今日、うち誕生日なんですよぉー
「ぬぉ~ぉ……、寝過ぎたぁ……」
布団の中で呻き声を上げながらiPhoneを取り、ホームボタンをクリック。案の定13時間ぐらい寝てて、現在の時刻は14:37。その下に4月28日土曜日と書いてあって、「あっ……」って声が出た。
「そっか。今日、誕生日じゃん」
3日ぐらい前までは誕生日近いな~ぐらいには思ってたけど、当日はすっかり忘れてる。これも仕事が忙しいからやと思うんよねー。
ロック解除すると、親とニコからお祝いのLINEが届いてたので、それらに返信をする。ってか、毎回メールを送ってくるニコは、よく覚えてるなぁ~って思うのですよ。
うち無理。忘れる。実際に、いっ君の誕生日もスルーしそうになっててやばかった! 誕生日プレゼントはネットで購入済みだったんだけど、朝、会社で日付見て気付いて慌てたよぉー。帰りにケーキ買って、セーフとか思ってたのは内緒です。
女子がみんな記念日好きなわけじゃないんだからね!
「あぁ~、やる気出ないぃ~」
俯せになって伸びをしながら布団の中で左右に揺れていたら、手の中でiPhoneが鳴った。
「お?」
表示名は『松脇主任』。画面をスライドして、そのままスピーカーボタンを押す。
「おはよーございます」
『おはようって……。もう昼だぞ。まだ寝てたのか』
「はい。もうちょっとしたら起きますー」
俯せのままiPhoneに向かって喋りかけると、電話口から呆れた溜息が聞こえてきた。
「それで、どうされたんですかー?」
この家に他人の気配はしないし、主任は今日も会社に行くって言っていたので、十中八九、仕事ことだろう。
『宇田、VBAで納品パソコンの型番とシリアルナンバーの曖昧検索できるシステム持ってなかったか? あれ、サーバーのデータベース見てるよな?』
「ですです。ありますよー」
VBAは表計算ソフトに組み込まれたプログラム言語で、Visual Basicって言う言語をベースにマクロ言語用に改造されたものなのです。
「共有サーバーにある、うちのフォルダの直下に『Laroux』ってフォルダの中にいませんか?」
『Larouxって……。ウィルス名のフォルダなんか作るなよ。どうせお前、『Melissa』ってフォルダも作ってるだろ?』
言いながら、カチカチとマウスをクリックする音が聞こえてくる。
当たり前じゃないですか! と言い返しながらのろのろと起き上がって、折り畳み脚の机の横に置かれたデスクトップパソコンの電源を入れる。机の上には23インチの液晶モニターが二つ。それらも電源を入れると、潰れて座布団化しているクッションの上に座った。
LarouxはExcelマクロウィルスの名前で、MelissaはWordマクロウィルスの名前なのです。もちろんLarouxにはExcelで作ったファイルを、MelissaにはWord文書を保存してます。
『……おい、こら。ふざけた名前のファイルばっか作ってんじゃない。しかもぐちゃぐちゃで分かるか!』
「えー? だって、普通ここ見るのって自分だけなので、自分が分かりやすい名前にしてるんですよー」
立ち上がったパソコン画面の中で別のウィンドウを開くと、そこには会社で使っているデスクトップ画面が表示される。遠隔操作で繋いだのだ。
『それで、肝心のファイルはどれだ?』
「送りますんで、ご自由に名前変えちゃってください」
『あいまいもこな型番と尻有』ってファイルをメッセンジャーに添付して主任に投げる。
『サンキュー。助かった』
「いぇいぇ、どういたしまして。肉食べたいです」
うちの言葉に速効で『おい……』と低い声が返ってくる。
「今日、うち誕生日なんですよぉー」
『一人で食え』
「さすがに一人で食べに行くには……残しそうだし」
『まて、そこは勇気がなくてじゃないのか?』
「いえ? 行くのは全然お一人様上等ですよー。主任が胃もたれしちゃいそうだから焼き肉屋は止めて、野菜多めのしゃぶしゃぶ屋にしますから付き合ってくださいよー」
『ほぉ……。喧嘩を売るとはいい度胸だ』
「なんでですか! うちは、主任の胃を心配してあげてるって言うのに……」
実際は全くそんなことは思ってないし、口調も作ってるから電話口で主任が『はいはい』って適当な返事をした。
「ぶぅー」
『ぶぅーじゃない、ぶぅーじゃ。忙しいから切るぞ。お前は、腐海になる前に部屋を掃除しとけ。帰って綺麗になってたら付き合ってやる』
わはぁ~い、と喜んでいたら『く れ ぐ れ も、押し入れに押し込んで終了とかにするなよな』って念押しされた。
「アイ、マム!」
何で分かったんじゃろ……???