBBクリームを出して、人差し指と中指と薬指で広げて、顔に置いて行く。顔の中心から外へ塗り広げて、ティッシュで手に付いたクリームを拭ってからパウダーファンデーションで押さえる。
シェーディングとハイライトが一緒になったコンパクトを開いてブラシで塗っていく。これまでの時間で、会社に行くときのメイク時間を越えた。
眉毛は自眉がしっかりしているので、少し形を整えて終了。そして、一番時間のかかるアイメイク。無難なベージュを塗って、ブラウンで締める。アイラインは誤魔化しの効くペンシルで引いた。
「しかし、お前、本当に速いな」
「どうもです。あっ、今、何分ですか?」
「ん? ……20分」
「やばっ、了解です」
髪までする時間はないな、って思いながらビューラーでまつげを上げる。時間があったらドライヤーで暖めるけど、今日はそんな時間はない。
「待ち合わせってどこでしてるんだ?」
「駅近くのゲーセンです」
「ふーん。俺も出かけるから、駅のとこで落とそうか?」
「マジっすか! 助かります!」
車で送ってくれるなら、髪までやる時間ができる。
「45分に家出るぞ……って、お前は何やってんだ」
「何って、あぁ、これですか?」
寄せて上げての詐欺谷間から取り出したマスカラを振って見せる。
「温めるとノリがいいんですよ」
ブラシを扱いて、まつげに塗っていく。ってゆーか、マスカラを塗ってるときの顔はあまり見られたくないと思うのですよ。なんか、がっつり見られてますけど……。
下まつげも伸ばして、マスカラ終了。ピンクのチークをぽんぽんと頬に載せて、コンシーラーで唇の色を消す。唇の中心にハート型になるように赤い口紅を塗り、ピンクベージュのグロスで仕上げる。よし、メイク完成!
がしゃがしゃとポーチに化粧品を収めてから髪を梳かす。上半分の髪を二つに分けて左側から右端まで編み込みを作ってゴムで括る。左に対して右側は五回ぐらい編んだところで、左の編み込みとまとめて、三つ編みにしていく。それを右の耳の上でお団子にしてピンで固定した。お団子はちょっと髪を引っ張り出してルーズにする。
「よし! どうだ!」
キッチンへ目を向けると、主任から「見事な化けっぷりだな」ってお褒めの言葉をいただいた。
時間があったら、もっと詐欺レベルでいけるけど、今日の出来はまぁまぁだと思う。
「もう、準備いいか?」
「あー、鞄。えっと、財布と鍵とiPhoneと……」
持って行く物をまだ鞄に詰めてない。何か忘れ物はなかったっけ? と思ってると「先に駐車場に降りてるから、鍵閉めて来いよ」って言われた。




